結末
「か…金子…さん…?」
功太を見据えるように金子の姿がそこに合ったが、その身なりの異質さに功太の思考は停止した。
微笑を讃えた金子はフランス人形のようなパステルカラーのワンピースドレスに小さなヘッドドレスを頭の上に載せ顎下で大きなリボンで結ばれている
「ど、どうしたんですか、そ、その…格好は…」
何とか口にした言葉には、功太の動揺が感じ取れる
「金子だなんて呼ばないで、私の名前はサラなんだから!」
頬を膨らませた金子は拗ねた口調で功太を軽く睨む。言葉遣いまですっかり変わってしまった金子の様子に功太の心はざわつき始める
「さ…サラ…さんですか…」
「そうよ~可愛い名前でしょ~それに引き換え弟の名前なんて賢治なのよ~堅苦しいと思わない?」
「…弟?」
そういえば金子は自身が双子だと言っていた。目の前の人物は女装をした金子だと思っていたが、実は彼の双子の姉なのだろうか…功太は確かめるように、おずおずと問い掛ける
「あの…あなたは…金子さんのお姉さんなんですか?」
「そうだけど…姉って言うと歳がいってるみたいで嫌だから、娘って事にして!」
「……えっ」
姉を娘と呼ぶのは幾らなんでも無理やり過ぎるだろう。肌に刻まれた皺は明らかに金子と変わらないものだった
「そもそも4歳で死んだ私には年齢なんて関係ないんだから、何歳だって良いの!だから私は17歳の女の子なのよ!!」
「死んだ?」
「そうよ。私が4歳の頃に父親……あの男に殺されたのよ。周りには事故って事にされたけどね…」
「な、なんで父親が…」
金子の話す内容を頭から信じる事は出来ないが様子を伺うためにも功太は話しを聞く素振りを見せる
「資産家の息子として生まれたあの男はとにかく全てを暴力で支配するような最低の人間だったわ。私達の母親はとにかく弱い人で見てみぬ振りばかりで、助けてなんてくれなかったわ…そのうえ、あの男は見栄っ張りで財産のほとんどを注ぎ込んでこの屋敷を建てたの。そんな男が子供になんて興味を持つわけも無く、跡取りである賢治がいれば女の私は不要だと言って…庭の池に投げ落としたのよ。雪の降る寒い日だったわ…」
「そんな事って…」
淡々とした口調ではあるが、忌まわしい記憶に金子の顔には苦々しさが浮かぶ
「でも気が付いたら、私の心は何故か賢治の中にあったのよ。最初は驚いたけど段々と慣れていくものね…2人でこの身体を共有して15歳の時にはとうとうあの男を殺してやったわ。
もちろん不慮の事故って事でね~まぁ、母親は知ってただろうけど贖罪のつもりなのか誰にも何も言わずに墓場まで持って行ってくれたわ」
金子は何故こんな話しを自分に聞かせるのか。功太は困惑を隠せないまま口を開いた
「ど、どうしてそんな話しを俺に…」
「どうしてかしら?弟以外の話し相手が嬉しかったのかしらね。それとも…あなたが私の物になるから、私の事を知って欲しかったのかな」
「えっ…それって…どういう意味ですか」
不穏な言葉に功太の背筋に冷たいものが走る
「だって、50過ぎの冴えない風体の弟の身体なんてもう嫌なのよ!本当は小さくて可愛いらしい女の子が良いんだけど簡単には手に入らないし…あなたは男だけど顔は可愛いから、とりあえずは我慢してあげるわ」
金子は青ざめた功太の頬に手を添えると愛しそうに撫で続ける。触れた指先からは功太の緊張が伝わってくる
「そんなに怯えなくても大丈夫よ。痛いのなんてあっという間だから」
頬に添えられていた手はゆっくりと首筋へ伸びていく。汗ばんだ肌に骨ばった感触が残る
「や、やめろ!!!」
功太は首筋の腕を乱暴に叩き落とすと、金子の身体を払い除ける
「キャッ!!痛いわね!何するのよ!!」
「ふざけるな!勝手な事ばかり言いやがって!!!俺の身体は俺の物だ!!!」
怒りと恐怖で功太の身体は激しく震える。その様子に金子の表情は一変する
「野蛮な事はしたくないのに残念だわ…」
チェストの引き出しから金属製の器具を取り出すと功太の前に突き出した。見た事の無い形をしているが嫌な感じしかしない
「綺麗でしょう。これは昔の拷問器具なのよ、特にこれは私のお気に入りなの」
金子の言葉に耳を疑った。このままでは確実に殺される、功太は死ぬかもしれないという初めての感覚に動悸が止まらない。何とか逃げ出そうにも出入り口は金子の後ろにある扉だけだ
「ちょっとお仕置きするだけだから、大人しくしてなさい」
金属製の器具を手に近付いて来る金子に向かい合うと、功太は重心を出来るだけ低く構え、足に力を込めると勢いに任せて突き上げるようなタックルを胴体部分へと食らわせた
金子の身体はガラス製のキャビネットに激しく打ち付けられ、大きなキャビネットは飾られていたクリスタルの置物と共に大きな音を立てて粉々に砕け散ると、勢いのまま前のめりに倒れてきた
「うわあっ!!!」
あわやのところで功太は逃れるが、金子はキャビネットの下敷きになり低い呻き声を漏らしている。ところどころガラスで切れた傷からは血が流れている
「た、助けて……」
弱々しい言葉で功太に助けを求める姿は姉弟どちらの者なのか、功太は戸惑いながら金子を見下ろす。
縋るような視線で助けを乞うその姿に、功太は小さく頷くと金子は安堵した眼差しを見せる
金子の周囲には花や動物をかたどっていたクリスタルの破片がキラキラと輝いている。功太は傍らに落ちていた枝付きの燭台を拾い上げると、金子の頭上へと振り落とした