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墓地にて



◆墓地にて



 王城近くまで大馬車で行き、そこから女子2人とは別行動となった。


「お昼過ぎにまたここで合流しましょう」


 そう言うフェニを引っ張るニロは、通り全ての屋台の甘味を制覇すると意気込んでいた。

 どうなったん、プレゼント選び。


 僕は特にアテもなく、理由もなく、なんとなく東の城門行きの大馬車に乗った。

 時計は持っていなかったけど、王都民のほとんどは太陽の位置で大まかな時間を把握して過ごしているらしい。通りが正確な方角に伸びているのも太陽の動きを見やすくしているため。時たま日時計は目にする。でも王都民は自らの影を見下ろし、「あぁだいたい何時だわ〜」と認識するようだ。ゆるい。


 東の通りの終点で降りる。

 城門から北にズレたところはゆるやかな丘になっていた。広めの公園なのかなとふらりと入ってみると、中は墓地だった。死者の眠りを邪魔するつもりは毛頭ないが、1人になりたい気持ちになって、僕は静かに歩を進めた。


 王都の町の作りとは裏腹に墓地の区画は整えられていなかった。墓標もさまざまだった。大きいのもあれば、小さい墓標もある。石のもの、木のもの。ここでは人生の終わりは自由なんだな。

 町を見渡せるベンチを見つけて腰を下ろした。


 フェニたちと過ごす時間が楽しい。

 楽しいけれど、じゃあ今自分が抱えている疲れはなんなんだろう。

 1人になると良くないことばかり考える。


(幸せになる権利があると思ってるのか?)


 マイナスな呟きが心内に蔓延していく。僕はそれに抗うことなくただ座っている。心地いい、とは流石に違うが、自然に違和感なく染みていく感覚だ。抜け出せない。否定系の囁き。


 フェニにこんな心の声が伝わなくてよかった。

 嫌な気持ちにさせるに決まってる。


 でもどうしてフェニには僕の声が聞こえないのだろうか。


 マナ通い。絆が強い2人に起こる現象。フェニの気持ちだけが僕に届く。

 例えばこの世界のカップルは、どちらかの気持ちが冷めきっていたら、こんか状態になるんだろうか?


 僕はフェニを信じている。そのはずだ。

 でも僕は自分自身を信じていない。心が閉じている。


 心を閉じ込めでもしないとやってられなかったから。


 そのせいなのかな。



 誰かが視界の端を過ぎった。反射的に顔を向ける。


「あっ」


 どちらからともなくの曖昧な会釈。


「こんにちは……」


 昨日、南西の広場で話した絵描きの男の子だった。


「ご迷惑じゃなければ隣いいですか?」

「どうぞ」

「ありがとう」と彼は隣に腰を下ろした。


 正直なところ、あのまま誰も来なければ、この世の終わりまで継続する自己嫌悪に浸っていたところだ。

 彼は、昨日の絵の具だらけの白衣ではなく、黒い上着を着ていた。


「ぼく、ここへよく来るんですよ。散歩がてら」


 口ぶりから、彼の身内に不幸があったわけじゃないと分かりホッとした。


「僕も散歩で来たんです。まだ王都の行ってない場所に行こうと思って」

「外国の方なんですね。あっ、ぼくの名前はクロエといいます。クロエ・ソソギです。お名前、きいてもいいですか?」

「僕は、ロロルです」


 呪の字を分解させた、ロロル。


「いい名前ですね」彼は微笑んだ。


 偽りのない言葉のように思えた。むき出しで無防備な心をイメージさせられる透明感があった。

 降りしきるアラレの中にガラス細工を置いておくみたいな気持ちだ。儚くて綺麗だけど、危なっかしい。彼は透き通った声で続ける。


「不思議と、きみとはまた会える気がしていたんですけど、まさかこんな場所でとは思いもよらなかったですが」


「僕もですよ」


「そうですか? ぼくたち、もしかして縁があるのかもしれないですね」


 こんな場所で会うとは思わなかった……という点に同意したのだけど、彼がまた微笑むので、わざわざ指摘もしなかった。


 彼を見ていると、彼自体がなんらかの不思議そのものであり、そして心に秘密の泉でも湧いているんじゃないかと思えてくる。けれど、縁なんてものは無い。僕らは元々住む世界の違う人間なのだから。


「痛っ」彼は包帯の巻かれた頭を押さえた。

「大丈夫ですか?」

「ええ。実はついこないだ転んだ時に頭を打ったようでして。傷は大したことないんですが、昔の記憶が無いんです」

「えっ!? た、大変じゃないですか」

「まぁ……。しかし家のことは使用人がしてくれます。誰か知り合いが声をかけてくれないかとよく町を歩くんですが、どうやらぼく、友達がいなかったみたいで……情けないです」


 友達がいない点はシンパシーを感じてしまう。


「クロエ君、もし何かあったら言ってください。僕、手伝いますので」

「本当ですか? 優しいんですね、ロロル君って」彼は顔をほころばせた。


 使用人という単語を聞くに、今更僕なんかにできることはないだろうけれど、力になれたらなと純粋に思ったのだ。


 僕は知らないうちに日が傾いてきたことに気が付き、人と待ち合わせしてることをクロエ君に告げた。


「じゃあ王城の方までご一緒しましょう」


 そう彼が言うので、2人で歩き出す。


「ロロル君のいた国では、死者はどうやって葬っていました?」


 唐突にクロエ君がきいた。

 彼には、唐突とか藪から棒にとか、そういうつもりはないのかもしれないが。


「火葬だよ」

「そうなんですか。この国では土葬のようですけど、火葬の方がいいですよね。土の中に埋められるなんて死者が苦しがります。かわいそうです」


 質問もしかり、その言葉も危うい内容だった。クロエ君をちらりと見ると、至って普通の顔だったので、特段気にしないようにした。ただ僕は、記憶を失う前までの彼を想像していた。キャンパスに向き合う、儚げな彼の姿を。赤い絵を描きながら、何を思っていたのかを。


 大馬車に乗り、王城前まで。


「これ、裏返せるんですよ」クロエ君は黒い上着を脱いで裏返した。


 絵を売っていた時の絵の具で汚れた白衣に様変わり。喪服と白衣をリバーシブルで着こなすとは、芸術家の感性は変わっている。


 王城前でクロエ君とは別れた。ほどなくして、ニロとフェニがやってきた。


「いいの買えた?」と聞くと、

「買えたぁ!」とドーナッツをかじりながらニロ。手には小さな紙袋を提げている。「これはロロルの分ねぇ」

「わぁ、ありがと」


 チョコのかかったドーナッツを渡された。僕の分まで…………素直に嬉しい。


「ちょっとアンタたち! こんなところにいたのね!」


 ドーナッツをかじったところで、聞き覚えのある声に怒鳴られた。


「さがしたわ……」


 サティさんだった。肩で息をし、左の手甲の尖った爪で僕らを指さす。


「アタシと一緒にクエストへ出発よ!」


 Cランク冒険者のサティさんが、Fランクの僕らをクエストに誘う。裏がないなずない。でもニロの秘密のこともあるし、僕らに拒否権はなかった。


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