密室の中の妻
コンコン
「何よ」
妻を刺激しないよう軽く扉をノックしたが、それでも妻は不機嫌な様子を隠さなかった。
「そろそろ出てこないか?」
「あなたには関係無いでしょ」
妻はゆったりとした口調で以って答えた。
「関係無い事はないだろ?」
「ねぇ、何回も同じ事を云わせないでよ、静かにしてって言ったでしょ? 気が散って集中出来ないわ」
「けど――――」
「だからぁ、もう本当お願いだから静かにして。というかあっちへ行ってて」
「……」
それから10分程が経過した。結局私は妻の『あっちへ行ってて』という言葉に従わず、ずっと扉の前で微動だにせず立っていた。
コンコン
「なあ」
「ああもう、静かにしてって言ってるでしょ? お願いだから集中させてよ」
「だけどずっと籠ったままじゃないか」
「ほんと静かにして。お・ね・が・い」
妻は静かながらも強い口調でそう言った。そんな妻に対し、私も我慢の限界が来た。
ドンドン!
「おいっ!」
私は扉を強く叩きながらに大声で叫んだ。
「もう! 何なのよ!」
妻は私の大声に微塵も臆する事無く更なる大声で返してきた。
「良い加減出てこい!」
「あなたがうるさいから集中出来ずに出る物もでないのよ!」
扉が震える程の妻の大声には怒気が混じっていた。私はその怒気に思わず後ずさりしてしまったが、かといってこれ以上一歩も引く事は出来ない。
「また漏れたらどうするんだよ!」
「むしろ羨ましいわよ! 出ない苦しみがあなたに分かる?!」
それは便秘症の妻と快便系の私とで月に数回程度行なわれているトイレ籠城戦。そもそもの原因は家にトイレが1つしかない事な訳だが、妻のその堂々たるキレっぷりを見ていると『ひょっとして我慢出来ない私が悪いのだろうか?』と思えてくる。そしてその度に『空腹と満腹では満腹の方が辛い』というソース不明にして正否不明にして賛否ある話を思い出す。といっても妻は満腹ではなく満腸である。それを解消しようと稀に食事を抜く事もあるがそれで満腸が解消される訳でも無く、そもそも食を絶てば日々の生活に支障が出てくるが故に食を絶ち続ける事も出来ず義務として食べ続け、結果、更なる満腸を招く。そんな満腹でも食べ続ける的な行為の辛さ苦しさは計り知れない。であれば優先されるべきは妻となるのだが、私とて辛く苦しく引くに引けな――――
「あ」
交渉の甲斐なく、今回の戦いも私の負けだった。そして私は前回同様、パンツ内にソレを携えたままバスルームへと向かう。
2021年12月25日 初版
第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞投稿作品