ハッピークラフト
◆ハッピークラフト
「久しぶりにオーダーが入ったんだね? プッシーキャット」
工房にぞろぞろと男が入ってきた。
屈強だが背の低い髭面の男たち。きっとドワーフ族に違いない。おとぎ話では物作りが得意な地下の小人とあった。その赤ら顔から察するに、昼間なのに彼らは酔っていた。腰に下げている金槌も飾りのようで、とても物作りが得意なようには見えない。そんなドワーフたちから抜きん出て背の高い男、人族でも長身の部類…………忘れもしない、島田幸作だ。
僕は知らずの内に拳を握っていた。ドワーフと島田を手際よく呪殺できるだろうか。いや、ドワーフに罪はない。裏で何かしていても、あくまで僕への罪はない。島田だけ「殺る」としても、ここじゃ場所が悪い。
アニスの様子をうかがうと、ショボン状態になっていた。完全に萎縮している。
「お客さま。この弟子は出来の悪い「でっち」です。武具のオーダーは我々「マスタースミス」にお任せを」
島田は女性をダンスにでも誘う所作でお辞儀をした。例に漏れず、島田も僕のことを覚えておらず、爆破犯の賢木藤美にも気づいていないようだ。
「いえ、今ちょうど作っていただいたところです」
「おやそうですか。では失礼してちょっと拝見」
島田は僕の背に手を伸ばし、にゅるりとショーテルを抜いた。そして苦い顔をする。
「おや……おやおやぁ、これは酷い! 我々のダメ弟子の作品を売りつけられるなんて。こんな商品では鐚一文もいただけません。我々マスタースミス一同、謝罪の言葉を申し上げます」
島田と酔っ払いのドワーフたちが頭を下げる。酒臭い薄ら笑いがきこえた。
「つきましては、我々が至高の逸品をお打ちいたします。ダメ弟子のミスのお詫びといたきまして、お値引きの方もさせていただきます」
「それはよかった!」
明るい声を発したのはフェニだった。
「私たちすっかり看板猫のアニスちゃんのファンです! アニスちゃんの品が「鐚一文もいただけない」……つまりタダでいただけるなんて夢みたいです!」
「いえ、それは……」
島田がたじろいだ。
そういえばこいつは、でかい口たたいてても、カーストが自分より上位のやつが来るとヘコヘコしてたっけ。
「アニスちゃんにまた会いたいのと、マスタースミスの皆様の品もいつか買いたいのでまた来ようと思います。私たちは冒険者なんです! 一流の装備を身につけた一流の冒険者になるのが夢なんです。アニスちゃん、その大いなる一歩をくれたあなたに感謝するわ! それから……これは私たちの気持ちがおさまらないので、ほんの気持ちとして受け取ってください」
フェニは胸の谷間から財布を出し、男たちの視線を釘付けにした後、お金であるジェニーを島田に渡した。
「こ、こんなに……!」
僕らの所持金は約50万ジェニー。ざっと見たところだけど、その半分の紙幣を渡していた。店内に陳列されていた武具は最低でも20万ジェニーは下らないから、ショーテルと双剣の2つの支払いとして破格だ。
僕はフェニの後ろから口を挟んだ。
「ケチらないでもっと出しなよ。ここは一流だ。いくら謙遜したって弟子を見れば分かる」
振り返ったフェニは、島田たちに悟られないように微笑んだ。島田に上乗せして紙幣を渡し、「では、また」僕の手を引いて店を出ていこうとする。
「ちょっとお待ちを」
島田が僕らを呼び止めた。
「なんでしょうか?」
まさか僕らが誰なのかがバレた……?
「一応決まりですので、お二人の身分証を拝見できたらなと」
冷や汗が出る。
僕とフェニは移住願を提示した。
島田は視線を何往復もし、2枚の紙を見比べる。
最後は僕らの顔にも視線を送ってきた。
「なるほど、ご協力ありがとうございます! 万が一にも身元不明者に武具を売ったとなるとウチが罰せられるんですよ。当店はクリーンな商いを第一としてそうなるのはどうしても避けたいので」
クリーンな商いか。
僕らは店を出た。
トラブルにならなくてよかった。
「彼の名前を知ってる?」
僕は街道を歩きながらきいた。フェニはその質問とは別にして、まず謝ってきた。
「ごめんなさいロロル君! 私、私……!」
フェニの言いたいことは馬鹿の僕でも分かった。アニスはあそこで必要以上に虐げられている。
「フェニはあの子が少しでもいじめられないように、僕らが半分あの子目当ての上客だって印象付けたかったんだよね?」
「そうです……、あの子、笑っていたけど、仕打ちは奴隷と一緒です! 彼の名前は島田幸作。有名なので思い出しました。あんな下卑た笑いをする人とは知りませんでしたが」
フェニは唇を噛んだ。
「彼、あの子をプッシーキャットだなんて……」
島田はアニスをそう呼んでいた。
プッシー。子猫を意味する言葉だ。でももう一つ、女の人の性器を呼ぶ俗語でもある。なぜ島田がそう呼ぶのか、少し考えただけで虫唾が走った。フェニが怒ってもなんら不思議じゃない。
「ロロル君、私はいつかあの子を救い出したいです」
「僕もだよ」
僕らは聖人じゃない。だから、そこの角をまがって別の子にすがりつかれても、また大枚をはたいてその子を救いはしないだろう。世界平和だなんて唱えられない。ただ、目の前で苦しんでいる人だけは、救えたらと思う。
勝手な正義感だ。でも偽善だなんだとこの感情を見捨てたら、僕は、制服を着ていた1年前の僕にも嫌われるだろう。
「悔しいよ」
あの時、あの瞬間、あいつらを斬り伏せられる力があったなら。
僕の【怨呪】も、恐らく連発はできない。
くそ! なんでいじめっ子は群れるんだ!
島田幸作。なにがアトリエ・ハッピークラフトだ。幸福な工芸品。店名からしてクラフトであるやつが主体となり、そしてスキルで何かをしていることが想像できた。
島田、島田、島田、島田————。
絶対に、呪い殺してやる。
無意識にショーテルの柄を握っていた。
鞘にストラップがついており背負う形で帯刀できた。フェニの双剣も腰の後ろに十字を作っていた。どちらも腰のそばに柄がきていて、手をぶらりと下げた状態からすぐに武器を抜ける設計だった。
僕は何度も、流れるように抜刀し、島田の首を果実のように刈り取る想像を繰り返した。




