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報酬はあの女



◆報酬はあの女



 ギルドへ足を運んだ。


「おはようございます」


 エリュアールさんや、他の受付嬢の方たちがさわやかな挨拶をしてくれた。ゆっくり食事したためか、他のハンターの姿はあまりない。


「おはようございます」

「おはよぅ、エリュちゃ〜ん、『ニロォ』でぇす」

「ごめんね……昨日は。作り直すこともできるのよ?」

「ううん。わたしエリュちゃんに優しくしてもらえて嬉しかったからぁ、カードはそれの記念品なんだぁ、だからこれがいいのぉ」


 のんびりしたニロとおっとりしたエリュアールさんはスピード感が似ているからか、はたから見ても仲が良さげだった。


「とりあえず、ギルドへ来たらクエストボードを見てね。入って左の壁のボードが緊急クエスト。これはほとんどないんだけどね。右側の大きいのには国内外からの依頼が貼ってあるの。たくさんあるからよく選んでね。迷ったら受付のわたしたちに声をかけて。能力と実績に応じてクエストを選別するから」


「ありがとうございます」


 優しい人だ、エリュアールさんは。


「おうおうおうおう!」


 男の大きな声がして振り返った。また新人絡みかな。

 入り口のところで女の子が立っていた。褐色の肌に癖のある短い銀髪。ダークエルフという種族だろうか。


 その彼女に、昨日僕が腕を折った、あのエリュアールさんさえ名前の知らない男が詰め寄っていた。腕は治っている。


「見ねぇツラだなぁ。知ってるかぁ? ここでは————」


 女の子は口元に人差し指を立てた。


 しーーーー。


 と、静かにしてというジェスチャー。空気が凍った気がした。男の腰元にフラフープのような氷の輪っかが現れる。フラフープと違うのは、輪の内側に氷の刃があるという点だ。


「音を立てたら、その輪が縮まるから」

「何を生意気に————」言い終わる前に、氷の輪は縮まった。「いたああああああい!」


 刃が男のデカい図体に刺さった。絶対痛い。

 よく見ると目立った怪我はないようだ。ビジュアルに引っ張られたゆえの悲鳴のようだけど、新人絡みがもし彼の仕事なら、可能な限りの高給をもらうべきだ。

 エルフの彼女がカウンターに。


「ねぇ、なにか良い仕事ない? 別の国出身だけど冒険者よ。ほら、Cランクのカード」


「あっ、はい。Cランク冒険者のサティさんですね。それでしたら……」


 エリュアールさんがカウンターの下を覗く。ダークエルフの女の子が僕達を一瞥。


「なに?」


「いえ、失礼しました……」


 クエストボードの方まで避難。Cランクということは、僕が昨日勝てる気さえしなかったバイコーンも相手取れるということだろうか。ニロが相変わらずの口調で言う。


「すごいあの人ぉ! 杖も魔導書も無しにあんな洗練された魔法を放つなんてぇ!」


「それはすごいの?」


「うんそうだよぉ。魔法はぁ、マナと人のイメージをすり合わせて、混ぜて、こねて、形作って、発動するものなんだよぉ? だから効果をイメージしやすいように呪文っていう言葉を並べたりぃ、杖でマナの軌道を定めたりぃ、魔導書の挿絵を見て思い浮かべたりするのにぃ、それをあの人は無詠唱だよぉ! 憧れるぅ!」


「憧れる……か」


 僕らも憧れられるくらい強くなれるだろうか。クラフトと崇められるクラスメイトたちは、冒険者のものさしで測るとどれぐらいの地位にいるんだろう? 国島や岸野、樫木には勝てたけど、草原で出会った太刀川なんかは、思い返すと言葉では言い表しにくい練り上げられた闘気を感じた。いつでも簡単に呪いでぶっころころできるにしても、やつらを力で圧倒できる力が欲しい。


 鍛えてあげる————。

 ウインクするラベンダーさんを思い出した。

 いつかお世話になるべきなんだろう……。魔法についても知りたい。何回か死ぬだろうな。


 サティという名前の女の子は、エリュアールさんと話し終えるとギルドを出ていった。


「私たちはどうしましょうか」


 3人でクエストボードをながめる。


「………………」

「………………」

「ふむ。たくさんあって迷いますね」


 僕と、十中八九でニロも文字を読めていない。


「ごめん。読めないんだ……」

「そうでしたね」

「君の決定なら、従うよ」


 僕は何度か言われたフェニのセリフを引用した。


「困りましたね……」フェニがため息をつく。

「なんか楽でぇ、楽しくてぇ、お金ももらえてぇ、まかない付きのにしてぇ」


 まかないってバイトか。


「そんな都合よく…………おや? ロロル君、ジュンコという名前に覚えはありますか?」

「ジュンコ? もしかして丸山純子まるやまじゅんこ?」

「ジュンコとしか書いてないんですが、数ある依頼人の中でこれだけ日本人風の名前でしたので」

「これにしよう!」

「内容も聞かずにぃ? ロロルはすごいねぇ」

「内容は『護衛』とありますね。素材拾いで遠出するため護衛を探しているとのことです」

「まかないはぁ?」

「ないですね。でも報酬は悪くない金額です」

「お金じゃない。最高の報酬は、依頼主が持ってる」


 忘れもしない。

 丸山純子は赤原クレアと協力して僕に宝探しをさせた。そのゲームは地味で友達も少なかった丸山の発案で、赤原は主な進行役だった。オーディエンスが笑い転げる中、僕は公園の砂場を必死にまさぐった。その中にはウサギの糞が10個入っていた。それからガラスの破片もだ。制限時間内に糞を見つけられなかった数だけ指を折られるというルールだった。なんとか10個見つけた。でも手はガラスで傷だらけだった。見つけられなかったら、本当に指を折られていたんだろうか。


『今のお前にはウサギの糞が宝物に見えるだろう』


 用意していたみたいに丸山は言い放った。



 カウンターに依頼書を持っていくと、エリュアールさんは一瞬顔を曇らせた。依頼主がクラフトだと気付いたんだ。

 復讐に巻き込んでしまって申し訳ないと思っている。


「エリュアールさん、あの……」

「私のことは大丈夫。悪いことをしてバチが当たらないと思っている方が、私は悪いと思っているからね。自分が誰かの怨みを買っているかもしれないというこわさも、知ってる」


 言い終えると、エリュアールさんは明るい顔に戻った。


「ファイト、おーっ!」

「お〜〜!」


 楽しそうなエリュアールさんとニロ。


「あっ、そうだ。ニロちゃんにこれをプレゼントー!」


 エリュアールさんはカウンターの上に新品の靴を置いた。ショート丈のレインブーツだった。


「裸足だと怪我しちゃいますからね」

「ん〜〜! エリュちゃぁぁん!」


 昨日、実は僕らも「靴を買おう」とニロに進言したけど、その時は「足の指がきゅうくつだからい〜」と断られた。でも実際にプレゼントされると、ニロは名前をもらった時みたいに喜んでいた。


「足も無敵になったぁ!」


 だからって晴れの日の雨装備はやっぱり分からないけれど。


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