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妙蓮寺のお部屋



◆妙蓮寺のお部屋



 ミニ亀ことミニチュアタートルの甲羅の上を歩く。


 先に知らされなければ、誰もここが亀の背中だとは思いもしないだろう。なだらかな起伏のある森のミニチュアだ。木々が伸び、鈴なりに実をつけ、梢に鳥が憩う。


 ところどころに岩の柱のようなものが地面から突き出ているのは恐らく甲羅の一部なんだろう。叩くと岩とは違う深い響きがあった。


 数分、歩いたろうか。


「ロロル君、あれを見てください」


 フェニが示す先に大きめの岩の柱があった。無論、甲羅であるのだけど、そこには下方向に穴が穿たれていたのだ。外側とは異なり、穴には苔などの付着物はない。最近空けられた穴なのだと推測できる。


「サティとニロを呼びましょう」

「そうだね」僕はもしもし貝殻に呼びかける。「もしもし? サティ、応答して」


 貝からは何も声が返ってこない。「おかしいな。返事がないや」


「貸してもらっていいですか?」フェニが巻貝を耳に当てた。「あっ、かすかに声がきこえてきました」


「ほんと?」


「ええ。これは……」顔を赤くするフェニ。

「どうしたの? なんか言ってる?」


「まぁ…………」


「なんて?」


 たずねるとフェニは真っ赤な顔で、大きく息を吸い込み、そして、


「あんっ! ああっ! んふぅ! んっんん……! やあんっ、はぁあん!」


 突如として艶めかしい声を出した。


「あァァんッ! ちょッと、ニロぉ! これのどこがマッサージなのよッ! あっ、らめッ! バカっ! んんっ!」


「ちょっと……フェニさん?」


「ぁああ! あんっ、んむぅ! んん!」(はぁ! ロロル君にこんなエッチな声きかれちゃってる!)「…………と、いう、声がしてます」


 僕も貝に耳を当てる。ニロの声がした。


『へっへっへ〜。やめろと口では言いつつカラダは正直ですねぇ。気持ちいいとマナが言っておりますぜぇ〜』


『気持ちいいも本音だけどやめてほしいのも本音よ! 離れてーー!』


 親睦を深めてるようだし、ほっておこう。


「………………僕たちだけで調べに行こうか」

「そうですね……」


 剣を抜き、穴の中へ入っていった。けっこう深い。時折り淡い光を放つ石が置いてあり、光がささなくなっても奥へは進めた。やがて開けた部屋に行き着く。


「なんだここ……」


 あちこちにエルフの女性の写真を貼り付けた部屋だった。どのようにして撮影したのか、水浴びをしている姿や、便器に屈んだ格好、夜の秘め事の最中であろう場面などが写されていた。どれも正面からじゃない。見上げるような、覗くような、そんな卑しいアングルばかりだった。


「盗撮のようですね。この世界の念写機とは質が違います」


「ギルドカードの撮影をしてる藻木優も一枚噛んでるかもね。というか、ここに潜んでいたやつは……エルフへの執着が尋常じゃないね」


 ここに住んでるやつ。妙蓮寺に違いないとは思う。


「はい。誰か個人を盗撮しているのではなく、エルフ種を撮っている……という感じです。サティ、見たら悲しむかもしれませんね。写真機が部屋に見当たらないのが気になります。戻りますか」


「そうだね。とりあえずもう一度連絡してみようか」


 僕は巻貝に耳を当てた。

 遠くに声が聞こえる。先程のなまめかしい声ではなく、怒声と、爆発音。


「大変だ! 闘ってるよ、戻ろう!」

「はい!」


 フェニが先になって、今来た穴を戻ろうした。その順番に意味などなかった。


「離れてロロル君!」


 前を行くフェニに後ろ手で突き飛ばされた。


 直後、凄まじい衝撃、音、光に襲われる。


 体が後ろに吹き飛び、奥の壁まで転がる。痛みをこらえながら顔を上げると、赤いものがあたりに散らばっていた。


「…………フェニ?」


 口の中が焦げて、鉄の味がした。触れてみると、僕の顔面も酷く焼けているようだった。頭からも血が溢れている。そんなことどうでもいい。


 フェニがバラバラになってしまった!


 痛みを押し殺して立ち上がる。誰かが近付いてきている。酷い耳鳴りがして音は聞こえなかったが、ぼやけた視界に人影がひたつふたつ……何人でもいい。絶対に殺してやる!


 剣だ。剣をとれ!

 しかしどうにもならない。僕の右手は肘から下が無かった。無いなら無いでいい。僕には呪いがある。


「残らず殺してやる!」


 復讐宣言したとこで、胸に痛みを感じた。

 見下ろすと剣の切っ先が胸から生えていた。どうやら後ろから突き刺されたらしい。


 僕は床に崩れ落ちた。


「死体は運び出せ! 言う通りにしろ! クソッ! ボクチンのコレクションを汚ない肉片で汚しやがって! 聖域を汚しやがって! しっかし島田製のグレネードはすげぇ威力だなァ。これもう人の形をしてないもんなァ」


 戻りつつある聴覚で聞き覚えのある声をキャッチした。


 そう、アイツ、妙蓮寺新之助!


「おやコイツ、生きてやらァ。まっ、すぐ死ぬかっ。げひひひひっ。ゴミ捨て場に残らず運んどけよぉ〜。お前はここ掃除しとけ! 言う通りにしろよな!」


 妙蓮寺は相変わらずの酷い猫背だった。異様に大きな手のひらを忙しなく動かし、ゴブリンにあれやこれやと指示している姿は人間とは思えない。醜悪な体躯のゴブリンたちの親玉という風体だ。


「ご主人様ぁ、あの女はいかがいたしましょ〜かぁ」


 妙蓮寺のそばに跪く人影があった。

 信じたくなかった、そんなわけが————。


「ニロちゃぁん! かわいいなキミはァ。おいで、頭を撫でてあげるから、げひひひっ」


 なんとニロが妙蓮寺の命令に従っていた。彼に擦り寄り、無表情で頭を撫でられている。


 ニロは妙蓮寺の仲間だった?


「あの貧乳エルフはそうだなァ……今宵の宴を邪魔しに来るよなァきっと……。追跡隊を組織しよう。ザコじゃダメだ。強いヤツで編成しないとなァ。弱いと手駒が減るだけだし。げひひ、ボクチンのモンスターコレクションを壊した罪は重いぞ〜」


 妙蓮寺はニロの口に親指を突っ込み、掻き回した。浮かべる歪んだ思案顔。


 初めて会った時にニロは、バイコーンという王都近くにはいない魔物と一緒にいた。

 もしやバイコーンも操られていた?

 最初から僕らを裏切るつもりだったのか?


「今夜のためにボクチンは1年も準備したんだ。邪魔はヤダなァ。しょうがない、Bランクのアイツらを使おう、げひひひっ。逃げられないぞ。このデカ亀がボクチンのスキルに抵抗したせいで予定よりかなり遅れた。ボクのスキルに抗うなんてなんて魔力だ。守り神だかなんだか知らないがァ、死ぬように命じたはずなのになァ」


 妙蓮寺は壁にあるエルフの写真をベロりと舐め上げた。


「まァもういいやァ。今夜なんだからなァ……探し求めた最強の魔物もようやく、ようやく手に入れたしなァ、げひ! げひひひゃ! 準備バンタンっバンタンっ!」


 僕の体が浮いた。ゴブリンたちに担架へと乗せられる。担架が生温かいのは、フェニの肉が先に乗せられていたからだ。苦痛で意識が遠のく。皆殺しにしてやるつもりでマナを意識するけど、耐え難い痛みのせいで集中できない。


 ニロが妙蓮寺に跪いている、サティが追われる、最強の魔物が存在する————。


 くそ!


 ついぞ誰も呪えず、入った時とは別の穴を通り、僕らは運ばれていった。


 妙蓮寺の不愉快な声が響き渡る。


「今夜、エルフの女を犯し尽くすぞォオオオオ!」

 


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