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ちょっと



◆ちょっと



 ちょっと、って言葉は、程度が少しであることを表すけど、どれくらいちょっとなのかは、やっぱり発言者によりけりなわけで。


「ちょっと遠いから、行き先」

「どれぐらいですか?」

「ちょっとよ、ちょっと」


 王都の西門発の馬車に乗り、何の目印もない道で下りたのが2時間前。入り口もない森へ入り、僕らは道なき道をサティさん頼りに突き進んでいた。


 川にぶつかって、それを遡上。


 滝にたどり着き、滝壺からいきなり現れた巨大な蛇の魔物をサティさんが風魔法で輪切りにする。その後滝を迂回し、またずんずんと突き進む。日が傾いてきた。


 僕は悩んでいた。サティさんのすぐ後ろを歩いているのだけど、サティさんの漏れ出ずるマナがずっと「もうちょっとなんだけどなぁ」なのだ。サティさん、ちょっとの程度を具体的に教えてもらっていいですか、と問おうかどうか、悩んでいた。


 最も後ろを歩いていたニロが声を上げる。


「質問ですぅ〜。あとどれくらいなんですかぁ……?」


 サティさんは止まらず答える。


「あとちょっとよ」


 耐えかねて僕らは声を重ねた。


「ちょっとってどれぐらいですか!」


 日が落ちる前に、僕らは野営の支度に取りかかった。月と星灯りと、近づいて大きくなった世界樹……ユグドラシルの枝葉に灯る光がよく見える開けた場所だった。


 ユグドラシルの枝にあるのはマナらしい。濃く集まったマナは、オーブ現象を起こし、光の果実のように浮かび上がるのだという。


「綺麗だね」素直な感想だった。

「そうだけどぉ、食べられないからなぁ〜」ヘロヘロになりながらニロが言う。

「つまらないこと言ってないで、作業しなさいよ。明日は早いんだから」


 煌々とした焚き火を見つめ、サティさんは話した。野営地の周りには「魔物除け」のトーチが数本立てられている。照らされた場所に動きがあると、術者に分かる仕組みらしい。防犯センサーみたいなものか。


「サティさん、そのポーチはどうしたんですか?」


 僕はクラフトのみに支給されるポーチをサティさんが付けているのに気が付いた。


「前の話よ。アタシに歯向かってきたクラフトがいたから、返り討ちにして、奪ったの」

「よく倒せましたね。スキルを持っているのに」

「朝飯前よ」

「晩飯前ですよぉ〜。お腹空いたぁ〜。ここが目的地なんですかぁ?」

「まだ半分くらいよ。低ランクのクエストは近場だけど、ランクが上がるにつれて厄介だったり、遠かったり、しがらみの多いものになるからね」


 サティさんは焚き火に薪を投げる。火の勢いは充分に見えるが。


「アタシたちが向かってる場所は、エルフの森」


「エルフの森?」


「そうよ。道なき道を進んできたけど、それはエルフの性格がゆえ。余計な人に知られたくないから、あえて道が無いの。まぁ人が住むんだから、村自体はちゃんとしたとこだから安心しなさい? それでも深い森であることには変わらないけどね」


「どんな依頼なんですか?」


 フェニに聞かれると、サティさんは黙って彼女にクエストの依頼書を渡した。


「Cランクの依頼ですね。フォルガー滝に棲みついた水蛇竜の討伐…………これって」

「ふぇえ〜、それってぇ、昼間サティさんが倒したやつじゃないですかぁ?」

「そうよ」にべもなく答えるサティさん。

「エルフの森になにが?」


 フェニの問いにサティさんはため息をもらした。いや、問いに対してではなく、用意された回答にうんざりしている様子だった。


「そこ……アタシの故郷なのよ」

「故郷ですか」

「生まれのじゃなく、育った土地って言った方が正しいかしら。王都のエルフの念話士に聞いたんだけど、いまそこでおかしなことが起こってるらしいのよ」


 僕はサティさんの話を遮らないように「念話士って?」とフェニにきく。「別の国の念話士と話し、国交やギルド依頼などの情報を交換する仕事を担った役職です」


 ああ、国で唯一電話を持ってる人って感じかな。


「なんでも、変わった動きをする魔物がいるらしいのよね。まるで操られているかのように統率のとれた動きをしたりするとかって」


「珍しいことなんですか?」


「群れる魔物はいるわ。でも今回のはそうじゃないの。どうも隷属の魔法にかかってるようなんだけど、魔物を操るのなんて魔族ぐらいなもんなの。それならその魔族の紋様があるはずなんだけど、それも見当たらない。手を焼いてるみたいで、調査の依頼がきたってわけ」


「どうしてその受注書はないんですか?」


「エルフはね、プライドの高いのが多いのよ。だからギルドを介さず直接念話士から冒険者のエルフに頼んだりするわけ。ほら、念話士ってエルフが多いでしょ?」


「あの、魔物を操れるのは魔族だけなんですか?」


「そうね。テイマーなんかが使役できるのは動物だけだしね。超一流の魔導師は魔物を操るともきいたことあるけど、それにしてはマナが雑で杜撰で不快らしくてね」


「なるほど……」


 僕の頭の中にあったのは、【採取】のスキル持ちだった丸山純子が犬の魔物を従えていたシーンだ。あいつは「妙蓮寺新之助のスキルの【隷属】で従順になった魔物を買った」と言っていた。


「隷属魔法にかかっていたら紋様があるんですね?」

「そうよ?」

「紋様……。ねぇ、ニロ」

「なーにぃ……?」

「一度食べた魔物って外に出せないかな? もう消化されちゃってる?」

「下のお口の奈落は時間が流れてないか、限りなく遅いからぁ、腐ってもないしぃ、消化されてもないけどぉ? え〜……もしかして出してとか言わないよねぇ……?」


 消化もされないなんて。じゃあ食べる意味あるんだろうか。


「ちょっとでいいから、見せてほしいんだ」


「ニロ、ロロル君は次のあなたの『食事』についての手がかりを掴んだかもしれないんです。また美味しい思いをしたいのなら、ここは頑張りどころですよ。ちょっとでいいんですから」


 さすがフェニ。僕の考えもお見通しか。僕らはニロに頼み込む。「ちょっとでいいから」


「ちゃっとぉ〜?」ニロは口をとがらせた。「その言葉キライぃ〜」


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