樹人の森 1
「本当に行くのか?」
初めに会った男に言われ、それに答えるように頷いてから森に歩き出す。
親切に森の情報を教えてくれた男の話を思い出しながら森へと進んでいく。
森に跋扈している樹人は近付かなければ襲ってこないが、力が強く魔法というものまで使うらしい、とてもじゃないが自分が相対して生きられるとは思えない、避けて通るべきだろう。と言っていた
森には他にも魔物と化した動物、魔獣が数多く生息しているようで大型の魔獣に出くわしたら逃げるしかない。
自分の持っている剣は殺した敵の魂を奪い、少しづつ強くなる事が出来るのが先程の事で分かった、小さな魔獣から狙うべきだろう。
頭の中で整理しながら森に入る、周りの樹は高く、空は葉の間からしか見えない、どこか薄暗いその森は本来不気味に感じ、前に進むのも億劫になるものだが、今の自分は特に何も感じないまま進む事が出来る。
森を進んで行く内に自分の考えが甘かったという事を思い知らされる、魔獣だ。気が付いたら囲まれている、小さな魔獣から狙うべきと考えていたが小さな魔獣は徒党を組んで自分を喰い殺そうと迫ってきていた、この暗い森の中において魔獣とは…狩人だ。
「ギギ!」
囲いから抜け出すために走り出した自分に向かって1匹の魔獣が声を発しながら飛び掛かってきた。
リスを二回り程巨大化させたようなその魔獣に向かって横薙ぎに思いきり剣を振りかぶるが、動作は遅く根本で叩くような形になってしまった。しかし今はそれで十分だ、もし飛びつかれていたらその後は魔獣の餌になるだけ、すぐに走り出して森の奥へと進んで行く。
何か考えがあるわけでもなく森の中を走る、ふと自分の身体能力の高さに疑問を抱くがすぐに思考を切り替え進んで行く内に後ろから迫ってきていた魔獣達の音が無くなっていた事に気付いた。
諦めたのだろうか それとも他に考えられるとすればそれは。
「シュルルルル…。」
別の魔獣の縄張りに入ったという事だ。
眼前に巨大な蛇が見える、幸いその魔獣の獲物は自分ではなく、その魔獣と相対している巨大な熊の魔獣だった、熊は伸びた鋭利な爪で蛇に立ち向かうが身体のスケールが違いすぎる、あっという間に蛇に巻き付かれ、喰らい付かれてしまった。その光景を見てその場をゆっくりと離れるが、あまり離れすぎるとまた先程の群れに襲われてしまう為迂回するように奥へと進む事になってしまった。
今になってみれば男が心配そうにこちらに「本当に行くのか?」と言っていた意味が分かる、だが止めなかった理由も容易に想像できた、あのまま村に残っていてもそこにあるのは自死の最後だけだ。
当てもなく森を進んで行く、小さな魔獣から狩るべきと考えていたが奴等は群れている。とても戦える相手ではなかった。では1体で行動している魔獣からといえばそちらも土台無理な話だ、先程見た蛇にも熊にも一瞬で殺されてしまうだろう。
運よく弱った魔獣を見つける事が出来れば可能性はあるかもしれないが、それまで自分は生きていられるのだろうか。そんなことを考えていると進んでいる先で木が動いていた あれが樹人だろうか。
「………………………。」
人間を一回り大きくした人型の木がゆっくりと動いている、その動作は遅く 容易に倒せそうにも見える、だが村の男は樹人の話をしている時が一番深刻そうな言い方だった 恐らく何かあるのだろうと観察していると、その木に近付く影があった。
樹人の戦闘方法を見てみようと観察していたが何も起こらない、近付いた影は密着しているのではないかという距離で樹人に対して何かをしているが樹人は何も反応をしめしていなかった。
しばらく眺めていると密着していた影が離れ、こちらに向かってきていた すぐにその場から逃げようと考えたが近付いてくる内に分かった、その影は、人間だ。
「何故人族の方がこの森に?」
その人物は女性だった、耳が長く、髪の色は金で腰のあたりまで伸びている、衣装も見た目もこの暗い森に対して不自然な程に整っている、逆に問い返してしまいたくなる位だったがひとまず自分の経歴を語る事にしようと口を開くが、話す前に目の前の人物が切り出してきた。
「その前に安全な所へ移動しましょうか、ここは危険ですから。」
女性の案内で森の奥深くに一つだけある木で出来た家に辿りつく。
道中は安全に進む事が出来た、その理由はこの女性の強さだ。手から小さな雷が迸り、道を遮る魔獣を貫いていく 道に広がる沼地には氷の橋を架け、崩れた道は隆起し整えられる、あれが魔法なのだろうか。
だとすればやはり樹人に攻撃をしかけるべきではなかったのだろうと思う、あのような超常現象に晒されれば自分はすぐに死んでいただろう。
そんな事を考えながら家の中で女性に出されたハーブティーのようなものを飲んでいると女性が話しかけてきた。
「それで貴方は…見た所異世界人のように見えますが、何故このような場所に…?」
そう言われてから自分はこの世界に来た経歴、自分が記憶喪失である事と持っている剣の事について話した、その女性の柔和な雰囲気もあって口が淀む事はなかった
最初の方は哀れむような眼差しだったが、持っている剣が魔剣で殺した対象の魂を奪い、自身が成長していく事を話した辺りで女性の雰囲気が少しだけ変化した、どこか決意したかのようなその表情はすぐに潜み、また優しそうな雰囲気でこちらを労う様に語り掛けてくる。
「それは…今まで大変でしたね、この場所は安全ですからゆっくりと休んでください。そしてその後はよろしければ…私が貴方を強くするというのは、どうですか?」
何故そこまでしてくれるのかと聞くと女性は「これも何かの縁ですよ。」とだけ答えるが、どこか何かを隠しているような雰囲気だった、一瞬だけこの女性が悪魔であるという事も考えたが、仮にそうだとして自分に出来る事は何もなく無意味な思考だと切り捨て女性の提案を受け入れた。
そして家の寝具で休もうとした所で気付く、睡眠や食事という欲求が自分には存在していなかった、その疑問は女性が呪いの影響だと答えてくれた、この世界はもう何百年も前から呪われてしまって生物は不変と化しているとの事だった、しかし眠る事は出来るらしい。ただ必要ではなくなったそうだ
女性の言った自分を強くする方法というのは、自分に強化魔法という身体能力を上昇させる魔法をかけて森の小型魔獣が生息する場所に向かわせ倒させるという単純な物だった
同行すると魔獣は逃げてしまう為、可能な手助けというものがこれしかなかったらしかった
しかしその効果は凄まじく、軽く頑丈になった体で振り回す剣に魔獣は屠られていく。
焦った魔獣が全方位から一斉に飛び掛かってくるが剣を両手に持ち、その場で一回転するように魔獣を薙ぎ倒す。そうして一つの群れを倒した所で一度戻ることにする、次の獲物の場所は一度戻って聞かないと分からないからだ。
「危なければ助けるつもりでいましたが、心配は要りませんでしたね。」
女性は微笑みながら自分を出迎えてくれる、それに対して答えようとした所で自分は女性の名前を知らないという事を思い出し 尋ねた。
「突然でしたし名乗っていませんでしたね、私の名前はアリシア…。アリシアと言います」
どこか間があったが追求するべき事ではないだろう、こうして自分とアリシアの生活は始まった。




