第6話 決闘と核心
黒い雨が降る。
地上より1キロ近くも高い位置にある協会本社ビル屋上にも届くほどに煌びやかなネオンを受けて輝く黒い雨が。
そこに音もなく着地したスカイトレイラーからメイドが1人降り立った。
金色の髪に砲の如きロングライフルを肩に担いだメイドが。
続き、協会の本社ビルより二人のメイドと二人のバトラーが駆けあがってくる。
赤い髪のメイド、白髪で隻腕の老バトラー、白く波打つ髪のメイド、そして、金髪の若いバトラー。
彼等はスカイトレイラーの前で二人づつに分かれ、直立した。
スカイトレイラーの荷台より車椅子用のタラップが居りて、ダークスーツの男を乗せた車椅子が黒衣のメイドに押されて降りてくる。
「ご武運を」
ロングバレルライフルを肩に担いだメイドがトレイラーのすぐ脇で一礼する。
「ご無事」
「ご武運を」
車椅子に乗った男が目の前を通ると、左右に二人づつ別れた従者たちは声を掛けながら深く一礼した。
同盟の総帥の出陣である。
協会の従業員達もその光景は網膜ディスプレイに映るライブカメラから見ていた。
これより、CEO同士の決闘が始まる。
その推移によって互いが株を奪い合い、勝負が決した途端、一般投資家たちが一斉に株取引を開始する。
これこそが決闘的株式公開買い付け。
一体いつからこの取引が定められたのか分かっていないが、企業戦争よりは随分とスマートだとされている。
「ここで良い、下がれ」
黒い雨に打たれながら、中折れ帽を被った総帥レインは、背後のイルマータに下がる様に指示を出した。
「……ご武運を、我が主」
名残惜しげに目つきの悪い黒尽くめのメイドは一礼して下がる。
それとほぼ同時に、屋上にエレベーターが辿り着いて、チンッとベルを鳴らした。
左右に開かれた扉の向こうからは現CEOにして、協会最高位のバトラー竜滅執事コルヴァが姿を見せた。
コルヴァが悠然と歩くなか、レインは車椅子をゆっくりと進める。
そして、互いの距離が5メートルの位置に至れば、双方ともにぴたりと止まる。
「協会のCEO、コルヴァだ」
「同盟のCEO、レインだ」
企業の上位者同士の戦いは、名乗りから始まる。
かつて存在した名刺交換と呼ばれる儀式の名残だが、これが出来ないものは非常識とされた。
互いの企業の全てを掛けた重々しい名乗りが終われば、後は何でもありだ。
車椅子に座ったままのレインに、コルヴァは空いた距離を瞬時にゼロにするかの様な、常軌を逸した早さで踏み込む。
一歩踏み込んだ箇所に、クレーターじみた窪みを残し、衝撃波を伴った拳で殴りかかる!
生じたのは耳をつんざく凄まじい音。
音の中心地には、コルヴァの一撃を両の掌で押さえ込むレインの姿があった。
だが、これはコルヴァも想定内。
即座にレインの首を刈るがごとき蹴りを放つ。
レインは、掌で挟んだコルヴァの腕を支えに両腕の力のみで飛んだ。
「っ!」
宙に浮けば、エーテルエンジン搭載のスカイスーツでもなければ落ちるだけ。
絶好の好機で有ったはずだが、コルヴァはなにかを感じて下がる。
それとほぼ同時に、レインは宙で一回転し、片足を大鎌のように振るっていた。
轟音。
その光景を見ていた者全てが、稲妻が落ちたのかと錯覚した。
黒く輝く雷光のごときエーテルが迸ったのだと気付くのには、わずかな時間を有した。
鳴動は未だ止まず。
総帥レインが着地した本社ビルの屋上にはドラゴンが襲来したかのような巨大な爪跡の様に、蹴りの軌道に合わせ抉れていた。
「まずは一撃。豪語するだけのことはあるが」
落ち着きを払ったコルヴァの声が響く中、協会の従業員達は慌てていた。
総帥レインの一撃は、人間が放つエーテルの力を大きく上回っているからだ。
「……ドラゴンとは、あれ程の攻撃をするのか?」
「しない、少なくとも、ボクが殺した奴は」
同盟の二人が階上に去ったため、緊張を解いていた筈のカルラが掠れた声でカツェーニャに問いかけた。
それに対する返答は端的だったが、カツェーニャはコルヴァがまるで動じて居ない事である事実に思い至り、付け加えた。
ドラゴンを倒す者は、従者の中では多い。
だが、皇帝クラスのドラゴンを倒したのは、竜滅執事ただ一人だと言う事実を。
「最高位のドラゴンであれば、あのくらいの攻撃は行うと?」
「如何だろうね。総帥レインの一撃はすさまじい。並のドラゴンならば、一撃で死んでいる。コルヴァの様子を察するに、最高位ドラゴンと遜色ない一撃なんだろうね。で、あれば……」
「七撃しか放てぬ攻撃と、無尽蔵のスタミナを持つ巨体が繰り出した同等の攻撃ではどちらが脅威か、か?」
「そう言う事。でも、きっと同盟はそんな事織り込み済みだろう」
会話を交わしながら、双方ともに思わず肩を竦めていた。
一連の会話のやり取りから、同盟の総帥も一筋縄でいかない事くらいは嗅ぎつけていた。
「協会が如何なるにせよ、ボク等はボクらでやる事やっておかないとね」
「そうじゃな。場合によってはクビか退職と言う事もあり得る」
それは困るねと答えて、カツェーニャはカルラと一旦別れた。
階下のメインサーバーにアクセスしているサトーと合流するためだ。
カルラにはそれとなく、情報を漁っている旨は伝えた。
災厄のアリス絡みで調べている事にしているが、実際にはカツェーニャの姉について調べて貰っていた。
カルラならば傾きかけた会社とも言える協会にそれ程忠誠心はない筈と言う判断で漏らしたが、果たしてこれが鬼と出るか蛇と出るか。
階上では、二本の足で立ち、構える総帥レインとコルヴァの姿が映し出されたままだ。
互いにどう攻めるかを測っているのだろう。
ともあれ、急ぎサトーと合流し……等と考えながら階段を下っていると、そのサトーより通信が入った。
無論、クローズ通信だ。
「カツェーニャ様」
「如何した? 通信履歴は残るぞ」
「それは問題ありません。分かりましたぞ」
「姉の死が何故秘匿されたか、か?」
問いかけに僅かに沈黙が返り、続いて唾でも飲みこんだかのような音が響いた。
「貴方様の姉上、レヴィーカ様の死因は、その身体を求められたためです」
「……何だと?」
「同盟、協会、組合、組織から一名ずつ、メイドの死体を欲する依頼があり……」
「そのために殺したと?」
「同盟に対する攻撃すら、その為に行われた様です」
「誰が依頼主で、誰が依頼を受けた?」
カツェーニャは怒りに我を忘れかけていた。
きつく問いかけると、やはりサトーからは沈黙と共に唾でも飲みこむような音が返るばかり。
「言い難いか?」
「――残念ながら……お役に立てるのはここまでの様です」
カツェーニャはサトーの掠れた声に漸く違和感を感じる。
「如何した?」
「……黙示録のメイドには、お、お気を付けを……」
謎めいた言葉を残してサトーからの通信は途絶えた。
通信を切ったと言うよりは、生体認識が途絶えたかのような唐突な通信切れ。
屋上で二度目の激突が行われたのか、激しい物音が響く中、カツェーニャは胸騒ぎが命じるままにメインサーバーにアクセス可能なサーバールームに足を踏み込む。
そこには……数多の同じ顔のメイドたちが転がっていた。
「災厄のアリス達……」
呻くように、彷徨う様にサーバールーム内でサトーの姿を探す。
至る所に災厄のアリスの一部が転がっている。
そして、それらに混じり人間の腕が転がっているのをカツェーニャは見つけた。
血にまみれたシザーソードが、鋏をモチーフにした災厄のアリス専用の武器も転がっている。
屋上で三度目の轟音が響くと、サーバールーム内のサーバーが荒れ狂うエーテルエネルギーに耐え兼ねた様に火を噴いた。
その只中に、メインディスプレイの前に置かれたコンソールに突っ伏している初老の執事を見つける。
「サトー!」
ディスプレイには四人のメイドの姿が映されている。
黒髪のメイドはフブキ、所属は協会。
カツェーニャはその姓を見て、何故か得心した。
金髪のメイドはクローイ、所属は組合。
組合所属らしく生真面目そうな姿が映し出されている。
茶色の髪の女は……同盟の総帥と共にいるイルマータ、ここでの所属は組織。
明らかに今、屋上に居る筈のイルマータとは雰囲気が異なるが、彼女自身で間違いない。
そして、最後の銀髪のメイドは……レヴィーカ、所属は同盟。
これが取引先が求めた死体だと書かれた報告書もディスプレイには表示されていた。
報告者名はベネディクト・カーソン。
報告する相手は……誰だ? ローランドでもない様だが……。
ディスプレイに表示されている情報を一瞬で把握したカツェーニャは、本日一番の眩暈を感じながらもサトーの傍に駆け寄る。
走り寄るカツェーニャだったが、不意に横合いから凄まじい殺気を感じて飛びのいた。
途端、カツェーニャの視界に煌めいたのは刃。
「メイド・オブ・ラウンド……伊達では無いか」
そう告げて姿を見せたのは、真っ白なメイド服を纏った黒髪のメイドだった。
ディスプレイに映し出され、死亡とされているメイド……元は協会所属のフブキ・サトーの姿がカツェーニャの前に立ち塞がった。