たわわ収穫
◆たわわ収穫
目を開けたはずなのにあたりは闇だった。
「おーーい!」
なんだこれは、ここはどこだ。暗い。自分の声も響かない。恐怖がどんどん湧いてくる。顔を湿った何かが触れた。こわい、こわい!
叫び散らす。自分の声の中に、別の声が混じっているのに気がついた。女性の声だ。耳を澄ます。近づいてくる。なんと言っているのか分かった。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね————。
僕は手足をジタバタと動かす。
真っ暗闇で死ねと連呼する女性の声は止まない。
怖すぎてたまらない。両手がなにか物体に触れた。もがく、もがく。
「うわぁ!」
一気に周りが明るくなる。
泊まっていた安宿の一室だ。あたりに白い羽毛が待っている。さっきのは、悪い夢だったのかな。しかし手には柔らかな感触が残っている。残っているというか、つかんでいるというか、揉んでいた。
「ぬあぁぁん、こねないでぇぇ!」
自分が何をしていたのか理解して血の気がひいた。
ニロの胸を、しっかり、がっつり、手のひらにおさめていた。いや、おさめてはいない。むしろ僕の手がニロの胸に食い込んでいた。呑まれていた。
「ロロルぅ、おっぱいを収穫しようとしないでぇ! たわわぁ〜」
「いや、これは誤解だよ!」
飛び退いて、隣のベッドを見る。フェニが澄み切った瞳で僕を眺めていた。無言で、剣で枕を刺し続けている。だから部屋中に羽毛が舞っていたのだ。
「いやぁ〜ごめんねぇ、かじっちゃってぇ」
ニロが朝食に『ガッツリ全部乗せ肉丼』という3回目のおかわりで注文した品を食べながら謝った。かんざし代わりにしていたフォークとスプーンを使用している。
「いくら寝相が悪くたって、人の頭をかじらないでよ……」
「だからごめんねぇ」
寝相の悪いニロは、フェニのベッドを越え、窓を割り、出入り口のドアを壊し、天井にも穴を2、3個空け、で最終的に僕の頭をかじったわけだった。おかげで僕らは修理代を請求された。
「お金はいつかわたしがなんとかするからぁ」
「まぁお金はなんとかなるでしょう。ねぇニロ、ロロル君はどんな味がしましたか?」
「すごくおいしかったよぉ? なんか、ロロルはあまーい飴玉みたい〜!」
「飴玉?」
僕はフェニと一緒に注文したコーヒーを飲んだ。駆け出しハンターにしては贅沢な朝だ。
「なんかぁ、お腹はふくれないんだけど甘くってぇ、幸せな気分になってぇ、胸がいっぱいになるのぉ! ペロペロしても溶けない飴玉ぁ! 永久保存しておける飴ぇ」
テンションが上がったからなのか、ニロのお腹の口がぐねりと裂けた。
「もうニロ、外ではお腹をしまってなきゃダメですよ?」
「ごめんフェニぃ。というかさぁ、2人はぜんぜん食べないんだねぇ。食べなきゃ強くなれないよぉ?」
「そんなにお腹が減らないし、いいんですよ」
フェニの言う通り、僕もあまりお腹が減らなかった。不死身の影響なのかな?
「えぇ〜、お腹減らないって人生ソンしてるよぉ。だってぇ? お腹がいっぱいになったりおいしい物たべたりすると幸せになるでしょお? ということは2人はぁ、人より幸せになる回数が少ないってことだよぉ」
「そうかな……」
幸せになる回数が少ないか。
死なないにしても、たとえば新たな筋肉を作るとなると、やはり栄養の摂取が必要なのだろうか。
強くなるためには、食べなきゃならないのかもな。
ニロの「今日はこのへんでゆるしてやろぉ」の言葉で僕らは食事を終えた。ニロはフォークとナイフを水魔法で入念に洗っていた。綺麗好きらしい。
「さっ! 今日も元気で飯がうまかった!」
「ニロ、食べたからには働かないと」
「とりあえずギルドでクエストを見てみようか」
バイコーンを倒した僕らは、ランクの縛りはあれど、クエストボードから依頼を受注してもいいと言われていた。
「お金もそうですが、ロロル君の目的は他にあります」
「それは気ままに……で大丈夫だから」
「ねぇそれってぇ、昨日言ってたフクシュ〜ってやつのことぉ? 大変だねぇ」
「ところで、ねぇニロ? あなたってずっと水着なんですか? 今日はちょっと風がありますけど、寒いって思ったりはしないんですか?」
僕もそれは思っていた。薄着で過ごせる気候とはいえ、朝晩は涼しい風が吹く。水魔法で体を洗うたび、寒くなかったのだろうか。
「え? サムイ……?」
心配ご無用。ニロは寒さを知らないわんぱくっ子だった。
半袖短パンで駆けまわる小学生男子レベルに。




