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閉じた瞳、長い夜


◆閉じた瞳、長い夜



 ミニ亀には助けてくれたお礼を言ってから別れた。それからエルフの村を離れ、僕らは昨日と同じ広場で野営していた。着く頃は真夜中で、あたりは真っ暗だった。


 ニロは妙蓮寺を食べなかった。ローパーも食べなかった。


「あれ不味いしぃ、それにスイカの種を食べたらお腹からスイカが生える……的なぁ?」


 ローパーの精液を植え付けられた妙蓮寺は、やがてイソギンチャクみたいなのを生やすんだぁ、と教えてくれた。考えただけでゾッとする。


 後始末にはさぞ困ることだろう。ローパーはまだ何匹も残っている。


 僕は戦闘員のエルフたちに、『魔法が使えなくなる呪い』や『剣が持てなくなる呪い』とか、いろいろかけてきた。おかげで僕は何本も指を折った。


 でも里を去る時にミニ亀のところへよったら容易く治してもらえた。星を降らせるほどだ。骨をくっつけるぐらい児戯に等しいんだろう。


「みんなどうなったかなぁ〜」

「大騒ぎだろうね」


 サティを虐めた復讐だ。少なくとも次に僕が死ぬまでは苦しんでもらう。


 当のサティは、あれからずっと上の空だった。


「サティ、魔除けのトーチの設置、私たちがやりますよ」


 ポーチからアイテムを出してもらい、手分けして設置しようとする。3方向に分かれて取り組もうとすると、サティは僕の服の裾をつまんで引き止めた。


(そばにいて)

 そう聞こえた。


 僕はひとまずトーチを置き、サティの隣に腰を下ろした。お互い何も言わない。


 サティから流れてくるマナはとても乱れていて、なんて思っているのか分からなかった。僕は沈黙に耐えられなくなり、どうでもいいことばかりを話した。


 火が弱まいから薪をくべるねとか、焚き火の炎には1/Fのゆらぎって言ってとてもリラックス効果があるとか、でも僕は見てるとマシュマロを焼きたくなるとか、そんなとりとめのないことばかり。


「マシュマロ思い出したらお腹減ってきたな。サティはマシュマロ好き? 僕は好きだよ」


 ぱちぱちと薪が爆ぜる。

 その音に混じって小さな声がした。


「………………すき」


 ちらりとサティを見た。銀髪に炎が映って、褐色の肌は神秘的な輝きを有していた。


 この世界は、たくさんの髪の色がある。王都だけでも何色あったか数えられない。それなのに、自分達と色が違うだなんて言い、誰かを差別するなんておかしい。


「僕はサティの色、好きだな」


 思わず言葉に出てしまった。


 サティのマナの乱れが止まった。かと思うと、大慌てといった調子でまた乱れ始めた。

 余計なこと言っちゃったかなと視線を逸らす。すると、にっこり笑ったフェニと目がかち合った。薄氷を踏み抜いて冷水に浸かったかのような心情になる。


 フェニは僕のかたわらにあったトーチを無言で拾う。いつもの好き好きノイズはなく、ただザワザワしたノイズが僕に流れてきた。フェニはこれみよがしに黒髪を手のひらで遊ばせる。


「えと……フェニの色も好きだなぁ」

「ですよね」


 ザワザワが晴れて、また好き好きノイズがきこえた。よかった。ほんとに。


 トーチの設置が終わり、テントも立てた。


「遅めの夕飯でぇす」


 ニロがお腹から出したのは、昨日ミニ亀の前で倒した魔物だった。無毒のやつ。ガブガブと腹の口で嚙みちぎり、食べやすいサイズにすると、持参した網で焼いた。


 食べるとニロはすぐ寝た。


「ロロルぅ、夕飯のお礼に見張り代わってぇ」

「おっ、おう……」


 見張りを僕に押し付けて。


 やれやれ……と溜め息。焚き火の前に座り、星を眺める。


 どれぐらい経ったろうか。


 気配がして星空から視線を下げると、火を挟んで向かいにサティが座っていた。


「眠ってていいんだよ」


 サティのテントの中には常夜灯のカンテラが有り、サティが嫌いな暗闇にはならないようになっていた。サティは今、何も言わない。


 僕は炎越しに何か言いかける。やめて、背を向けるように座り直した。声が聞こえる距離だったけど、僕はもしもし貝殻を取り出して、その穴に言葉を投げかける。


「もしもし、もしもし、この森の星は綺麗です。遠くの世界樹も綺麗です」


 サティに聞こえてるはずだ。返事は求めない。独り言を呟く。


「見張りも暇だし、なんとなく思ったことを垂れ流しにしたいと思います。誰かに聞かれたら恥ずかしいけど、まぁみんな寝てるだろう」


 クスっ————とサティが笑うのが聞こえた。僕はゆっくり、たくさん、思っていることを呟いていった。夜中にSNSに呟いて、すぐ消すみたいな、どうでもよくて、恥ずかしくて、捨てがたい言葉を。


「よく夜思うことは、あんまりに静かだから世界には僕しかいないんじゃないかなって、センチメンタルになったりする。そんなことはないと知ってる。なんだかなぁって気持ちなる。でもここ数日はフェニや、ニロや、サティがいて、おはようって言ってくれて、僕はとても嬉しい。なんだ、やっぱり僕しかいないなんて間違いだったなってなる。

 月が綺麗な夜は嬉しい。それで前に好きだった絵本を唐突に思い出したりする。それは夜が嫌いで月が好きな男の子の話だ。でも月が、毎晩毎晩、明るいものだから、誰かが眠れないって文句を言った。そしたら、星を削る仕事の人が、月を削りにいくんだ。で、月の削りカスがまるで流れ星みたいに降り注ぐんだ。みんな綺麗だねって言う。やがて月は小さな三日月になってしまう。僕は、ああ違うや……その男の子は泣いてしまうんだったな。こっそり拾った月のカケラを持って、その子はやがて大人になる。今思うと、さびしい話だなぁ。そうそう、さびしいと言えば————」


 貝殻の穴をふさがれた。背中に何とも言えない、たよりない重みが寄りかかってくる。


「ロロルのこと、信じていい?」


 サティの声。


「信じてくれたら、嬉しい」そう答えた。


 ぎゅっと肩を強く抱きしめられる。


「こうすると、よく視えるから。だからこうするんだからね」


 マナを介して、僕の中に映像が流れ込んできた。



 数々の魔法が飛び交っている。大きな音、こわい音、どんどん流れ込んでくる。

 ふと目の前に、無理に笑顔を作ったエルフの女性の顔が。

『サティ。こわい思いをさせてごめんね?』

 白い肌の女性。その後ろで同じ肌のエルフの男性が叫ぶ。

『もうもたない!』

 男性は迫り来る魔物たちに連続して強力な魔法を放っている。女性が早口で喋る。

『普通の色に産んであげられなくてごめんね。サティ、目を閉じて。耳をふさいで。私の魔法であなたを陽の光が射す朝まで隠すわ。いい? 絶対に目を開けちゃダメだからね?』

 でも————、

『目を閉じなさい!』

 世界が暗くなる。音がなくなる。真っ暗闇だ。恐怖が渦巻く。朝はいつ来るんだろう。まだかな。夜は長いな。もうちょっとかな。まだかな。こわいな。すごくこわいな。

『忌み子』

『ダークエルフ』

『マナ漏らしっ子』

 罵る声がする。

 あの村の人たちだ。

『アタシね————』今度はサティの声がした。『結局最後まで、村のみんなに認めてもらえなかった』『がんばったのに』『信じたのに』『アタシがやっぱりダメなのかな』『みんなと違うし』『アタシがダメなんだ』

 僕は耐えられなくなり振り返って言った。



「そんなことない!」


 サティは驚いた顔をした。


「あ、ごめん、大きな声だして」


「いいわよ。でも、なんでアンタまで泣いてんのよ。バカ」


 サティのしなやかな指が僕の涙を拭った。僕も、手を伸ばしかける。


「ロロル!」サティがすっくと立ち上がった。「明日アタシに、おはようって言ってね!」


「……うん」


「居眠りしちゃタダじゃおかないからね! おやすみ!」


 サティは涙を拭って、自分のテントの方へ歩き出した。


 よく眠れるといいな。

 そう願った。

 朝起きたら、おはようって、言おう。


『ロロル君』


 手元でフェニの声がして飛び上がった。


「え? フェニ? なんで?」


『実は貝殻は私も持っているんですよ。ふふふ。ロロル君、女の子とイチャイチャするのは楽しいですか?』


 貝殻から冷気が出ているようだった。涼しい。冷たい。そういう機能は無いはずだけど。


「いや…………どうだろう」


『私は気にしません。いえ、気にしないと言ったら嘘ですが、気にしません。なぜなら私たちは不死の呪いで結ばれています。私は遠く深く永い気持ちでロロル君を思っていますから』


 少し考えて、遅れて「ありがとう」と言った。


 誰かと仲良くなっても、一緒に過ごしても、みんなとは死別することになる。

 でも不死のフェニとは終わらない時間を過ごす。僕も不死だから。

 いつかはみんなのことを忘れてしまうのだろうか。

 復讐も終わったら、そんな怨みも忘れられるんだろうか。


『ところでロロル君、私もあの絵本好きでしたよ。ロロル君もですか?』

「うん」

『え? なんて言いました?』

「僕も好きだよって」

『くぅっ!』


 あ、電話口で嬉死んだ。


 まさか僕の呟きがフェニにも聞かれてたなんて。急激に恥ずかしくなる。ニロは……まぁ寝てるだろうけど。


 僕は天を仰いだ。かすかだけど、貝殻からサティの声がした気がした。


『ありがとうねロロル』


 気のせいかもしれない。夜空は真っ暗だった。


 絵本のセリフでこんなのがあったな。


『夜明け前っていうのは、世界で1番暗いんだって。ほら、じゃあもうすぐ朝が来るよ』


 とりあえず僕は、この眠くてしょうがない見張り番を耐えなくちゃならない。


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