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死に続けて



◆死に続けて



 王都から最も近いダンジョン、ピクニックボックスが一夜にして消滅したことは、町中のニュースになった。

 ピクニックボックスは薬草を安定に供給するダンジョンだったから、経済的なダメージが危険視された。しかしあのダンジョンで採れるものは、ほとんど北の小山でまかなえるため、王都民としては、「大きな憩いの場が無くなった」くらいにしかならなかった。

「これは新しいダンジョンがうちにできる予兆なんだよ!」

「そうにちがいないわ!」

「ああ女神さま! 魔神より我々をお守りください!」

「そうだ。女神さまはいつだって我々をお救いくださる!」

 魔神が何かしらの動きを見せたかもしれないという恐怖より、女神への信仰心の方が強いみたいだ。

 もちろん悲しむ人もいた。僕だって幼ければ、好きだった公園が次の日突然なくなり、代わりに少し離れた所に大きな穴ぼこができたと聞かされたら、それこそへこむ。

 ダンジョンへ続く扉が消え、いくらか離れた草原が落ち窪んだ。慰めみたいに、言い訳みたいに、あたりには薬草が散っていた。

「あのクレーターはなんなのか!」

「なぜダンジョンへの扉が消え去ったのか!」

 などと町角で叫ばれ、道ゆく人々は独自の論理を展開していた。

 誰も、ダンジョンコアが蹴り飛ばされ、崖から落ち、そして砕けたとは思っていないようだった。つまりダンジョンというものは、人々からすれば基本的に不朽不滅のモノであると言えた。

 昼過ぎだ。ようやく体の自由が戻ってきて、みんなで常宿を出た。

「おはよう、ロロルん……」

 そしてギルドの広間で、ラベンダーさんに出迎えられた。

「まさかとは思うけど」ラベンダーさんは口元に手を当てる。「あなたたちの仕業なの?」

「いやぁ……」

 周りに聞かれないように配慮し、事情を説明した。

「なるほどね。復讐対象者以外から怨みを買うこと、あたしにもあったわ」

 ラベンダーさんは僕とフェニを交互に見た。鑑定眼を使っているんだ。

「不死身のせいで、あなたたちのステータスがおかしなことになってるわよ……」

「そうよ! アタシもそれを言いたかったの! 昨夜の違和感は間違ってなかったのね!」

 サティも声を大にした。

 彼女はラベンダーさんと共に、僕とフェニに起こった異常事態を説明をした。

 僕らが体に有したマナは、一言で表すと、「桁外れ」とのことだ。

「ロロルんとフェニちゃんの魔力……ゲームで言うところのMPよ。あたしと比べてもゼロが一つ多いもの。ダンジョンコアを壊そうなんて普通誰も思いつかないワ」

 ダンジョンコアとはマナの塊だという,

 果てしもなく濃いマナにより、特殊な空間を生成し、そして魔物を産んでいるのがダンジョンである。その源が、あの光る球体。コア。

「それが壊れた時、凝縮されていたマナが一気に外へと溢れ出た」

 サティは両手を広げてその規模を表した。

 その時に溢れ出したマナの奔流に僕とフェニは巻き込まれた。死んだのだ。

「人はマナを空にしてそれを充填する時に、マナの最大保有量が少し増えるの。2人はコアが壊れた際のマナの激流で、死に続けてそれを何百回も繰り返したってことなのよ!」

 つまりそれって……。

 サティは大きく息を吸い込んでから告げた。

「チートよチート!」

 ダンジョンコアから飛び出たマナを死にながら浴び続けた結果、僕らはMPがチート級に上がってしまったと。

「アタシ並みの容量じゃないのよ……」

 あ、サティさんもやっぱり魔力がバカ高いんですね。

「僕らもダンジョンみたいに、宝箱を作ったりできるってこと?」

「いえ、それは違うわね。ダンジョンコアのマナは桁桁桁桁外れってところだから」

 サティは肩をすくめた。フェニが言いにくそうに発言する。

「あの、サティと一緒ということは……」

(もしや私の心の声が聞こえているのでは)

 たしににだ。

「なによ?」

 サティはきょとんとした顔をした。

「いえ、なんでもありません」

「そう? まぁいいけど」

 僕らのマナが漏れて、心の声が聞かれてしまうことはなさそうだ。

「そういえばロロルん? 今日は食いしんぼうのあの子はいないの?」

 ラベンダーさんが僕らに聞いた。ラベンダーさんはニロのことが結構好きみたいだ。「よく食べる子はカワイイ」と言ってるのを聞いたこともある。

「お腹が痛くて部屋で休んでるんですよ」

「あら? 大丈夫なの?」

「昨日は腹痛に効くというジャガン草というのも探していたんですが、見つからなくて」

「ジャガン草? それならあると思うわよ?」

「えっ!? あるんですか!?」

 昨日市場を覗いた時にはなかった。薬屋も訪ねたけれど、「知らないな」と言われた。

「あたしが持ってるわけじゃないけどネ? まさか……それを飲ませようっての? あの草は大型の家畜や使役された魔物に使うものよ?」

 言ってからラベンダーさんは、「まぁ……適切ではあるのかしら」と呟いた。

「そっち方面の人たちをたずねたら? タダではないにしろゆずってくれるでしょ」

 良かった! たしか南西の方に畑があって、門の向こうで畜産が行われているのを丸山純子と乗った馬車から見たことがある。

「よくご存知ですね。いろいろと」

「見る物全てを鑑定しちゃってたからね。ジャガン草の名前の由来は、大蛇が人間を丸呑みにした時にこの草でぽっこりお腹を和らげていた……ってことらしいワ。人を溶かすってことかしら」

 本当ならこわすぎる。人間が使えないわけだ。

「さっ、はやく行ってあげなさい」

「はい!」

 ジャガン草は人に使うものではなかったのか。どうりで普通の市場には並ばないわけだ。

「あっ、それからラベンダーさん。ワスレナ花のことは何か知りませんか?」

「ごめんなさい。ワスレナ花は聞いたことはあるんだけど、見たことはないワ。それだけ珍しいってことね」

「そうですか……」

 クロエ君の記憶回復は、まだ先になりそうだ。

 ギルドを出ようとしたところ、広間にエリュアールさんが入ってきた。

「それでまだわたしは、新人ハンターに腕相撲を強いる彼の名前を知らないの」

「えぇ〜? でも毎日来るなんてよっぽどエリュちゃんのこと好きなんだねぇ」

「ふふふ、そんなことないって」

「でもわたしの方がエリュちゃんのこと好きぃ〜」

「もう〜」

 ニロもいた。屋台で買ったであろう甘味を食べながらエリュアールさんと談笑していた。僕らがいるのに気がつき、エリュアールさんの後ろに隠れる。

「みんなぁ! この時間は特訓のはずじゃないのぉ〜?!」

「ニロ……あなたって人は……」

「人が心配してるのに……」

「家畜小屋に行くわよニロ!」

「え〜〜! ついに宿にも泊まれないくらいお金が底をついたのぉ?」

「アンタのためなのよ!」

「献立によって寝るとこ変えるなんてメンドくさいよぉ〜……」

「食うな! いいから来なさい!」

「今夜は牛の気分かなぁ」

「食うなー!」

「ニロ、本当にお腹痛いんだよね……? 僕正直、少し疑っちゃうよ」

「ほんとほんとぉ〜」

 ニロはそう言いながら上の口からお菓子を食べた。「痛くないから」と注射を刺す医者くらい信用できない。みんなのジトっとした視線を受け、ニロは弁解する。

「えと〜、甘い物は別腹だからぁ〜!」

 たしかに別の口からは食べてるけど…………。


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