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追跡劇



◆追跡劇



 目が覚めたのはどれぐらい後だったのか。視界がぼやけている。横になっているようだけど、頭の下に随分と柔らかい枕がある。


「ロロルくん、起っきした?」


 目の前に僕を覗き込むエリュアールさんの顔が現れた。柔らかい感触はエリュアールさんの膝枕だったと理解し、僕は飛び起きた。長椅子で横になっていたのか。


「すいませんっ!」

「ふふっ。そんなに慌てないでも大丈夫よ? ラベンダーさんも帰ってきたところで、フェニちゃんが特訓を受けてるわ」

「太刀川は?」


 呼び捨てにしたことか、僕の表情が悪かったのか、とにかくエリュアールさんはまるで子供をあやすように僕の手をとり、ゆっくり言い聞かせた。


「慌てちゃなんにもならないわよ? 自分のペースを守ってね。自由なの、きみは。ラベンダーさんという頼もしい師匠もいることだし、これからきっと強くなれるから」


 何も言い返せなかった。ひとまず僕はエリュアールさんの隣に腰を下ろす。


「すいません。お仕事中でしたよね。それか休憩時間……いえ、どっちにしろご迷惑をかけてしまったようで」


「大丈夫、大丈夫」歌うように答えるエリュアールさん。


「焦ってしまって。強くなったと思ってたのに、突然越えられそうもない壁が現れて」


「美鶴さんはクラフトで王都騎士団団長だからね。簡単に越えられる壁じゃないわ。それに、人はそう簡単に強くはなれない。あせっちゃダーメ。ゆっくり丁寧に、ね? わたしが見守ってるから。がんばれっ、ファイト!」


 エリュアールさんは拳をつくっていつものファイトのポーズ。


 がんばれそう、がんばる。


 その後、僕も訓練に少し加わった。


「ロロルん、やられちゃったんだって?」

 ラベンダーさんは嬉しそうに笑った。


 昼にはフェニと訓練場を去った。


 ニロのお見舞いとして、みんなの昼食とは別にシフォンケーキを買って帰る。


「お腹痛い人に食べ物ってどうなんだろう」

「ニロには1番薬になりそうですけど」


 懸念事項。それも僕らがケーキを買ってきたと知った途端に笑顔満開になったニロを見たら消し飛んだ。


「お腹はもういいの?」

「ときどき痛いよぉ〜。あふぁ、おいひい〜……」


 ニロはホールのケーキを切り分けずにマイフォークで食す。


「私、ホールケーキまるごと食べ……、一度やってみたいと思ってたんですよね。ニロ、お腹はどんなふうに痛むんですか?」


「というかニロ! ケーキ独り占めしないでアタシたちにも分けなさいよ!」


 サティとフェニがいつのまにフォークを装備して、ニロに迫る。


「おことわりぃ〜!」


 ニロ、逃走。


「よこしなさーい!」


 3人が部屋から飛び出していった。

 サティとフェニ、追跡劇を始めちゃうぐらい甘いものが好きだったのか。近ごろ鳥の丸焼きとかが続いてたし、甘味を欲するのも無理はないのかな。


「ん?」


 僕はベッドに落ちていた布切れに目がとまった。紐がついた布切れだ。ちょうどそう、ニロの水着みたいな色の。


「………………まさか」


 ゴロゴロしてるうちに上の方がとれてしまったんだ。レインコートは着てた。たしかだ。でもこのままじゃ、ニロが本当の露出狂になってしまう!


 僕は部屋を飛び出した。外に3人の姿は見当たらなかったけど、なんとなく通行人がざわついている方が正解だろう。とにかく駆け出す。そうだ、こんな時にこそ。


 【身体強化】


 尽きていたマナを更に絞り出す。脚…………それから心肺機能の向上を意識する。通行人を避けられるよう、動体視力も強化。


 ぐんぐんとスピードが上がる。それでも3人の後ろ姿は見えなかった。フェニもサティも速い。それにニロも妙蓮寺に操られた際に誰かの動きの型にはめられたおかげで、体の動かし方を掴んだと言っていた。


 追いつけ、追いつけ、走れ! 


 いつもより長く魔法が継続できている。毎日頑張っている成果だ。


 ひと気のない道に入った。遠くで魔法の破裂音がする。サティが発動したものだろう。


 ニロはサティに狙われてよく捕まらないなと感心してしまう。そういえば初対面の時、「逃げ足がはやい」と自己紹介していたっけ。あれは真であったか。


 サティとニロがいつも特訓している場所にたどり着いた。


 雑木林の中。ひと気がなく、開けていて、魔法の練習にはうってつけの場所。


「追い詰めたわよ! ってか……はぁはぁ、アンタはや……」


「これでも魔物がたくさんいる森で生き抜いてきましたからねぇ! えっへん!」


「ニロ……ぜんぶ食べてしまったんですか?」


「えっへーん!」


「みんな、やっと追いついたよ……」


 3人と合流できた。誇らしげに胸を張るニロに、僕は目を背けながらも水着を差し出す。


「コレなんだけど……、たぶん着てないと思って」

「えぇ〜?」

「ちょ」

「あら」


 たわわな果実を露わにしながらケーキをむさぼり、街を逃走していたのはさすがに恥ずかしかったのか、コートの前を合わせてしゃがみこむニロ。


「どうしよ〜……変なことしちゃった。魔族ってバレちゃう……」


「そこじゃないでしょ! まったく……というかホントにニロ、ムっ、ムネ大きいわね」


 自分の胸をさりげなく触るサティ。


「一口も食べられませんでした……。この果実でガマンしますか」


 フェニはニロを後ろから抱くようにして、「収穫したくなりますね」むぎゅっと胸を揉む。それから水着を着る手伝いをしていた。


「ありがとうフェニぃ。あれ……? あれぇ? あ、あーらららぁ……」


 情けない声を出しながらお腹を押さえるニロ。


「いたたたたたぁ……だーめだこりゃぁ〜」


 相当痛むのかうずくまってしまう。


「ヤバいんじゃないの?! 医者呼ぶわよここまできたら!」


「魔族のお腹を診てくれるお医者さんがいるでしょうか……。しかも患部はよりにもよって奈落のお腹です」


 どうしようどうしようと慌てふためく僕らを、ニロのたった一言が止めた。


「産まれるぅ〜」


 耳を疑った。産まれる……だって?


 ふとエルフの村でのことを思い出す。

 ポットローパーだ。ニロはローパーに種付けられた妙蓮寺は食べないと話していた。なぜと聞くと、『スイカの種を食べたらお腹からスイカが生える……的な?』


 えっ、いまソレ的な状態なんですか……? 食い意地はったんですか?


「ニロ! いったい誰の子供なのよ!? そんな無責任な男はアタシがぶっ飛ばしてくるわ!」


「ニロ、呼吸です。痛みをやわらげるラマーズです。えいっえいっおー」


「ひっひっふーでしょうがフェニ! なんで苦しんでる時にみんなの士気を上げんのよ!」


 しっかりツッコむサティに僕は聞く。


「サティ、回復魔法は使えないの?」


「使えるけど出産の痛みに効果あるのかしら……?!」言いつつマナを練るサティ。


「あとはそうですね。キスには麻酔ほどの鎮痛効果があるというマユツバで怪しい噂がまことしやかに小耳はさんで——」


「提案の時点から信憑性なさすぎるわ! いくわよ、ジッとして。【ソレイスリップル】」


 サティの回復魔法。暖かみのある光がニロを包む。


「どうですか? ニロ」


 フェニに背中をさすられ、ニロはゆっくりと立ち上がる。


「ひっこんだみたぁ〜い」


「良かった。ねぇニロ? その、もしアタシの特訓がキツくて、ホントはストレスだったら言ってよね? アンタを苦しめようとしてやってるんじゃないんだからね」


「トックンは嫌だけどぉ、そういうのじゃないよぉ〜。いやぁどうしたものかぁ……」


 魔族の差別が王都にもあるというので、ニロの正体がバレるわけにはいかない。


「すいませーん!」


 遠くから声がかかった。


「僕たちのことかな?」


 見てみると、手を大きく振ってこちらへとやってくる女性と、クロエ君の姿があった。


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