プロローグ「娼婦ナリス」
「ハァッハァッ……オラ!」
「どうだ!俺のはすごいだろう!」
今日も豚のようなでっぷりと肥えた男に乗られながら金のことを考えている。こいつ6人目だから今日の手取りは3万ドゥン。
今日はなかなか客がついたな。晩御飯は何を食べよう……
「おい!どうした!反応が悪いぞ……」
ぼんやりと思考していると豚が動きを止め、反応しない私に悪態をついてきた。チッ!
「ごめんなさい…気持ちよすぎてずっと声を我慢してたの」
「ダルムさんのような大きくて上手な人は初めてだから……」
「あぁ大きい……」
「そうかそうか!俺のはでかいからな!」
「まったく俺のようなでかくて、しかも上手い男に抱かれて金まで貰えるなんて天国のような仕事だな!」
「こんな気持ちいいをして貰って金が貰えるなんて本当に女が羨ましいぜ!」
「そんな意地悪言わないで……あぁ気持ちいい……」
豚の機嫌が直り、また腰を振り始める。
お前のようなでかくて上手い男?笑える。短小包茎、乱暴にすれば女が喜ぶと思ってる男に抱かれて喜ぶ女がいるか。おまけに腹が出過ぎてて入ってるかもわからず演技もしにくいとか最悪な客だ。
「オオッ……出すぞ!出すぞ!」
豚の射精が終わり、豚が舌を口に入れてくる。ドブのような口臭だ。泣きそうになる。
行為が終わり、豚が服を着ながら悪態をつき始める。
「まったく最近の若い女はどうかしてるぜ……」
「若いうちから楽に金を稼いで……人生を舐めてやがる」
「お前みたいな女は駄目だ。少しは恥ずかしいとも思わんのか?」
さっきまで熱心に腰を振って出すものを出したのになんだこの豚は。うわ、服の上からでも体臭がきつい。よく顔に出さなかったな私……
「今の女の子は色々とお金がかかるんですよ〜」
「おまけにダルムさんのような素敵な人とエッチな事が出来てお金まで貰えますし〜」
いつまのにか覚えた接客用の笑顔でそう言い、入口のドアに誘導する。
「ありがとうございました♪また指名してくださいね〜」
「チッ!」ダルムがドアを開け、廊下に出て、足跡と一緒にダルムの独り言が聞こえた。
「いくら安娼婦とはいえ、あんなブスとは思わなかった……」
「やっぱりブスに当たると気分が悪い」
「次はオルアン通りのリアンちゃんを指名するか……ブスの癖にサービスも悪いとは金の無駄だったな」
ダルムの独り言が聞こえなくなり、私はシャワーを浴びてめいっぱいうがいをする。
「ガラガラッ……ペッペッ!」
ブスの癖にサービスも悪いだあ?あんなハゲで豚のように太ってる男に抱かれる私の身にもなってみやがれ!おまけにドブが腐ったような口臭をしてやがる!金も払わないとブスでサービスも悪い女を抱けない底辺の男が何を言ってやがる!
豚への殺意を覚えながら服を着替える。あぁ最後に最悪な客に当たってしまった……
行為を行う部屋がある2階から階段を降りて、1階で今日の売上を計算してる女将のところに向かう。
「女将さん、仕事が終わりました」
帳簿を付けている女将が顔を上げ、給料が入っている袋を渡してくる。
「おつかれ、あんたまた苦情がきてるよ」
「さっきあんたが接客したお客さんがあんなサービスの悪い女を雇うなって怒ってきたよ」
「えぇ……そんなつもりは無いですけど」
あの豚!女将さんにまで苦情を言いやがったな……
女将さんがため息をつきながら私の顔を見る。
「あんたね。自分の顔じゃ指名がつかないのわかってるだろ?」
「器量が悪いなりに愛想よくやらないと誰も指名なんかしないよ」
「あんたの顔で黙ってるだけで指名がつくなんかありえないからね」
「もう娼婦としても若くないのも自覚してるかい?」
「うち以外であんたを雇うとこなんかないよ?」
「はいはい。わかってます」
「女将さんにはいつも感謝してます」
女将さんが私の接客に対する態度を忠告を聞きながら給料をひったくって娼館を出る。
娼館を出ると客を連れた娼婦と顔合わせになった。
「あれ〜ナリスちゃんだ〜」
客を連れた同じ娼館の娼婦が話しかけてくる。
ソフィという名のこの娼館で1番人気がある娼婦だ。
可愛い顔に大きい胸、しかも若い。
「ナリスちゃんはもう今日は上がり?」
「今日はもう終わり」
「ナリスちゃんいつも指名ないから1番遅くまで出番待ってるのに今日は早いんだね〜」
「私はさっきまでお買い物と食事に連れていって貰ってたよ〜」
客に買って貰った有名ブランドの袋を見せつけるようにしてくる。あぁそうですか。良かったですね。
「じゃあね〜ナリスちゃん」
ソフィと客が娼館に入るとわざと聞こえるような声で喋ってるのがわかる。
「今のってソフィちゃんと同じ娼館の人?」
「そうだよ〜ナリスちゃんって言ってね、いつも頑張ってるのに指名が入らないの〜」
「なんでだろうね〜頑張り屋さんなのに〜」
「そりゃ(笑)顔だと思うよ(笑)」
「え〜ナリスちゃん可愛いよ〜?」
「いやいや、ソフィちゃんが言うと可哀想だよ(笑)」
「おかしいな〜頑張り屋さんなのに(笑)」
ソフィと客の声を聞いた後、酒とつまみを買いによってアパートに帰る。
「カパッ!グビグビ!」
一気に安酒を煽り、つまみを食べながら今日もまた1日頑張った自分を褒める。
「糞!糞!豚め……あの性悪女め……」
最後に当たった豚と性悪女のソフィへの怒りが増す。
「なにがブスの癖にサービスも悪いだ……出すもん出せば一緒だろうが」
「ブスなりに愛想よくしろだ?ブスがどれだけ愛想よくしたって"ブスのくせに!"の一言で終わるんだよ!」
「なにが頑張り屋さんなのにだ!いつも見下しやがって!私だってお前の顔だったらもっと客がついて沢山貢いで貰ってるわ!」
「自分が可愛いのわかってるからいつもいつも見下してきやがって……」
2本目の酒を開け、また一気に煽る。いつもクソ客ばっかり当たる自分、生まれつき顔が可愛い女からの見下し。くそくそ……
今日は最悪の日だ!
フラフラとベッドになだれ込む。
酔いが回った頭で天井を見つめる。
いや生まれてきたときから最悪だ……私の人生。
物心ついたときから顔が可愛い妹と比べられて、同じ身体を売る仕事をしていても顔が可愛い女とあんなにも違って……
ハゲでデブのおっさんからも見下されて……
好きでブスに生まれたんじゃない。
好きで人に好かれたくない訳じゃない。
努力もした。
ブスだから人より努力した。
苛烈なダイエットも。
毎日何時間も化粧を練習した。
明るく、人に愛想良くすることも頑張った。
でもいつも「だけどブスじゃん」で終わる。
「顔が可愛くない現実」はなにをしてもずっと私に付きまとってくる。
涙が出てくる。なにをしてもブスってだけで世界が地獄のように思える。この顔のせいでなにもかも手に入らない
ご飯を食べていても
買い物をしていても
仲のいい友達と居ても。
ブスからは逃れられない。
「うぅ……」
泣きながらブスに生まれた自分とこの世界を憎む。
「私だって……こんな……」
あっそうだ!今日の稼ぎを金庫に入れないと。
ベッドから起き上がり、今日の給料を金庫に入れる。
これで大体4900万ドゥン。
「もう少しでこの地獄が終わる……」
12歳のときから身体を売り始めて15年。
後100万ドゥンでこの地獄から解放される。
流行りのものも欲しいものをすべて我慢して、爪に火を灯す思いで貯めたお金。
12歳のときに聞いた魔法の薬。
ミウラージュと呼ばれる奇跡の薬。
その薬を飲めばどんな望む姿になれると。
おとぎ話ではミウラージュを飲んだ女性が時の王子様に見初められて妃になったと。
ミウラージュを飲んだ女性が大陸中に知られる大女優になったと。
その薬を飲んだ者は神秘とも言える美を手に入れられると。
後100万ドゥンでミウラージュが手に入る。
そうしたらこんな地獄のような人生から……
望んでいた人生に……
"顔が美しい女"の人生に……