換金室にて
◆換金室にて
「ちょっとちょっと! バイコーンの角じゃないのよコレ!」
王都に帰った頃には夕暮れだった。ギルドに戻り、カウンター奥の換金室でバイコーンの角を見せるとラベンダーさんは大いに驚いていた。
「ロロルん、フェニちゃん、これは一体どういうこと? あなたたちが倒したの?!」
「ええ、一応……」
驚きようからして僕らにはふさわしくない品物のようだ。
「バイコーンは魔族がうろつく地方に棲むCランクの魔物よ、それを……。なーんだ、あなたたちよっぽど強いのね!」
スキルのことは言えないので笑ってごまかそうとした。でも僕は、次の瞬間にはラベンダーさんに胸ぐらを掴まれて軽々持ち上げられていた。
「なんて、言うと思った?」
全く見えなかった。
「ロロル君!」
フェニが武器に手をかけた。僕はなんとか片手で、大丈夫だと伝えた。だけどニロの方が叫んだ。
「ともだちになにすんだァ!」
ニロは腹の口を開き、何本ものキバを剥く。
「あなた……魔族ね。なんでったってこんなところに」
「ニロ……」
いきなり魔族だってバレちゃったじゃないか。
「手ぇはなせぇ、この筋肉団子ォ!」
「まったく、魔族なんて連れて来ちゃって……」
ラベンダーさんが僕を解放した。「ごめんね」と僕の服のシワを伸ばす。
「ラベンダーさんっ、どうしましたか?」
エリュアールさんが換金室に入ってきた。
「扉を閉めてちょうだい、エリュちゃん」
「は、はい!」
不穏な気配と、魔族がいることを直ちに飲み込み、扉を閉め切るエリュアールさん。ラベンダーさんが力を抜き、頭を下げた。
「ごめんなさい。たまにいるのよ。盗品を売ろうとしたり、誰かの手柄を横取りしたりする悪いコがね。中には酷い手口で……。ほら、あなたもキバをしまってちょうだい。誰に見られるか分からないからね。魔族を憎む人たちはこの王都にもいくらでもいるわ」
「ニロ、僕は大丈夫だよ、ありがとうね。あのラベンダーさん、彼女は————」
「魔族だからっていきなり殺したりなんかしないワ。これでもギルドマスターよ。魔族とパーティを組んでいたこともあるの。安心して」
口を閉じるニロ。怒ることなんてなさそうなノンビリした雰囲気だったのに、僕のことであそこまで怒るなんて。
「わたしも大きな声出してごめんなさぁい。せっかく出来たともだちが傷つけられると思ったらぁ、つい〜……」
ニロ。どこかの深い森でずっとヒトリきりだったんだもんな。
気持ちが舞い上がってからの不測の事態だ。つい……も出ちゃうよね。
「でもね、ロロルん。このバイコーンの角については説明してちょうだい。あたし相当強いから、あなたたちの強さがそんな域にまで達してないのは見れば判るワ。佇まいや装備、マナまで全部、あなたたちは半人前のド素人。改めて聞くわ。この角はどうしたの?」
僕はフェニを見た。たぶん、僕の決めたことならいいと、言ってくれるだろう。僕はラベンダーさんには話してもいいと判断した。まさかラベンダーさんに呪いをかけるわけにもいかないし。
「実は、僕とフェニは転生者なんです」
僕はスキルのことや、この世界での生い立ち、復讐の目的まで全てを話した。
その行為は、ラベンダーさんから感じる底知れない強さに怯えたと言ってもいい。
ただそれとは別に、ラベンダーさんは信頼できる人なのではないかと、不思議とそう思えたのだ。
話し終えて返ってきたのは思いもよらない言葉だった。
「知ってたわ」
「え、知ってたんですか?!」
「ええ。あたしもクラフトだって言ったでしょ? あたしのスキルは【鑑定】なの。物や人の情報や価値、あらゆるステータスを見ることができるのよ。だから初対面の時からあなたたちが転生者だってことは知ってたワ」
「情報を読み取るスキルだけで、ラベンダーさんはそこまで強くなれなんですか?」
「ええ。一昔前にこの鑑定眼で成り上がってから、今じゃギルドマスターよ」
なんて人だ。
「でもまさか、行方不明だと噂されてた最後の転生者だとは思いもよらなかったけどね。でも安心しなさい。復讐の目標、あたしは止めない。止める権利がない。あたしも同じことをしたしね、悪いことした奴は報いを受けるべきだと思うし、現にこの世界は「やられたらやり返す、悪いことをしたらバチがあたる」っていう基本思想があるのよ」
因果応報か。
殺された魂が来るところとパルフェも言っていた。クラフトはみんな殺られた人たちなわけだ。
「それにせっかくの異世界、あたしたち転生者からしたら人生のロスタイムみたいなものでしょ? だったら、好きにしなきゃね」
そりゃ好き放題したくもなるよね。
「ありがとうございます!」
「でもね…………でもよ? あなたのスキルは【怨呪】でしょ? バイコーンを呪い殺したなら、なんでったってロロルんは生きてるっていうのよ」
「それは……」
「私のスキルのせいなんです。ロロル君は奴隷だった私を殺してくれたんです。でも私の『苦しみ』が彼に移ってしまったんです」
「んー、つまり?」
「僕は、無限に相手を呪い殺せる不死者なんです」
「チートじゃないのよ。不死だったらなるほど、バイコーンを倒したことも納得できるけど…………。よしっ、分かったワ! あたしはあなたたちを信じる。あなたはあたしを呪殺しなかった。あたしはあなたが良い人だと信じることにするワ。最初は得体の知れないあなたをちょっと脅かそうとして、痛くしちゃってゴメンなさいね」
「いえ、仕方のないことだと思いますので」
「さーて、ロロルんの話はおしまい。お次はそちらの魔族のコね」
「ぐぅ……ぐぅ……」
zzzz。
「このコ立ったまま寝てる!」
「まぁ、なんて器用な子なんでしょう」
エリュアールさんが場の空気を和らげるように笑ってニロを起こす。
「朝ごはんタイムぅ〜?」
「すぐディナーにしようね。ラベンダーさん、このコのカードを発行しても?」
「ええ。あたしが保証人になるワ」
「了解です」
エリュアールさんがニロと一緒に換金室を出ていった。
「ラベンダーさん、ニロのことまでありがとうございます。エリュアールさんには、巻き込んでしまって申し訳ないです」
「心配いらないわ。エリュちゃん、そんなことで動じるような小娘じゃないもの。これでもしあなたたちが復讐以外に悪いことをしたら、あたしの鑑定眼《見る目》がなかったってだけよ」
ラベンダーさんは僕らにウインクをした。
信じて、話してよかったと思う。ニロの王都での生活の第一歩も踏み出すことができた。
「でもね」ラベンダーさんは急に声のトーンを落とした。「不死ってことはあなたたち、元の世界に戻れないってことよ。ここで天寿を全うしたら、また現世に戻るのが転生者のルールだもの」
考えてもいなかった。僕らは黙ってしまった。
「ところであなたたち2人! ほんとにステータスが近年稀に見るぐらいのザコだから、時々あたしのとこに来なさい。鍛えてあげるから」
「あはは……、どうかお手柔らかに」
少し雑談しているうちに、ニロとエリュアールさんが戻ってきた。
「ニロ、カードできたんだ。見せてよ」
「私も見たいです」
「いいよぉ、ほらぁ」
ニロがギルドカードを誇らしげに掲げた。僕らもそうだったけど、写真うつりが良くない。人相が悪くなってしまう。
「あら?」フェニが何かに気付いた。口元を隠して笑う。
「どうしたのぉ?」
「これ、名前が『ニロォ』になってますよ」
「そうなのぉ? まぁわたしって分かるでしょお? 写真もあるしねぇ」
その写真も写真だ。しかし、なぜか、なぜかぁ……。
「なぜ胸を寄せて上げてるんですか」
フェニの言った通りだ。ニロは自分の大きな胸を手で寄せて上げていた。
「だってぇ、カメラマンの男の人が『バストアップの写真で』って言うからそうしたんだよぉ?」
「意味が違うよそれ……」
バストアップの写真は履歴書や運転免許証に使われるような、胸あたりと顔が写る構図のことだ。お胸を寄せて上げることじゃない。
「あ、私もう一つ気付いたことがあります」
「なに?」
「寄せて上げるブラってありましたが、あれって、『寄せて上げて』るんですね」
「…………ん?」
「いえ、第三者が『してあげる』って意味の『寄せてあげる』ブラだと思ってました」
「よく分からないけど、そんな恩着せがましい下着なんてないんじゃない?」
もしあるなら『寄せて上げてあげてる』ブラもありそうだ。
あれ? そう言えばさっきニロ……。
「僕も気付いたことがある」
「今度なぁにぃ? いくらこのおっぱいが柔らかくて美味しそうだからって食べちゃダメだよぉ〜?」
「いや……」否めないけど、「そうじゃない。ニロ、男の人って言った? カメラマンがさ」
「そうだよぉ? ちょっとむさくるしい、同い年ぐらいかなぁ、わたしたちとぉ?」
それ、きっと僕のクラスメイトの藻木優に違いない。
「エリュアールさん、まだそのカメラマンって、いますか?」
「え? えぇ……」
僕の問いにエリュアールさんは答えにくそうにしていた。そうか、復讐を止めないとは言え、協力をするわけにはいかないよね。
「すいません……」
「いいえ。言いにくいことではあるけどね。でももう彼は帰っちゃったよ」
「そうですか……。ありがとうございます」
ここに来ると分かったなら、急ぐ必要もないよね。




