王都の絵描き
◆王都の絵描き
依頼主とは南西の城門で待ち合わせだった。王都は非常用を除けば八方位に門があるそうだ。
南西の門に行くのには大馬車と呼ばれる移動手段を使った。8つの門から王城までの大通り、それと王城を中心にしたいくつかの環状の通りを走っているらしい。安い運賃で利用できる大馬車は王都民の重要な移動手段だった。馬にも牛にも見える大きな獣がこれまた大きな車を引いていた。あの丸太のような前脚で蹴られたら、人間なんて軽々と宙を舞うことだろう。最悪死ぬかな。
「あぁ! アレ見てぇ!」
南西の通りで馬車に揺られていると、ニロがはしゃいだ声で言った。そして勝手に飛び降りてしまう。つられて僕とフェニも。
「コラァ! 走行中は飛び降りるなー! こないだ事故があったばかりなんだぞー!」
「すいませーん!」
車掌さんに怒鳴られてしまった。
南西の通りは実に華やかで、武具屋の通りとは違う賑やかさがあった。若い女性が多い。並んでいる建物も服飾品のお店が目立った。ニロは露店のアクセサリーショップで足を止めた。
「かわいい〜」
正直意外だった。色気より食い気だとばかり思っていたからだ。
「ねぇねぇコレぇ、エリュちゃんに似合うと思わな〜い?」
ニロはピンク色のガラス……のような透き通った石のブレスレットを指差した。
「なるほど、靴のお返しにエリュアールさんにも何かを選びたいんですね、ニロ」
「この不思議な色の石はなんなの?」
「コレは————」とフェニが答えかけたところで、おしゃべりそうな店主のおばちゃんが口を開いた。
「コレはマナ玉だよ、マナ玉! マナを濃く吸い込んだ石さね。といってもね、こりゃあ人工のマナ玉だから、そんなに価値はないんだけどさ」
「へぇ〜〜!」ニロは目を輝かせる。「でもわたしいまお金ないからぁ、儲かったらまた来ますねぇ」
よかった、さすがに人のプレゼントは共有の財布から買わない常識はあった。
「大馬車、行っちゃったね」
門に向けて歩き出す。ニロはあちこちの店でかわいい雑貨や美味しそうな食べ物に釘付けになっていた。始めは止めていたフェニもところどころで品物を手に取ったりと。
ずっと森に住んでいたニロと、奴隷として過ごしたフェニを急かす気になれなかった。依頼人で復讐相手の丸山との待ち合わせの刻限には幸いまだ余裕がある。僕は2人からそれとなく離れた。
それにしても色んな物があって飽きない場所だ。デートスポットに違いない。
小さな噴水がある広場を見つけた。そこには押し込まれるようにしていくつかの露店があった。売り物は全て絵画のようだ。僕は自然と広場へ入っていった。
絵は王城や世界樹を描いたものが多かった。どれも写実的だ。競って細かくリアルに描こうとしているのがうかがえる。僕は絵を通して、王都にはこんな風景があるんだなぁなどと想像を膨らませた。カニ歩きでゆっくり進んでいくと、真っ赤な油絵が僕の視線を奪った。
写実的とは程遠い奔放な色使い。抽象的で一体なにを描いているのかは分からない。だけど赤色が非常に魅力的で、じっと見入ってしまう何かがあった。何かを言葉にできないのは、僕が無粋だからか、作者の力か。
「あの……足をとめていただき、ありがとうございます」
絵の裏からひょこっと顔を出したのは僕と同い年くらいの女の子……いや男の子だった。髪は長めで、色は黒。ケガをしているのか包帯を頭に巻いている。中性的な顔立ちで、微笑んだ唇にただよう妙な色気。けれども眼差しは自信がなさげで、遠慮がちで、遠回しな問いかけしてくるような弱々しさがあった。優しそうとも言えるし、もっと別なマイナスの評価もされてしまいそうな人だった。羽織っている丈の短めの白衣は色とりどりに汚れている。
「あっ、いえ。綺麗な赤だなって思って」
「そうですか……? そう言ってもらえると嬉しいです」
彼は腕をさすりながら、僕の横に立った。何を言えばいいのかも分からず僕は他の作品に視線を流す。他の作品も抽象的だった。ただどれも何かの風景なんだろうな……という雰囲気はあった。
「あの……」沈黙に負けたように彼が口を開いた。「どうですかね……?」
ベストオブ困る質問。
どう…………どう? どうって、どうなんですかね?
「僕は……」テクニックなどはどうでもいい。「僕はこの絵はどういう気持ちなのかなとか考えちゃいます。これを描いた人はどんな気持ちだったのかなとか、その人に会って話がしたくなるような、そんな気分になります」
「えっと、作者はぼくです」
そりゃそうだよな、僕は何を言ってるんだ。芸術を解さない無風流な僕が来るところじゃなかった。
「でっ、ですよね! でもなぜか、この絵に向き合っている誰かを想像してしまって。どんな気持ちなんだろうなって、考えちゃって。だけどそれは君のことですもんね。本当におかしなこと言って……。冷やかしみたいになってすいません」
「いえ……」
では……と僕は広場を後にしようとする。彼は僕に駆け寄って肩を叩いた。爪の先にはさまざまな色が付いていた。
「また来てください。暇な時にでも、その……お話しましょう」
彼の目からは、絵を買ってほしいなどといった下心は読み取れなかった。「無理にとは言いませんが……」と、萎縮する姿にも商魂は感じられない。
「うん。また来るよ」
そう言うと、彼は少しだけ笑って、頭を下げた。
広場を出る時、絵描きの1人が呟いていた。
「金持ち道楽が」
彼のことなのか? と先程の男の子を見遣る。たしかに、絵の具で汚れた白衣の下は、いわゆるおぼっちゃま然とした服装だった。上品な白いシャツに赤い蝶ネクタイ、サスペンダー付きの短いズボン。
金持ちがどうとか、関係ないよ。
僕はなんだか、また絶対に足を運んでやろうという気になった。




