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やりたくない



◆やりたくない



「今日はお腹痛いからトックンしなぁ〜い……」


 8日目の朝、どんよりと曇った日だった。

 ニロが布団から出てこない。


 サティの話によると、ニロの魔法の腕は全く上達しないとのことだった。


「多種の適性があると、どれに集中するか迷いやすいの。どうしたものかしら……」


 ベッドに腰かけ、サティも頭を抱えていた。


 一度、ラベンダー塾の帰りにサティたちの特訓風景を覗いたことがある。


「こらっ! 起きなさい!」

「お昼ご飯はまだですかぁ……」

「お昼はさっき食べたでしょ!」

「おやつはまだですかぁ……」

「あと少しで4回目のおやつだから頑張りなさい!」


 16方位のコンパスくらい細かく間食しているのだとか。


「心配だね」

 みんなでニロの周りに集まる。


「ニロ、ほんとにどうしたのよ。アタシの教え方が悪いの?」


 サティが心配そうに布団から覗くニロの青い髪を撫でる。


「ん〜〜そうじゃないけどぉ、お腹が痛いのぉ……」

「大丈夫……?」

「私は天気が悪い時に頭痛がしたりしますけど」

「天気じゃなくてぇ、お腹の中で声がするのぉ」

「なによそれこっわ……」


 結局、ニロはその日の特訓を休んだ。


「可哀想だからそばにいるわ」と言ったサティとニロを安宿に残して、僕とフェニは例のごとく訓練場へ向かう。


「ニロ、大丈夫かな」

「お腹が痛いって、ニロの奈落で何かが起きてるんでしょうか?」


 あの真っ暗な空間での異常事態……まったく予測がつかない。


 訓練場に着いた。

 そこで待っていたのはラベンダーさんではなく、なんと太刀川美鶴だった。


「おはよう。今朝はラビーに急用が入ってしまってね。たまたま所用で近くにいたものだから、代理を頼まれたんだ」


 ラビーって呼んでんだ、ラベンダーさんのこと。

 どうでもいいか。僕は全身の毛が逆立った。クラフトとこうして、3人になれたのだ。


 太刀川美鶴…………剣道部主将、文武両道の秀才。


 忘れもしない。

 1年生の8月、夏休みだった。僕は学校に呼び出された。なんとメールで彼女から告白されたのだ。それもまぁ、誰かが彼女の名を騙ったメールに違いないとは思いつつ、もし万が一、ごくごく僅かな可能性で、仮に本当だったとしたら? そんな気持ちもあった。メールには僕を思う心情が細かく書かれており、その文面からは誠意さえ感じた。だから僕はのこのこ学校へ現れたのだ。そして剣道場でコテンパンにやられた。

「特訓だ」そう彼女は言った。

 特訓なもんか。僕は防具もつけさせてもらえず、ただ一方的に竹刀を振るわれた。


「ということで————」太刀川は僕らに剣を抜くよう示した。「特訓だ」


 ふざけやがって。お前が自分の力の強さに浸りたいだけだろう。でもいい。お前がいくら上手く剣を振れたって関係ない。いつだってぶっころころしてやれるんだ。お前の遊びに付き合ってやるよ。


 僕は剣を抜いた。そしてたずねる。


「僕を覚えてるかい?」


「ん? 質問の意図が判らないな。君と会うのは王都の外の草原、ギルドのロビー、そして今日で3回目だ。違うか?」


 また僕を知らないか。


「すぐに思い出しますよ」

「そうか。いつでもいいぞ」


 太刀川が言い終える前に僕は地面を蹴って距離を詰めた。身体強化の魔法がここに来て初めて効率的に使えた。速さも申し分ない。目一杯の力を込める。


「死ね」

 口に出ていた。


 だけど僕は次の瞬間には地面に伏していた。フェニが僕を上回るスピードで太刀川に迫る。だけど僕と同じように、赤土の地面に転がる結果となった。


「死ねとは穏やかじゃないな。ラビーの話では、素直で良い子たちとのことだったが」


 太刀川は剣を抜いてすらいなかった。力の差に愕然とする。いや、でもいつでも呪い殺せる。遊んでやってるんだ。


 僕は再度攻撃をしかけた。今度はフェニと同時にだ。だけど結果は同じ。違うのは、僕らが彼女の拳打を食らったことだった。


 ラベンダーさんに口酸っぱく言われていたことの1つに、身体強化で攻撃力や素早さを上げるのも重要だが、防御力も上げなくてはならないというのがあった。自分の攻撃、スピードに、自分の体が負けたら意味がないからだ。


 その言いつけは守っていた。肉体の強度も上げていたんだ。それなのに、太刀川の攻撃は鋭かった。鋭く強かに僕らを痛めつけた。


「すまん。加減を間違えた」


 痛みで立てなかった。いや、立てないどころか意識が遠のいていく。


 くそ、くそ!


「君から強い信念を感じて、つい力が入ってしまった。む? おい、大丈夫か?」


 いつでも殺せるんだ! お前が今生きてんのは僕が手心を加えてやってるからなんだ。いい気になりやがって。クソ、クソ!


 僕は惨めな言い訳に埋もれて気を失った。


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