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ニロのベロ



◆ニロのベロ



 奈落の中を自由自在に泳ぎまわっていたのは、ニロの舌……ベロだった。

 見た目でそうなのだと分かった。肉で拵えた魔法の絨毯、という感じだ。乗せてあげると言われても、乗りたいとは思えないが。

 ベロは1人になった僕を散々攻撃した後、急に飽きたみたいに急に魔法で僕を捕まえた。僕は巨大な水泡に閉じ込められて、そのベロの上を飴玉よろしく弄ばれていた。

「オマエはダレだ?」

 その声は、まるで洞窟の奥から旅人を惑わせる風鳴りだった。

 不安な声だ。

 声の主はベロの上にいた。上半身だけの女性だ。焦げたような真っ黒な肌をしている。ベロから生えているわけではなさそうだ。あくまで鎮座していた。ベロの上に、上半身のみの裸の女性が。

「僕はロロルです。あなたは、どなたですか?」

「ワタシか? 私は優しいから答えてやろうぞ。あたしはこの子の母親だ」

「母親ですって……?」

 水の泡の中にいたけど喋ることができた。

「そうだ。母親ダ。あの子を産んだ。わたしは凄いから産めた。言わばあの子ニとってハ、神モ同然」

 ケタケタと笑う。いたずらにベロを鋭い爪で引っ掻く。ベロが悶えるように宙を上がり、下がり、震えた。

「あの、ニロが、あなたのお子さんが、舌やお腹が痛いって苦しんでるんです。それについて何か知りませんか?」

「お腹が痛いのはあの女が暴れたから。ニンゲンの女、アタシは人間のオンナがいたらココロを引っ掻いてやるんだ。ガリガリガリって。わたしはね、物知りだけどね、舌が痛いのは知らん」

 またもやベロを引っ掻く。

 彼女はその行為がベロを傷つけているとは思ってもいないようだった。

「それのせいだと思います。ニロは舌が変な感じだって言ってて」

「……………」

 彼女は答えない。

「お母さんはなぜニロのお腹の中にいるんですか?」

「また質問か。ワタシは優しいから、答えてあげよう。コの子がわたくしを食べたんだよ。なぜかな? コノ子が弱い子だから。私と離れたくなかったから、離れられなかったから。だからね、あたしは食べられて、やったんだ。どうしてか言うとね? この子を守ってあげる為なんだ」

「守ってる? それはどうし————」

「また質問するのかッ!」

 ニロの母が腕をベロに突き刺した。

 僕に何度も質問しながら腕を抜き差しする。

「オマエはどうしてそんなにダメなんだ!?」「今迄なにをしてきた?」「ナニができた?!」「これからなにができる?」「ええッ!?」

 水泡の内側に水の棘が現れる。

「うぐッ」

 棘が詰問するかの如く僕を突く。水泡が少しずつ赤く滲んでいく。

「コノ子は1人じゃなんにも、ナーンニモできないんだ。なぜかって、この子はバカで出来が悪くて能無しの穀潰しだからさ。かわいそうだろう? かわいそうだろう?! 頑張っても無駄なんだ、時間も無駄、無駄にお腹が空いちゃう! わははは、わははは!」

 棘が腕を貫く。脚を貫く。

 この人は本当にニロの母親なのか? 

 それともニロの腹の内、本心の化身だったりするのか?

 分からない。でも、

「ニロは能無しの穀潰しなんかじゃない……」棘に刺される。それでも構わずに続ける。言ってやらないと気が済まない。「バカでも、出来が悪くもない!」

「分かってないネ。考えてみろ? 時間をアタシがあげますから、考えてごらんなさい? 待ってあげる。オマエはあの子のなんだ?」

 僕はハッキリと答えた。

「友達だ!」

 全身のあちこちを水の棘が貫いた。水泡が真っ赤になる。

 けたたましい笑い声がきこえた。

「友達? 友達だって! きいたか? ききました! 友達か! ワタシはな、あの子の神様ダ! 友達と神様じゃあ神様の方がずっと凄い! ずっと強い! 偉い! きこえますか!? きこえない! わははははははは!」

 水泡が弾けた。足がベロにつくと同時に僕は駆け出した。

「オマエ、何故————」

 ショーテルの柄を握った。いや、ダメだ。

 抜くのをグッと堪え、拳を握った。そしてそれを彼女に思い切りぶつけた。

 たとえば、僕は母親の苦労を知らない。産みの苦しみを知らない。ニロの辛さを知らない。ニロの家庭環境を知らない。周囲の状況を知らない。だからって引き下がれなかった。

「僕はあなたをさっき知りました……! あなたのことをよく知りません。でも頑張ってる人を笑うなッ! そんなあなたを僕は尊敬しない。凄いなんて思わない! もし! もしあなたがニロのことを出来が悪いと言うなら、それはあなたのせいだ! あなたが足を引っ張るからだ! あなたが悪い! ニロから離れろ!」

 沈黙があった。

「あー、あー、あー」

 手で耳を塞ぎ、彼女は大口を開ける。

「あー! あー! あーー! あぁーーーー!」

 ベロから振り落とされた。直後、衝撃があって、遠くに飛ばされる。

「うあッ!」

 何かにぶつかってようやく止まった。出入り口のすぐ隣の壁だった。縦長の隙間から外の景色が見える。

「オマエぇええええええええええ!」

 遠くの闇でニロの母親が叫んだ。

「この子を不幸せにしてみろ! もし大事なこの子をお腹空かせの不幸せな思いをさせたらなぁ! あたしがァ! この私が、コの子の神様のぉ、ワタクシがぁあ! コノ子をなーんにも感じない子にしてやる! 喜びを秘密の場所に隠して虐めて殺してやって、一生お腹の膨れない惨めな思いをさせてやる!」

 ふざけるな。

 倍の罵り言葉をかけてやりたくなった。でも僕は背後にいるニロたちの声をきいて、なんだか不思議だけど、そんな気も失せてしまった。

「お母さん、ニロを産んでくれてありがとうございます」

 そう、言った。

 でも奈落の闇は深くて、僕の言葉はどこほどこの暗い闇を揺らせたのか分からなかった。

 グッと首根っこを掴まれた。体が浮く。抗い難い力が僕を外に抜き出した。視界が太陽光でチラつく。脚をもつれさせて尻もちをついたところに、

「ロロルぅ!」ニロが飛びついてきた。

「わっ! いきなりどうしたの? えっ? この2人は? 倒したの?!」

「今そんなことどうでもいいのぉ!」

 大きく見開いた目でじーっと僕を見つめるニロ。笑いがこらえられなくなったみたいな顔になって、僕の頬をぺろりと舐めた。

「やっぱりロロルって飴玉みたいだぁ!」

 強く抱きしめられる。ニロの顔が僕の横に移動したことで、フェニ、サティ、アニスの、じと〜っとした目と視線がぶつかる。

「なんか僕、闘ったらお腹すいちゃった。パイってまだあるのかな〜とか思ったり……」

「ありましたっけ?」

「どうだろ」

「ロロ兄の分はニロ姉が食べてたにゃ」

「え〜〜……」

「あっ! ねぇロロルぅ! これすごいんのぉ! パッと絵を描いてくれちゃう便利アイテムなのぉ〜!」

 ニロが……ポラロイドカメラという名前だったかな? それを拾い上げると、みんなを抱き寄せて集めた。

「カメさぁん、お願いしまぁす!」

「ニロ! アンタちゃんとマナ込めてるの?」

「違います。カメラにはスイッチがあるんですよ」

「アイテム関連のことはボクにおまかせにゃ」

「ちょっとみんな……うわっ!」

 みんながカメラに手を伸ばすものだから、肝心のカメラが宙に投げ出された。一斉に追いかけたけど、誰も追いつけなかった。地面に落ちて、フラッシュが焚かれる。

「カメさぁーん!」

「壊れてしまったでしょうか……」

 口々に何か言ってる間に、カメラは写真を吐き出した。

 ぼふーんっ! 最後の仕事を終え、ため息みたいな煙を噴いて、壊れた。

「わぁ〜! みんな楽しそうだねぇ」

「うわっ、アタシなんか太って見えない……?」

「サティ姉とっても美人だにゃ?」

「良い写真だと思います」

「二度は撮れない出来だね」

 写真にうつされなのは、5人が慌てふためいた顔で手を伸ばしている光景だった。



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