もしもしって言ったら
◆もしもしって言ったら
日が暮れた頃、ようやく目が覚めた。
死ぬのに時間がかかってしまった。虫に這われたり鳥に啄まれたりして、やっと死んだ。
「ロロル君……」
フェニの声がした。僕の上に乗っかっているらしい。
「すみません。あそこまでバラバラにされたのは初めてですので、再生するのに手間取りました」
「ごめんね! 痛い思いをさせて……!」
これまで何度も死んでいるとはいえ、いくら再生するとはいえ、やはりフェニには死んでほしくない。その気持ちが高ぶって、僕は思わずフェニを抱きしめていた。
「あの、嬉死んじゃいます……」
「ごめん」
死んだり、憎しみに燃えたりすると、普段しないことをしてしまうのかもしれない。
ゴミ捨て場から這い上がる。運良く近くに川が流れていたので、そこで体と服を洗った。
武器は没収されていなかった。ゴブリンは何でも奪うイメージがあったけど、あくまで奴らはいま操られていて、普段とは行動のロジックが違うらしい。ゴブリンは捨ててこいと指示され、『言われた通りにした』だけなのだ。
「やっと見つけたわ……」
サティが現れた。重傷とまではいかないが全身に傷があり、消耗してるのが伺えた。
「サティ! 良かった……」
「ロロルきいて、ニロが……」
「ああ、知ってる……」思い出したくないシーンだ。「僕らは【隷属】のスキル持ちのクラフトの根城を見つけたんだ。妙蓮寺新之助がここにいる」
「あちこちにソイツの下僕がウヨウヨしてるわ」
「サティに追手を放っていたけど、大丈夫だった……?」
Bランクの魔物が差し向けられたが、Cランクハンターのサティは笑顔を作った。
「当然よ。アタシの魔術にかかればあんなの大したことないわ」サティは座り込む。「でもまぁちょっとキツかったけどさ……」
「話を整理しましょう」フェニの一言で僕らは情報を出し合った。
ニロとサティは魔物を調べている時(いかがわしいマッサージのことは口にしなかった)に、魔物を引き連れた妙蓮寺新之助に襲撃された。
その際、ニロは簡単に隷属の魔法にかけられた。
どうやら隷属魔法は動物や魔物にしか使えないという。魔族のニロは悲しいことにそのくくりに入ってしまっていたのだ。
「じゃあニロは操られてるだけなんだね!?」
「そうよ。そこは安心していいわ」
ニロが僕らを騙していたわけじゃないと分かって安心した。
ニロに呪いはかけたくない。
「予想していた通り、敵は妙蓮寺新之助だ。それも1人」
妙蓮寺はあの部屋で僕とフェニを奇襲した。ヤツの目的は……、僕がセリフを澱ませると「いいから続けて」とサティ。
「どうやらアイツは今夜、エルフの村を襲撃する手筈を整えているようなんだ。エルフに並々ならない執念があって、1年前から魔物を集めて準備を進めていた。大挙して押し寄せ、エルフに乱暴するのが目的だ」
「反吐が出るわね……!」
「予定が遅れたらしいんだけど、それはミニチュアタートルが抵抗してたかららしい」
サティは思いを馳せるように黙って俯いた。
フェニが質問する。
「エルフの村の戦力はどうなっているんですか?」
「魔術に長けた年長者はたくさんいる。でも戦闘には慣れてないと思うわ。数によっちゃ、容易く手篭めにされるかもね。体は若いけどご老体なのよ」
「どうやって守りましょう……」
「アンタたちは帰りなさい」サティが強く言い放った。「ここまで連れてきて悪かったわね。そもそもアタシは、村のみんなに会うふんぎりがつかなかっただけなの。でも敵がいるなら正当な理由で里帰りできる」
「何言ってるんですか? 私たちも闘います。ニロも奪われていますし」
「復讐相手もいるし」
「あのねぇ!? 言っとっけど向こうはいろんな魔物を持ってるわ! アタシはBランクの魔物に追われた。アンタたちじゃ戦力にならない! ニロはアタシが送り届けるから!」
サティはすごい剣幕でまくし立てる。純粋に僕らを心配してるのが分かった。
「次は遅れをとらないよ。徐々にだけど呪いの力にも慣れてきた。蘇生の速さの変化も」
肉体的ダメージが大きいと蘇生が遅いと仮説は立っていた。そして純粋な呪殺より、効果が回りくどい呪いの方が疲れない…………つまりはマナの消費も少ない。戦闘の経験不足は、今更どうしたって補えるものではないが、力にはなれるはずだ。
「私もどうなろうと死にはしないので。体が四散した時、焦らなかったと言えば嘘になりますが」
フェニにも同じことが言えた。なるべく死ぬ時はダメージ少なめで死ぬことにしないと、隙を与えることに繋がってしまう。
「まったく、死にたがりね」
苦笑するサティ。
どうやら了承してくれたみたいだ。
彼女はクロスボウの銃身の後ろを開け、中から淡く輝く筒を引き抜いた。そしてマナで色とりどりに発光する右手で再度ゆっくりと押し込む。
「リロード完了。このクロスボウはね、圧縮したアタシのマナを一定の量で撃ち出せるのよ。精度も高い。魔法より遠距離の間合いがとれるの」
(どう? すごいでしょ? かっこいいでしょ?)
「すごいです」
「かっこいいなぁ」
「ふふん! それでこの左手の手甲はね? 主な5属性のマナの操作に一役かってるのよ。属性特化の杖を5本持ってるのと同じね。杖が無くたって当然アタシのレベルなら魔法は使えるんだけど? それにこれ近距離戦では引っ掻いても闘えるの!」
(どう?!)
「強いです」
「便利だなぁ」
「ふっふーん!」
聞くところによると、そう言ったものは全てサティの発明らしい。手先が器用で、アイディアも豊富なんだな。
「作戦は何か案ある? まさか正面からぶつかるわけにもいかないしね」
「奇襲しよう。アイツは僕とフェニが死んだと思ってる。そこを利用すれば必ず有利な一手を打てるはずだ。僕はスキルを連発できないのもあるけど」
「そうね。さっき見た感じ、あの呪いのスキルのマナ消費量は高いわ。アンタのマナの保有量からすると、強力なのは何度も打てないでしょうね」
連続魔法を繰り出すにはMPが少なすぎるわけか。
フェニが口を開く。
「ニロをとられている以上、奇襲において妙蓮寺を速やかに無力化する必要があります」
「僕が妙蓮寺に近づくことさえできれば、呪いをかけて即無力化できる」
「そうですね」
(復讐のたびに死んでしまうのは嫌だけど……)
フェニのマナが伝わる。
でも呪い殺すなら、僕も死ななきゃ平等じゃない。
「妙蓮寺は用意周到な男だ。僕の復讐は後回しで、ニロ最優先で動こう」
「村の方達にも避難してもらいましょう。サティ、念話で一刻も早く知らせなければ。できますか?」
「…………ええ」
サティが1歩引いてから、精神を統一するようにあぐらをかく。
少しして、沈鬱な顔で立ち上がった。
「じゃあ……念話はしたから。アタシは戻って村の中からヤツらを迎え撃つわ。状況はお互いにもしもし貝殻で報告し合いましょう……」
「うん。必ずニロを救い、サティの育った土地を守ろう」
「はい」
「ええ。じゃ……先に行くわね」
サティが村へ向けて駆け出した。
「なんか暗い顔してなかった?」
「してましたね。まるで自分が誰かに着信拒否されていることを知ったような顔でした」
「そんなまさか。…………あれ?」
サティが風のような速さで戻ってきた。
「もしもしって言ったらちゃんと答えてよね?!」
「うん……」
サティは風のような速さでまた駆けていった。
念話にも着拒があるようだ。




