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◆壺



 僕とフェニは警戒しながら慎重に村に向かった。


 が、魔法の発動の音や悲鳴が聞こえてくると、僕は駆け出していた。

 堪え性のないやつだと自分でも思う。


 隠れて様子を窺う。


 村は戦場と化していた。

 トーチの灯りに照らされた村の広場で、入り乱れるエルフと魔物、魔法の数々。

 ゲームや漫画のおかげで僕でも名前の分かる魔物が何体も暴れていた。ミノタウロス、オーク、ワーウルフ……人の倍はあろう巨大な魔物たちだ。サティや、ローリエと名乗った女性、他に数人が相手をしている。


 闘いから離れた所に、ニロと妙蓮寺の姿があった。


「押されていますね。念話ができなかったせいで準備ができていなかったのでしょう」


「着拒なんてするからだ……」


 サティは僕らに連絡する隙もなかったらしい。避難だってできていない。


 なんとなく、サティの動きが悪いように見えた。傷が痛むのだろうか。


 加勢に向かいたいところだけど、妙蓮寺までは距離があった。呪いも届きそうにない。下手に登場してニロを盾にされたらまずい。ヤツは大樹によりかかり、ニロを後ろから抱き、胸を揉みしだきながら、高みの見物を決め込んでいた。


 どろどろとしたものが胸の内に渦巻く。


 妙蓮寺新之助め……!


 忘れもしない。

 妙蓮寺は『今和野引き回し大会』を開催した。1週間前から学年の全クラスに告知し、各クラス2人ずつ参加者を募った。僕は服を脱がされ脚を縛られている。参加者は脚のロープを引っ張って校舎を駆ける。コの字形の校舎と、連絡橋を使っての、一周。その速さを競う。僕が股間を押さえ、摩擦や衝撃に体のあちこちを痛めている姿を、藻木優が汗だくになりながら追走しカメラで撮影をした。その日は月に一度の職員会議が開かれる日で、教師が来ることはなかった。警戒して見張りもしっかり立てていたらしい。「言う通りにしろ」アイツは僕を嬉しそうに縛りながら言ったっけ。


 入念な準備をする人物だった。1年も前から今夜のために準備していたようだが、その時間と労力を水の泡にしてやる。


「こっそり近づこうか」

 フェニに耳打ちした。


「ふああん」

(こんな時に耳かじられちゃった)

 僕の言葉に牙は生えてない。姿勢を低くし、移動を開始した。


 少し行って、木の陰に小さな子供を見つけた。まだ10歳にも満たない男の子だった。怯えきって尻もちをついた彼に犬型の魔物が迫る。


 僕はショーテルを掴んだ。抜刀の勢いで魔物を斬りつけた。魔物には『悲鳴を出せない呪い』をかけてある。断末魔で妙蓮寺たちに気づかれないためだ。


「大丈夫?」

「う、うん……」


 男の子が立とうとする。僕はその時、彼の手にしていた杖が、細い糸に引っ掛かっていることに気がついた。フェニも目敏く見つけたようだ。しかし男の子は知る由もない。間に合わない。


 僕が甘かった。妙蓮寺の性格からして、もっと警戒するべきだった。綿密な準備をしていた妙蓮寺だ。罠があったっておかしくない。むしろ当然なんだ。


 糸が切れた。


 僕は咄嗟に男の子とフェニを押し退けた。

 横の茂みから爆風が僕に向かって吹き付けてきた。



 意識が戻ると、僕は拘束されて地面に横になっていた。


「島田製の爆弾トラップになんかかかったと思ったら……オマエぇ、たしか殺したはずだよなァ? 焼け焦げて死んだよなァ?」


 目の前に妙蓮寺の顔があった。憎しみが一気にこみあげ、とっさに噛みつこうとした。


「おいおい! 危ねぇなァ。お前、余計なことするなよォ〜? 知ってるぞォ? ニロちゃんの仲間なんだろォ? ニロちゃんを傷つけたくねえよな〜? なァ〜?」


 妙蓮寺はアイスピックのような太い針をニロに突きつける。ニロは無表情のままだ。

 今すぐ呪い殺したい。だが上手くマナを意識することができなかった。肉体が相当なダメージを受けているようだ。痛みと貧血で集中できない。


「ニロちゃん? こいつ何モン?」


「彼はロロルぅ。不死の呪いにかかってるぅ、ご主人様と同じ代のクラフトですぅ」


「ふぅ〜ん。じゃあボクチンは?」


「あなたは妙蓮寺新之助ぇ。賢くて強いわたしのご主人様ですぅ」


「げひひっ、かわいいなァ。んーでもボクチンはこんなヤツ知らないぞ? 何かの間違いだろ〜? クラフトはボクチンのような強い人を言うんだ! ボクチンは女神の芸術品が1つ! 妙蓮寺新之助だァ〜! スキル【隷属】でモンスターはみーんなボクチンの言う通り!」


 村の隅で、エルフの村人を拘束していたゴブリンが1匹、首を押さえて苦しみだした。


「お前さァ〜こいつを捨ててこいってボクチンが言ったのに、言う通りにしなかった罰だァ。妙蓮寺新之助が命じる。『首を絞めて死ね』」


 ゴブリンは首を押さえていたわけではなかった。首を絞めていたのだ。妙蓮寺のスキルがあれば、自殺を強要することもできるなんて。


「げひひひひ! それにしてもこんなかわいいモンスター娘がいるなんてなァ。ニロちゃんの味見もしたいけど、ボクチンは禁欲したんだ。今夜のために1週間もなァ。ぜんぶゼーンブ大好きなエルフにぶちまけてやるぞォ〜!」


 妙蓮寺は耳障りな声で笑い続けた。


 サティたちは…………?


 どうやら闘いは終わっていた。魔物たちに追い詰められている。そんな状況なのにローリエがサティを罵倒していた。


「この忌み子が! こんな醜い魔物たちを連れてきやがって! 死んで詫びろ!」


「す……すいません、ごめんなさい…………!」


 ミノタウロスたちに武器を突きつけられて、サティたちは跪くことを余儀なくされていた。


「昔っからほんとに使えないやつだねッ!」

「はい……」

「役立たずがッ!」

「すいません、すいません」


 蒼白な顔で謝り続けるサティ。戦闘中動きが鈍かったのは傷のせいじゃない。味方であるはずの村人の言葉にやられていたからだ。僕も何度も味わった。人を否定して、貶める、あの呪い。現代人の誰もが使える言葉の魔法。呪い。


 村の他の住人が魔物たちに連れてこられ、一堂に会する。ローリエや年長者であろう男性のエルフたちが土下座して妙蓮寺に懇願した。


「あのォ! 村の財宝も何もかも差し上げます。この娘も好きにしてください! ただ我々の命だけはどうかお助けを……!」


「ほら! お前も役立たずのあいつらみたいに命を張って村を守れ!」


 サティは青い顔で言い返す。


「アっ、アタシのお父さんとお母さんのことを悪く言わないでください……ッ!」


「お願いしますッ! どうか命だけは!」


 サティの言葉を聞き入れる様子のないエルフに、妙蓮寺は興味無さそうだ。


「ん〜、安心して。ボクチンは優しいから、命なんてとらないよ。その代わりィィィ……出でよ! ボクチンが探し求めた至高のモンスターよ!」


 妙蓮寺が両腕を振り上げた。数秒の後、


 ぼとり——————。


 樹上から何かが落ちてきた。大きな壺のような見た目で、腐りかけた肉の色をしている。青白く太い血管が、びくっびくっと脈打つたび、見る者を不快にさせる醜悪さがあった。


 ぼとり————、ぼとり————、一つじゃない。


 皆が見つめる中、壺の上からどろりとした液体がこぼれた。膨れ上がるように壺が伸びると、サンドバッグのような大きさに変わった。その表面から幾本もの触手が生えてくる。その一本一本が卑猥な意志を持ったようにウネウネと揺れ動いた。


「これは、ポットローパー!」


 ぼとり、ぼとりと次々と落下してくる。


「そうさァ! ボクチンが世界を旅してやっとこさ見つけた触手のモンスターだ! ランクはEだが繁殖力はバツグン! 僕の長年の大願! 『エルフを触手で犯しまくる』が今宵成就するのだ! げひひひひひひァ! あーー! 異世界サイコぉぉお!」


 森中に妙蓮寺の笑い声が響く。


「げひひひっ。おいお前、ちゃんと撮影しとけよ」


 カメラを持ったゴブリンに彼は命じる。


 粘り気のある水の音が間断なく聞こえてきた。


 ポットローパーと呼ばれた魔物がエルフたちに触手を伸ばしながら迫った。


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