功太と金子
車が激しく行き交う国道脇に立ち、1人の青年が隣接する街の名前が書かれたスケッチブックを掲げている。
しかし、警戒心からか止まってくれる車は、なかなか見付からない。陽も傾き、辺りは薄暗くなり始めている。
「今日は野宿かな…」
季節は夏。男の野宿はそれほど危険では無いが、出来れば親切な人に拾われ一夜の宿を提供してくれたら…と都合の良い願望を目論む。
けれど、そう都合よくいかない事もこの旅の経験で十分に熟知していた。
そろそろ近くの公園でも探すか…諦めかけた、その時1台の車が目の前で停車した。シルバー色のセダン車は綺麗にワックスがかけられ艶やかに光っている
「よかったら、どうぞ」
パワーウィンドウがゆっくり開くと、眼鏡を掛けた中年の男性が窓越しに告げた
「ありがとうございます!!」
青年は急ぎ足でリュックを抱えると、招かれた助手席へと乗り込んだ
「今日はもう無理かなって諦めてたんですけど助かりました!俺、石野功太って
言います。大学が夏休みなんで、それを利用してヒッチハイクでどこまで行けるかって旅をしてるんです」
幼さがまだ残る顔で、功太は運転席の男性へ笑顔を向ける
「僕は金子です、宜しく。夏休みを利用してヒッチハイクだなんて楽しそうだね。でも最近は色々と物騒だから乗せてくれる人も少ないんじゃない?数日前にも近隣で殺人事件があったみたいだし」
銀縁の眼鏡に薄くなり始めた額の雰囲気から50代半ばくらいと思われる金子は、身だしなみも口調もしっかりしていた事もあり功太はすっかり安心して口数も多くなった
「えっ、そうなんですか!ヒッチハイク中はニュースとか新聞を全然見てないんで知らなかったです。何があったんですか?」
「確か、宝飾関係の会社役員の自宅に強盗が入ったって話しだよ。犯人はまだ捕まって無いから、この辺にいるかもしれないよ~」
「えっ!そんなのヤバいじゃないですか!!そんなこと言われたら怖くて野宿出来ないっすよ…」
涙目で怯える功太の姿に、金子は思わず笑いだした
「ごめん、ごめん。脅かすつもりは無かったんだよ、お詫びに今日はうちに泊まって行っても良いからさ」
「ほ、本当ですか!!」
金子の言葉に功太はすぐに飛びついた
気が付けば、先程まで涙目だった功太の顔つきは満面の笑顔に変わっている。
表情が感情と共にコロコロと変わる功太の様子を、金子は好ましく感じた。