味をしめちゃって
◆味をしめちゃって
「良い復讐でした」
フェニがニロの水魔法【春の夕立ち】で僕が体を洗うのを手伝いながら言った。
泥は膝までしかついていなかったけど、フェニの手は少しずつ腿の方まで上がってきた。
「おや、こんなところまで泥が」
(合法的にカラダを触れる。今の内に触っておかなきゃ)
「ありがとう。もういいよ」
「意外と跳ねてるものですね」
(もっと上まで、素肌を堪能しなきゃ)
「ありがとう。もういいんだよ」
「ここに見えない汚れがあります」
「そんな洗濯洗剤のCMみたいなこと言われても」
彼女の手を掴んで体から離した。
「ロロル君……」
(まさかお返しの洗体マッサージを!?)
しないしない。
「ありがとうね」
「いえ……」
(洗体されたら体見られる……先に洗っておかなきゃ!)
しないしないしない。
「復讐もこれで4人目かぁ。お楽しみはまだまだこれからだな」
「えっ」(お楽しみは後でっていうこと?!)「くぅっ!」
あ、嬉死んだ。
さて、脚は綺麗になった。
窮鼠猫を噛む。発狂した丸山は隠していた短刀で僕と刺し違えた。悔しいことに僕は殺された。息絶える前に【怨呪】で呪殺した。2回しか斬れなかったけどまぁいい。
傷ついたらたちまち回復していくフェニとの差はここにある。死んでから治るのが僕で、すぐに治るのがフェニ。
「そういえば、アイテムポーチが手に入りましたね。さぞ良い換金素材が入っていることでしょう」
「そうだね。儲けもんだ。あのマナ玉だけでも200万。湿原でもいろいろ拾ってたし、それにこのアイテムポーチは便利だよなぁ」
「なぁに、それぇ?」
僕が手にしたポーチを、ニロが僕の肩越しに覗いた。背中に、口に入れたそばからトロけるA5ランクのお肉が当たってる気がする。
「これかい? ニロのお腹と一緒だよ。たくさん物が入るらしい」
「え……?」ニロが低い声を出した。「んー……」と僕の肩を噛む。
「歯が痒いの……?」
「やだぁ!」
何を思ったのかニロは僕の手からポーチをひったくった。
「ちょっと、ニロ?!」
「やだやだやだぁ! こんなのがあったらニロの価値がなくなるぅ! 良いところがなくなっちゃうぅ! ぼっしゅーでーす!」
子供みたいに泣き出すニロ。
「やくたたずじゃないもーん! ニロだって便利なのぉ!」
「ロロル君、泣かせてしまいましたね」
「僕ぅ!?」
女の子を泣かせるなんて初めてだけど、こうも心が痛むものだとは知らなかった。
「ニロ! こんなポーチなくたって君はすごいよ!」
「やだぁ! ニロの下のお口つかってぇ! もっとたくさん入れてぇ!」
「ちょ! 言い方言い方!」
「ニロの下のお口はロロルとフェニ専用でいいからぁ! もっと入れてぇ!」
「ロロル君、そろそろ泣き止ませてください。私がムラムラしてきました」
「なだめるの手伝ってよ!」
「わたしだってぇ、役にたてるもん〜……」
「ニロ! 僕は君に役に立って欲しいなんて思ってないよ! 僕は「役に立つ」なんて人に使うの嫌いだし、君のことをまるで物のようになんて扱いたくない!」
たしかにちょっと、物がたくさん入るのは便利だなと思ってしまったけど……。
「じゃあなんて思ってるのぉ?」
「え? あーいやー、よく食べる子だなぁって」
「いっぱい食べていいのぉ?」
「いいよ?」
「わたし役に立ってるかなぁ?」
「いてくれるだけで嬉しいよ!」
はぁ〜……、とフェニのため息がきこえた。
あれ……? 間違ったかな。
「よかったぁ。じゃあこれはいらないねぇ」
ニロがにっこりと笑った。笑って、アイテムポーチをぽいっと腹の口に入れた。
「あ」
あのぅ、せめて中身はぁ……。
「そうだぁ。ロロルぅ、この死体どうするの?」
ニロがすっかり元気な調子で僕にたずねる。
「えっ? あぁそうかぁ、魔物が食い尽くしてくれないかな。フェニはどう思う?」
「万が一見つかると騒ぎになりますね。面倒ですが、どこかに埋めた方がいいでしょうね」
「ねぇ〜、それわたしが食べちゃダメぇ?」
「食べる……?」
「そ〜。だってコレを隠したいんでしょお? わたしは食べたらお腹満たされるしぃ。まさにウェイウェイの関係ってやつでしょお?」
ウィンウィンだ。そんなパリピみたいにウェーイな関係性を僕は知らない。
「まぁ正直…………」
「ニロが良ければ召し上がれ。私たちも助かります」
「ほんとぉ?」ニロはさっそくレインコートを脱いでいた。「あとで人を食べたからって魔物扱いしたら泣いちゃうからねぇ? いただきまぁ〜す」
がぶり、びちゃ、ぐっちょ、ぐっちゃぁ、めちゃくっちゃ、もぐもぐ、ごっくん。
「相変わらず圧巻のお食事シーンですね。ゾンビ映画並みです」
「うん。水着の女の子が死体に抱きつくんだもんね……」
1分と経たないうちに丸山の死体は消えた。
「………………」
食べ終わったニロは恍惚の表情を浮かべていた。
「どうしたの? 大丈夫? ニロ……?」
「おいしいぃ…………ねぇ! 人間ってすごくおいしいぃんだねぇ〜!」
ヒト科ヒト属ヒトとして聞くには寒気のする感想だった。
「わたしぃ、冒険者になったらいろんな魔物食べられるかなとか思ってたけど、人間って魔物より何倍もおいしいんだねぇ!」
「そ、そうなんだ……」
ボクハ、タベテモ、オイシクナイヨ。
「ロロルとフェニとフクシューがんばった後は、わたしが邪魔になる死体を食べ尽くしてあげるよぉ! 人間、食べもの、美味しい、食べるぅ!」
「すごいです、ニロ。頼もしすぎて震えてきます」
「怖すぎての間違いじゃないかな……」
「えっへ〜〜ん!」
血まみれの水着姿で胸を張るニロ。
ニロを信じてないわけではないけど、「ニロ〜、その大きなお口はなんのためにあるのー?」「それはね、お前を食べるためさー!」「ぎゃー!」なんて展開が脳内に広がる。ニロの寝相の悪さと噛み癖の改善が、今後僕とフェニの重要な課題となった。朝起きたそばから朝食が済んでいて、「ごちそうさま」の可能性があるからだ。
「ところでロロル君から渡されたマナ玉、どこにやりました?」
「マナ玉ってぇ? もしかしてさっきの飴玉のことぉ?」
あれ? 僕、飴玉なんて言ったっけ?
200万ジェニーは下らないっていう、マナ玉…………。
「ロロル君、帰ったらロープを買いましょう。そして夜、私を縛ってください」
「いきなり、な、何言うんだよ!」
「ニロの下の口に潜ります」
「言い方!」




