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VS丸山純子



◆VS丸山純子



「ジュンコさんは物知りなんですね」


 フェニが高めの声で褒める。僕も続く。


「ホントです! 後学のためにもっと珍しいものを見せてもらえませんか?」


「そうねぇ、もうここらへんは採取し飽きたし? あっちの林の方も行ってみましょうか」


「はい!」


 自分からひと気のないところに入ってくれるなんて。


 林の中は薄暗く、静かだった。足元には小さなぬかるみがいくつもあって歩きにくい。葉をぎっしりと茂らせた木々ばかりで見晴らしも悪いときた。人に知られたくないことをするにはうってつけの場所だ。


「ここにはどんなアイテムがあるんですか? マナ玉またありますかね」


「マナ玉はあるわよ。ほら、すぐそこに」


「えっ? どこですか?」


「ここ!」


 腹部に痛み。僕はそのまま崩れ落ちる。

 刺されたんだ。


「ロロル君ッ!」

「ロロルぅ!」

「コイツを殺されたくなきゃ動くな!」


 ナイフをかざされて、フェニとニロがその場に釘付けになった。フェニが鋭く言う。


「ニロ! あたりを警戒して! どこかに彼女の仲間がいるはずです!」

「へぇ? よく気付いたね、アンタなかなか頭がいい」


 茂みから犬の魔物が2頭、現れた。筋肉が浮き出ていてまるで猟犬だ。丸山の隣に立つ。


「後ろから喉笛に噛みつかせてやろうとしたのに」


「戦闘力のないあなたが不意打ちをするにしても、冒険者3人をまとめて相手にするとは思えません。となると、どこかに私たちを狙う仲間が潜んでいると考えていい」


「なるほど。まぁだからってアンタらにこの状況を覆すことはできないだろうけどさ。このブラッディハウンドはDランクの魔物」


「私たちは、しぶといですよ?」


「は? ちゃんと見たぞ! アンタらつい昨日ハンターになったばかりのクソ雑魚だろ? 今朝提示されたカードに書いてあったしな」


「丸山純子。あなた、今和野一というクラスメイトを覚えてます?」


「知るか! さぁアンタらの死体をいじくり回してマナ玉を採取してやるよ! 運の良いことに、お前らは3人ともマナ玉を持ってる。特に青髪のお前!」


「えぇ? わたしぃ?」


「お前はお腹からとんでもない数の光を感じる。一体おいくら万円になるんだろうね。アンタの死はさ!」


「人の命はプライスレスぅ〜」


「換金してやるよ」丸山は魔物をけしかけた。「いけ! 餌の時間よ!」


 唸り声と共にブラッディハウンドが駆け出した。


 ニロが両手を、パンっと合わせる。

 いただきますの合図。ご飯の時間だ。


「【奈落の一口(エイビスハグ)】!」


 ばくんっ————。

 血飛沫が噴き出した。


「なッ……! アンタ、魔族だったの……?!」


「ごちそうさまぁ!」


 ニロはお腹の口で、魔物をひと齧り。上半身は丸呑み。下半身が地面に落ち、それも一口で平らげてしまった。


「ままま、まだもう1匹……」


 もう1匹の魔物はフェニの喉笛に食らいついていた。勝ちを確信した顔でフェニにのしかかっている。だが、甲高い鳴き声が突如として上がった。フェニが首を噛まれながらも、2本の短剣で魔物の胸を突き刺したからだ。魔物は顔をひきつらせている。


「はやく噛みちぎれ! バカ犬!」


 再び獣の唸り声。それも連続する短剣の刺突音にかき消されていく。

 やがて静かになった。


「言いましたよ。私たちはしぶといと」


「高かったのにッ。妙蓮寺みょうれんじのやつ、ザコを売りやがったな!」


 頃合いだ。


「痛ァァァァイ!」


 僕は隙を見て丸山の腹部、僕が刺されたところと同じ位置を剣で刺した。ちょっと浅かったかな。


「復讐の時間だよ。丸山純子」


 傷を押さえながら距離をとる丸山を目で追いながら立ち上がる。


「こんなことになるなんて……!」


 彼女はアイテムポーチに手を入れる。薄緑の湿布のような物を取り出すと、服をめくって傷口に貼り付けた。


「薬草の湿布だぁ〜。高いんだよぉ〜」


 ニロが教えてくれた。ファーストエイドか。


「丸山、そんなことしても無駄だよ」

「どうだかね」


 遠くから物音がした。近づいてくる。

 あれはッ……!


「泣いて命乞いしてみろ!」


 丸山の背後、林の奥から現れたのはドラゴンだった。

 硬い鱗に覆われた体。空を掴むための翼と爪。大蛇のごとき尻尾。火の粉の吐息を漏らす口にはナイフのような牙。ザ・ドラゴンという威厳ある姿だった。


「タイニードラゴンよ! ドラゴンの中でも超希少種! 恐ろしくて声も出ないでしょ!」


 言葉を失ったのはたしかだ。絶句。

 いや、というより台詞に困った……という方が正しいだろう。


 大きさ約2mの小さなドラゴンを前に。


「あ〜、知ってるよぉ。よく食べてたからぁ」


 ニロの言葉に、今度は丸山が言葉を失う番だった。


 ドラゴンの方も戸惑っているようだった。目一杯に翼を広げて自分を大きく見せようとしている。ちょっと跳びはねて、これでもかと胸を張る。なんかかわいい。


 丸山が威勢を取り戻して叫んだ。


「どうせまた地味とか思ったんだろ! いいか?! コイツは小ちゃくてもドラゴンなんだよ! 逆鱗に触れて怒らせたらアンタらなんてものの数秒でミンチ決定だから!」


 丸山はドラゴンを撫でた。ふんすっ! と火花混じりの鼻息を吐くドラゴン。


 竜の逆鱗。たしかアゴにあるっていう逆さまに生えた鱗のことだ。


「でもさぁ、逆鱗ってなかなか見つからないんだよ〜?」


 ニロの言う通りだ。モンスターを狩るゲームでもなかなか手に入らなかった希少素材。


「モンスター娘、忘れたか! ワタシはクラフトなんだよ。スキル【採取】により、どこに珍しい物がどこにあるか手にとるように分かるんだ!」


 丸山は陰鬱な笑みを浮かべ、ドラゴンのアゴの下に手を伸ばした。まるで機械のスイッチを入れるようだった。


 かちっ。


 音さえしたかもしれない。次の瞬間、タイニードラゴンは狂ったように暴れ出した。


「ギォゴガァアアアアアアア!」

「げっ!」


 まずすぐそばにいた丸山を蹴り飛ばすと、凄まじいスピードで僕に突進してきた。いきなりのことで反応が遅れ、頭突きをモロにもらってしまう。フェニは尻尾で打たれた。目に映る木や岩に攻撃しながら、ドラゴンはニロへと迫る。


「2人を傷つけるな」


 ニロがコートを脱ぎ捨て、後ろへ仰け反るようにお腹の口を広げた。内側からめくれるようにして広がる奈落。深く、遠く、濃く、暗い深淵がドラゴンを覗く。


 小さな竜は動きをピタリと止めた。だるまさんが転んだで鬼が振り返った時みたいに、その場に立ち尽くす。


 ニロが歩み寄る。ドラゴンの呼吸が荒くなり、小刻みに体が震え出す。


 ばくんッ————。


 ドラゴンの上半身が消えた。



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