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賭け、おぼえてますか?



◆賭け、おぼえてますか?



 夕飯はエリュアールさんおすすめのレストランに行こうとしたけど、ニロが「百人前食べるぅ」と言うと、ラベンダーさんが「ならハンター御用達のとこよ」と言うので、ハンターたちが集う安くて大盛りが売りの食堂で済ました。


「お腹出しちゃダメだからね」


 と釘をさすと、ニロは渋々という感じで顔の口から食べた。追加注文を繰り返して5人前をペロリ。

 バイコーンの角がなんと9万ジェニーにもなったので払えるけれども。ニロが毎食こうなら、困ったものだ。


「これぐらいでゆるしてやろぅ」

「ちなみにニロはお金を持ってる?」

「持ってないけどぉ、わたしたちともだちでしょ〜?」


 このコ、友達をATMだと勘違いしてるぞ?!


 宿はこれまた冒険者用の安宿。

 ニロは3つあるベッドの1つにコートを脱いでダイブした。そして寝た。


 部屋にはベッドしかなかった。窓からは建物に隠れてはいるけど、王城が見えた。本当にどこからでも見えそうだ。


「疲れたね」


 僕とフェニは自然と同じベッドに腰かけた。


「しばらくはこういう生活が続きそうですね」フェニがぽつりとこぼす。


「楽しそうだね!」


 と僕はなんの考えも無しに答えた。


「そう言ってもらえて、安心しました。私がもっと王城の物をくすねてくれば、もっとロロル君に贅沢をさせられたのに」


「そんなことないよ! 僕は本当にフェニに感謝してるんだからさ。僕に生きる意味と力をくれた」


「それは私も同じですよ。昨日までは、生きているのかどうかも分からない苦しみの渦中でした。身も心も枯死していた。死に続けていた。もう現世の記憶も曖昧になってたんです。死にたい、死にたい、そんな時、あなたが現れた。あなたを思い出した」


 好き好きノイズが強くなる。恥ずかしくなって、僕は目を逸らした。


「あの、覚えてますか?」

「なにを?」

「いえ、昼間ギルドで賭けをしましたよね。ギルドマスターが、男か女かって」

「ああ……たしかにしたね。僕は負けた」

「その罰です」


 何を言われるのかと僕は恐る恐る彼女を見た。

 耳まで真っ赤になったフェニ。


「は、恥ずかしいです! 目を閉じてください!」

「えっ! ごめん!」


 目を閉じる。そうするとフェニの好意のマナが強調された。


「あの…………」

(私の初めてをもらってほしいの!)


 僕はキュン死にしかけた。

 刺激が強すぎる発言(?)に一瞬意識が飛び、ベッドに倒れた。目を開けると、僕を覗き込むフェニの顔。長い黒髪が僕の頬に垂れた。


 心臓が早鐘を打つ。生き物の拍動の回数は決まっているって話を聞いたことがある。拍動しすぎで僕はあと2、3分で死ぬかもしれない。

 フェニの手のひらが僕の目をふさぐ。


「やっぱり言えません!」

(私の! 初めてを! もらっ————)


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド————。


 マシンガンの発射音のように鳴り続ける心臓。


「いや死ぬわ!」思わず叫んでいた。


 するとニロが、


「わをーーん! 3度の飯より好きな朝飯ぃ!」

 と声を上げた。


 フェニと2人して驚いてニロを見る。依然として水着姿のまま大の字に寝ている。凄まじい寝言だ。


「びっくりしましたね……」

「そうだね。3度の飯より好きな朝飯って、さぞ明日が楽しみだろうね」

「ふふっ、そうですね」


 ニロは僕らと同じ17歳だと言っていた。良い友達になれるといいな。


「あの、先程の話ですけど、忘れてください」

「何も言われてないよ……」

「あっ……。そうですよね」

(えっ、でも私の心って近距離なら筒抜けなんだよね? もしかしてバレてる?)


 あまりに気まずい沈黙が続く。フェニの狼狽えたマナの声が聞こえるため、沈黙と言えるかは分からないけど、とにかく無言の時間が続いた。


「あっ! でもさ僕はラベンダーさんを女性と見てるよ。体はともかく心は女性みたいだしさ!」


 言ってから、しまった! と思った。

 まるで、フェニを遠回しに拒絶したかの言い方だ。そんなふうにはならないかな?

 フェニはハッとした顔で僕を見ていた。でも優しく微笑む。自らの手で目を覆って言った。


「ロロル君の、そういうところが好きですよ。人を見かけで判断しません。素敵です」

「…………そんなことないよ」


 こんなに自分を肯定してくれる人は初めてだ。

 僕なんて、1人じゃなんにも出来ないような意気地のないやつだ。前はこんなんじゃなかった。高校に入る前までは、自分のことか好きだった。


(そんなことないよ)


 フェニの気持ちが伝わった。


 照れ隠しか、フェニが目を隠した。

 情けないけど、僕の視線は自然とフェニの唇に吸い寄せれる。

 綺麗だな。

 きすとか、したいな。


(なにバカなこと言ってんだよ)


 声がした。

 マナの声の感覚だった。でもその声はフェニじゃない。


(お前には、そう、僕には、なにもできない)


 僕自身の声だった。


(無価値なんだよ。お前が悪い。みんな言ってただろ? お前はゴミだ、クズだ、カスだ、何もできないクソだ!)


 これは、僕の心の声なのか?

 否定できない。

 違うって、言ってやれない。


「ロロル君? 今和野君?」

 フェニの声がした。


 まばたきをしたら涙があふれた。


「ありがとう。僕の名前を呼んでくれて」

「どうして、泣いてるんですか……? 私、不快な思いをさせましたか?」

「ううん。そんなことないよ。ただいろいろあったなと思ったら、おかしいな、涙が出ちゃって。はははっ」


 笑ってごまかそうとした。でもフェニは笑わなかった。


「名前を呼ぶだなんてお安い御用です。いつか、ロロル君のマナの声も聞かせてくださいね」


 そう言って、フェニは空いたベッドに入った。


「おやすみなさい。ロロル君」

「おやすみ、フェニ」


 僕も横になった。

 僕は、クラスメイトたちに否定され続け、もう、自分を肯定できない。

 自分で自分を貶めている。

 でも、フェニと一緒なら、いつかは、僕を否定する僕の声もきこえなくなりそうだ。


 窓の外を見やると、消えてしまいそうな、それでも鋭く尖っている三日月が浮かんでいた。

 衛星があるかなと探したけれど、王都は日本の都会の夜空とは比較にならないほどの星が輝いていた。あんなにたくさんあったら、一つぐらいはありそうだ。


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