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部屋着の女神



◆女神



 目覚めた。


 その気持ち良さと言ったら、幼少期の幸せなクリスマスの朝に匹敵した。


 清々しい。

 だけどここはどこだ?


 真っ白な空間だった。広く、天井は高く、神聖な白に満たされた空間。


 なんだろう、ココ……?

 あたりを見回すと、遠くの壁に大きな扉があるのを発見。厳かで、大げさで、いかにも何かの始まりを予感させてくる。


 警戒せざるを得ない。

 僕は扉とは反対側を調べた。分かりにくいが小さな扉を見つける。鍵はかかっていない。慎重さを欠くことなく扉の向こうへ。


 普通の廊下だった。家の中って感じの。

 さっきの大きな空間に集うだろう人々を思い浮かべると、不釣り合いな狭さ。1人、2人が通るための、狭い廊下だった。壁には懐かしいアニメのポスターが所狭しと貼られ、床のあちこちに本が積まれている。漫画や雑誌だ。


 一つ、ドアがあった。隙間から明かりが漏れている。


 そーっと中を覗くと普通のトイレだった。痩せたトイレットペーパーと潰れたスリッパ。ふと視界に入ったスイッチを押し、消灯。


 いったい僕は何をしているんだ。


「すいませーん……」控え目な声で。「おじゃましてまーす……」


 廊下を更に行くと、女性の声がきこえてきた。どうやら突き当たりの部屋からだ。会話しているようだけど、声は1人だけだった。


 恐る恐る様子を窺う。

 薄暗い部屋の奥では戦争が繰り広げられていた。


 無音の、戦場。銃火器を携えた両手、戦火。

 戦いはホンモノではなく、ゲームなのだと一目で分かった。FPSのゲーム画面をプロジェクターで壁に投影しているんだ。その画面の中心に人影。声の主はそれ……彼女だ。


「おーい囲まれてんぞ! 援護援護援護! デコイは? あ? なんだコレ? いや雑魚じゃん。見たかワタシの神がかった銃さばき。今回勝てんじゃね? マジとりにいこうぜ」


 ガチャガチャとコントローラーをいじる音と1人の話し声が薄暗い部屋に響く。僕は声をかける。相手は気づかない。


「すいません!」


 大きな声で呼びかける。


「なんか誰か呼ばれてね?」


 へらへら笑いながら彼女は言い、そして一拍遅れで僕を振り返った。


「は?! えッ、嘘じゃん!」


 かなり驚いていた。彼女はゲーミングチェアから派手に落ちる。その際にヘッドホンの線が外れたのか部屋中に銃声が轟いた。


『おいパルフェ、なんで止まんだよ、まさか落ちた? おーい』


 同じチームのプレイヤーの声だろうか、若い少年の声だった。


「ちょ、お前誰だし」


 僕から目を逸らさずにゲームを中断する操作をし、リモコンをいじる。銃声が止み、部屋が明るくなった。


 僕の目の前に現れたのは、コットン地でケモ耳付きのルームウェアに身を包んだお姉さんだった。女神級の美人顔、そしてはだけた襟からこぼれんばかり胸。


 美しい…………と思ったのも束の間、それよりもっと強く視覚に主張してくるものがあった。


 部屋が汚い。


 脱ぎ散らかした服や、漫画やら雑誌、ハンディタイプの美容家電、数多のゲーム機、フィギュア、ぬいぐるみ、単にゴミ、それはもう様々な……。


「すいません。僕は今和野一いまわのかずといいます。目覚めたら、なぜかここにいまして……。パルフェさん……ですよね? 驚かせてしまい、すいません」


「え、アンタ、クラフトってこと? いや、言われてみればたしかに、なんかずっと寝てるやつがいたような……忘れてたな」


「説明してもらえたら助かります……」


 僕の言葉にパルフェと呼ばれた女性はあからさまなため息をついた。


「しょうがないわね……。ねぇアンタ、漫画って読む?」

「人並みには」

「異世界転生モンってあるじゃん」

「はい」

「これ、それだから」

「はい?」


 これが、それで、どうだからって、さすがに説明がおざなりすぎる。


「だから〜〜」彼女は2Lのペットボトルのコーラをラッパ飲みして続ける。「アンタはクラフトっちゅう転生者なの。ここは現世で殺されたヤツが来る世界。魂の休息地。1年前に学生が団体さんで来たんだけど、なんでまだここにいんのよ。メーワクだわぁマジで」


 異世界転生?


「1年前ですか?」


「そーよ。アンタ友達いないのね。誰にも起こしてもらえずに寝てるなんてさ。あーえっと、ワタシ様はこの異世界の女神です。創造主です。転生者のクラフトはありがたいスキルを授かって、でここで暮らすの、死ぬまで。でまた現世にいく。以上、説明終わり」


「スキルって?」


「最初の部屋にあるから! 2回もスキル授与式とかやる気ないからマジで。それにイマサラ? 異世界モンの詳細説明なんてみんな耳にタコだわ。はよ去ね! このネクラ主人公ヅラのミソッカスが! しっしっ!」


 ネクラ主人公ヅラって……。たしかに特徴のない顔だけど。


「あのー、なんか支給品とかって……」


 遠慮がちに言うとパルフェはパチンと指を鳴らした。ふわりと僕の手元に布が落ちてくる。どうやらマントのようだった。パルフェを見遣ると、ヘッドフォンをしてゲームを再開している。部屋が暗くなった。パルフェが「早く行け」という調子で後ろ手を振る。


 僕は半ば追い出される形で部屋を後にした。

 なにがどうなっているんだ…………なんて疑問も、パルフェからしたら耳にタコなんだろう。そうか、転生か、異世界か、スキルか、うん、もうなにがなんだか。


 先程の真っ白な部屋に戻ってきた。


 分かりにくかったけど、部屋の中央に小さな光の粒があった。観察してみると、まるでゲームのように小さなウィンドウが目の前に現れる。



【怨呪】

 呪いをかける。が、その呪いはただちに自分へと返ってくる。



 え? なんだよそれ。呪いのスキル? というか自分に返ってくるってなぁ……。


 人を呪わば穴2つ……どんな呪いだか知らないけど、自分にも返ってくるなんて、とんだハズレスキルじゃないか。スキル授与式で、そりゃ最後に残るわけだよ……。


 1年遅れ、ハズレスキルで異世界転生か……、先が思いやられる。


 支給品のマントを制服の上からつけ、僕は例の大きな扉を押し開いた。


 また、地獄じゃなきゃ、いいな。


 神に祈った。もちろん神ってのは、さっきの引きこもりとは別の、由緒正しい有難い神様だ。そういえばパルフェって、たしかパフェのことだった気がする。「完璧な」とかいう意味だ。


 どこがだよ……。


 僕は落胆と共に新たなる世界の光に包まれていった。



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