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強くなりたい



◆強くなりたい



 王都に帰り着いたのは翌日の日没前だった。


「あっ! おかえりなさい!」


 ギルドに顔を出すとエリュアールさんの笑顔に迎えられた。


「依頼達成よ」


 サティがカウンターに、『フォルガー滝の滝壺に居着いた水蛇竜の討伐』の受注書と、「核」と呼ばれる手のひら大の石を置いた。

 核とは魔物それぞれにあるもので、利用価値はそれほどないが、魔物討伐依頼の報告には欠かせない物らしい。大きさも質も千差万別だという。マナ玉とは全くの別物。


「お疲れ様です。換金素材もあるようですね。ではこちらへ」


 一応、サティが受けた依頼だったので、僕らはロビーで待つことにした。


「あら? ロロルんたちじゃないの」


 ラベンダーさんが現れた。その後ろには太刀川美鶴の姿がある。異世界初日にワイバーンに食われかけた僕を国島と救ってくれたっけ。それについては感謝している。


「ん? 君はいつぞやの」


 騎士風の鎧と、暗い青色の長いポニーテール。視線を送られると思わず身が引き締まる切れ長の目。太刀川は僕を覚えているみたいだけど、あくまで「いつぞやの」である。王城から逃げた奴隷とは思っていないようだ。


「その節はありがとうございました」

「当然のことをしたまでだ。それに、忘れてくれと言ったはずだが?」

「忘れられませんよ。命の恩人ですから」

「本当に大したことではないんだ、忘れてくれ」

「こちらで何を?」


 クラフト様がこんなところで。


「私は彼女と話があってな」

「そうなのよ。ギルドも騎士団も国の戦力でしょ? だからたまにリーダー同士仲良く会ってお食事したりもするのよ? 情報交換や、恋バナだとかしながら」

「こ、恋バナは一方的にされるだけだ」咳払いをする太刀川。


 彼女は騎士団団長だという。前に移住願を作ってくれた獣人のガリュードさんが所属していたのは警護団。町の治安維持が主な目的の警護団とは違い、騎士団は国外のなんじゃかんじゃの解決が主だった活動なんだとか。


「なるほど。ご苦労さまです」


 僕の復讐対象とラベンダーさんは仲良しか。やりにくいな。


「ロロルん、また一皮剥けたって感じね。魅力的になってきたわ。特訓、時間があったらいつでもいいからね。ばいびー」


 ラベンダーさんたちは奥の部屋へと姿を消した。


「特訓。受けるべきだというラベンダーさんの意向を強く感じますね」

「そうだね。近いうちにお世話になるかもしれない」

「わたしトックンきらぁい」


 ラベンダーさんの妙に強いやる気からは逃げられそうもない。でもまさか、「近いうち」が翌日だとは、誰ひとり思ってなかったけど。




「どっせーーーーい!!」

 ギルドに隣接した訓練場。ガッチリと踏み固められた赤土の地面を、ラベンダーさんの拳は軽々と穿った。いつまでも消えない土煙を背景にラベンダーさんはにっこり。


「純粋な肉体の鍛錬だけではいずれ限界が来るワ。でもさすがは異世界。その限界をどうにかするのが魔法よ。灰色属性魔法、【身体強化】についてレクチャーするわね」


 ラベンダーさんは身体強化の魔法について説明してくれた。


 身体強化魔法の適性はほとんどの人に、ある程度備わっている。そのため灰色属性の適性は凡庸な印象を与え、マナ適性が灰色だけだと検査で知るやいなや嘆く人も少なくない。

 魔法の効果は名前からも分かるように身体能力を一時的に上げるもの。使用を繰り返すことにより、体力の基本値の底上げにもつながる。


「あたしの適性も灰色よ。初めに知った時は、「平凡」だとか「地味」だとかいろいろ言われたけれど、でも灰色に適性が強くあるってことは、誰よりも身体を鍛えられるという意味なの。根気強く使用を繰り返し、ヘトヘトになっても気張って頑張って踏ん張れば、いつかあたしみたいになれるわ」


 検査で灰色の適性が強く出たのはフェニだ。僕は闇だった。


 ニロは灰色というか、いろんな色が合わさったなんとも言えない色だった。サティに言わせると「アタシと同じで多色刷りってことよ。多くの適性があるわ」


 2人は別の場所で、2人きりの特訓をしているらしい。


「今日から10日ほど、あたしは午前中は暇だから、みっちりがっちり鍛えてあげる」


 地獄の日々が始まった。

 ボクの灰色魔法は加減が悪いのか、ほんの数秒間だけ脚が速くなったり、何にもならずただ疲れたり。とにかく失敗続きだった。


「フェニちゃん、テクニシャ〜ン!」


 フェニはさすがは秀才と呼ばれていただけあって、魔法の使い方はみるみる上手になっていった。


「午前中で全てのマナを使い切りなさい」


 ラベンダーさんは言った。人はマナを空っぽにして、再度充填すると、マナの保有限界値が上がるらしい。


「あたしが思うに、人は死んだらマナも抜けるから、アナタたちは蘇生した時にもマナ容量が上がってるはずよ。死ぬたび強くなるってことね!」


「はぁ…………」

 まともな相槌も打てないほど毎日疲れた果てた。


 そして午後は昼食ののちに語学。サティとフェニを教師に僕とニロは読み書きを学んだ。


「分かんなぁ〜い!」

「分かんなぁ〜いって言うの禁止!」

「理解できぬぅ〜!」

「理解できぬぅ〜って言うの禁止!」


 サティはスパルタだった。

 小テストでは、フェニからマナを通じて答えが分かり、サティもニロに答えが筒抜け。


「なんでテストだけはできるのかしら…………?」

「えっへん!」


 2人とも疲れているはずなのに……本当に有難かった。


 ラベンダーさんは灰色魔法だけでなく、武器の扱い方も教えてくれた。


「酷すぎてビックリしたわ……」


 体力だけでなく精神も削られる。だけどかつて同期のクラフトたちを打ちのめした最強のラベンダーさんからの指南はとても有意義だった。


「確実に昨日より強くなってるわ! あたしの鑑定眼がそう表示してるもんっ!」


 いつも元気付けてくれる。こんなにも真剣に僕に向き合ってくれた人は今までいなかった。大人はみんな、無関心か、見て見ぬふりか、自己満足の接し方ばかり。ある時、ラベンダーさんを思わず「先生」と呼んでしまったことがあり、「かわいいわね」と笑われた。


 強くならなくちゃという気持ちだったのが、プラス思考の強くなりたいに変わった。特訓の時間は辛くても楽しかった。


(意味ねえよ。何もできねぇよ、バーカ)


 辛い時間が続くとたまに声が聞こえる。

 僕の心の声が、体内のマナをめぐるのか、実に効率的に僕の気力を削いだ。


 でもフェニの存在や、ラベンダーさんの励ましが僕の心を支えた。


「絶対できる」と言われると、「そうかもしれない」と思えた。


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