初めての友達、初めての魔法
◆初めての友達 初めての魔法
「あらためましてぇ、ニロですぅ。これからよろしくおねがいしまぁす」
名前の無かった魔族の女の子、ニロ(命名!)が、僕らの前に手を差し出してきた。握手だと分かった。ただその手があまりにも血まみれで。
「あぁっ! すいません! すぐに洗いますのでぇ!」
ニロは脱ぎ捨てていたレインコートのポケットから長いスプーンを取り出した。それを魔法の杖のように振って…………、いや、「ように」じゃない。魔法だった。
何もない空中に水が発生した。
「水魔法【春の夕立ち】!」
発生した水がニロに落ちた。降り注ぐというか、バケツをひっくり返したような水の塊で、どばーっと。
ニロの体についていた血が洗い流された。魔法は続く。
「風魔法【夕映の南風】!」
薄緑色のベール状の光がニロの体を中心に渦巻いた。
濡れていた体と髪がサッと乾く。
「シャワーとドライヤー……」
初めての魔法に高揚した心が、なんとなくしぼむ。
彼女には申し訳ないが、ちょっとショックだった。
「ふぅ! キレイさっぱりぃ!」
「ニロさん、だから水着だったんですね。露出狂だと思ってました」
「合理的なカッコーなのぉ。あと、ニロでいいよぉ! さん付けだとさみしいからぁ」
合理的か。食べ散らかして、血で汚れて、魔法できれいにする。それが一連の流れ。
「じゃあレインコートはなんのために?」
「それはぁ、雨の日にレインコートを着るとなんか強くなった気になるでしょお? だからいつも着ることにしてるのぉ」
雨の日カッパを着て濡れなくなる……その時の無敵感は分からなくもない。晴れの日も着るのは分からない。
「そういえば、ニロはなんであんなとこで寝てたの?」
「いやぁお恥ずかしいんですけどぉ、わたしとっても寝相がわるくってぇ、しかも噛み癖があってぇ……よく起きたら魔物に噛みついてるってことがありましてぇ」
あの馬の魔物はニロに噛みつかれた痛みでどこかから走ってきたのか。
「起きたら目の前にご馳走があるわけだね」
「ううん、わたし弱いから普段はもっと小さくて弱いのしか食べられないんですぅ」
「あの食べっぷりで弱いんですね」
「うん……。ふるさとの村ではわたしツマハジキだったんだぁ……。弱いのに、ものすっごい量のご飯を食べるんでぇ、いらないって、口減らしだって、ある日深い森の中に捨てられたんだよねぇ」
「それはヒドイですね」
「うん。悲しいよ」
「悲しかったけどぉ、ご飯食べてお腹がふくれたら、まぁいいかってなったんだぁ」
「それはすごいですね」
「うん。前向きだ」
えへへ〜、と笑うニロ。つられて僕らも笑った。魔族であることを隠しながら、ニロと過ごすのも面白そうだなと思えた。
「じゃー、さっそく王都においしいご飯をたべにいきましょお!」
拳を天に突き上げて下山しようとするニロ。フェニが呼び止める。
「ニロ、私たちクエストの途中なんです。スライムと薬草を探しているんですよ」
「えぇ? そんなのさっきの魔物の角があればきっとだいじょうだよぉ。あの魔物はたしかバイコーンっていって、けっこう強くて珍しいからぁ、それでオッケーだよぉ!」
「大丈夫なのかな……?」
「魔物の素材は換金できます。常時あるクエストと言ってましたので、たとえ後日に延期されても大丈夫とは思いますが。報酬の面でも」
「はやくぅ!」ニロは鼻歌まじりのスキップ。「バイコーン、スコーン、ポップコーン!」
とりあえず僕らも山を降りた。




