影の三日月、衛星の十字架
◆影の三日月、衛星の十字架
アニスのかわいらしいからだに目を奪われてる場合じゃなかった。
彼女は咄嗟に胸を庇うようにした。慌てたせいで台から落ちる。半円の弧を描いた形の刀身が真上に投げ出される。くるくる回り、落下する。
「あぶない!」
僕じゃ間に合わなかった。その代わり、素早く動いたのはフェニだった。台を飛び越えアニスに覆いかぶさる。同時に背中に刃が刺さった。
「フェニ!」
「フェニ姉、どうして……?」
「試し切りが必要でしょう……」
フェニに駆け寄る。刃は一人でに抜けた。傷は深くはないみたいだが、出血をしている。アタフタしている僕に、アニスに覆いかぶさったままのフェニが言う。
「ロロル君、回復魔法を使ってください……」
「えっ?」
魔法だって? いや、そうか。フェニの傷はスキル【不終の痛み】によってたちまち治る。そんなのをアニスに見られ、騒がれたら良くない。
恐らくフェニのスキルは規格外だ。噂が広まり、傷つかず、死なずの女がいる……なんてなれば、追手がかぎつけるかもしれない。僕は厳かな口調で言葉を紡いだ。
「女神と精霊の御名において、死に通ずる門を閉じよ。赤き河を堰き止め、柔肌に癒しの口づけを…………治癒!」
「わっすーごいもういたくないわロロルきゅんてんさいだわー」
呪文を紡ぎながらも、フェニの傷口が目の前で治っていくのに驚いた。あと、フェニがとんでもない大根役者だって事実にも驚愕。演劇部でもなかったのに、即興劇なんて無理だ。
「ごめんなさい……、ボクが使えない役立たずのダメなやつばっかりに……うわーーん!」
堤が壊れたみたいに涙を流して泣きじゃくるアニス。ずっと冷たい態度だったフェニだけど、アニスを起こすと彼女の頭を優しく撫でた。
「もう大丈夫ですよ。傷はロロル君の魔法でふさがりました。痛みもないです。たくさんケガをした私が太鼓判をおします。あなたの刃、注文通りとても痛かったですよ」
反応に困るセリフだけど、アニスは泣き止んだ。グローブを外してフェニに四肢総動員で抱きつく。
「フェニ姉ぇえ!」
「よしよし、もう偽おっぱいはやめなさいね?」フェニはアニスの手をとって立ち上がる。「どうしてそんなことを?」
「だって————」アニスは服の胸元を押さえながら答えた。「おっきいの好きなの」
僕まで四肢総動員でアニスを抱きしめるとこだった。あまりの可愛さに。
「さて、かわいいアニスちゃん。この芸術品にキャプションはあるかしら?」
フェニの言葉に、アニスは涙を拭って笑った。
「はいにゃ! まずフェニ姉! 名付けて【衛星の十字架】だにゃ!」
それは一対の、長さの異なる短刀だった。黒が強めの灰色の刀身はどちらも片刃で、シルエットは真っ直ぐで湾曲は切っ先のみ。
「軽いけど他の追随を許さない切れ味にゃ。そしてロロ兄のはこちら! 名付けて【影の三日月】だにゃ!」
奇妙な形の刀だった。大きく曲がった漆黒の刀身。三日月の名を冠するだけあり、半円の弧を描いている。
「変わった刀だね」
「これはショーテルという種類の刀ですにゃ! この曲がり具合は敵を盾越しに攻撃するためのものなのにゃ。闇のマナを吸った暗黒鉱石で打ったから、ロロ兄の闇のマナに応じて凶悪に成長するはずにゃ!」
アニスは目にもとまらぬ速さで、刀身に柄や鍔を取り付け、皮の鞘まで作ってくれた。
「ありがとう!」
早速の帯刀。冒険者っぽくなってきた。
「説明しますとにゃ? これは黒い月、つまりは月の裏側にゃ、いや、表から見た欠けた月の影の部分とも解釈オーケーにゃ。とにかくロロ兄が月の影の部分にゃ。フェニ姉は月を守る星、つまり衛星にゃ!」
「月に衛星はないわ。月が地球の衛星なのよアニスちゃん」
フェニが口を挟み、アニスが小さな拳をつくって抗議する。
「ボクは月の衛星見たことあるにゃ! それにコレらは芸術なの! 地球なんて滅びてしまえ!」
口ぶりからするに、この異世界も地球なのか。
滅んじゃえなんて言われた青い星には、十字を切って冥福を祈っておく。
分不相応な装備を手に入れてしまったな。
「おやおや、お客さまのようだねぇ」
若い男の声がして、僕らは振り返った。




