第5話 疑惑
同盟の総帥と副CEOベネディクトとの会話に割って入ったのは、協会における最高位のバトラーと言われる『竜滅執事』のコルヴァだった。
「情報の真偽を確かめる必要があった、ローランド・カーソンが本当に従者をCEOに選んでいたのかを」
「同盟の鬼札と恐れられた貴方でも慎重を期す事案でしたかな」
「そんな大層な評価を貰った事は無いんだが?」
「我が主、ローランド・カーソンは貴方こそが同盟の命運を握っていると仰せでしたよ。……正直に申せば、貴方の存在が無ければ主の裏切り行為も無く、ショウ殿もベネディクト様も共にCEOの座についていたでしょう」
音声のみの通話であったが、不意にコルヴァの姿がオープン通信において表示された。
四十近い黒い髪に褐色の肌の偉丈夫が各人の網膜ディスプレイに浮かび上がる。
彼の背後に映し出されているのは、CEOの居室と思われる場所で、刀を抜き放っている隻腕の老執事と同盟の黒を基調としたメイド服を纏った赤い髪の女がいつでも飛び掛かれるように構えている。
戦いは熾烈を極めた様で、幾つかのディスプレイは破壊されていた。
「セバスチャン、ラトカ、戻りたまえ。協会のCEOを交渉の席に引きずり出せた。それで十分だ」
「非が総帥にある様な今の物言いは許せねぇ! 総帥! 命令くれれば俺がこいつの首を」
赤い髪を後ろで結わえたメイドが勇ましく吠えるが、総帥レインは緩く首を左右に振る。
「ラトカ、お前ではまだ『竜滅執事』には勝てない」
「そうだぞ、ラトカ。すぐに戻れ。万が一、ハッキング能力に長けたお前が欠けたら辛い」
「……イルマータ、何でお前が偉そうに指示を出す!」
「偉くはないが、ラトカよりは冷静だからだ。戻れよ、赤獅子」
ラトカと呼ばれた赤い髪のメイドと、総帥の車椅子の背後に立つ黒衣のメイド二人による言葉の応酬が始まる。
協会でも見受けられる光景ではあるが、この場面で唐突に始まると苛立ちは覚えてしまう。
そこに、不意にサトーからクローズ通話が届いた。
「カツェーニャ様、今宜しいですか?」
「無事だったか、サトー」
「おかげさまで。……同盟の狙いが上階だったため無事ですよ。――時間がないので本題に入ります」
いつになく真面目な声に眉根を寄せながら、周囲に気取られない様に階上の二人を睨むように見上げ、冷静を装うカツェーニャ。
「先の災厄のアリス達の行動ですが、バグではありません。明らかにカツェーニャ様を狙った物でした」
「……そうか」
予測できた答えを聞くも、この状況下でそんな事を調べていたのかとカツェーニャは呆れる。
「この状況下でなければ、メインサーバーにアクセスできないですからね」
それを察してか、悪びれもせずにサトーは飄々と告げて、報告を続けた。
「大元の指示は、副CEOのベネディクト様より通達されたものの様です。内容は……カツェーニャ様に造反の意志ありとのこと」
「馬鹿な……。ボクは派閥には属していないが、会社には――」
「理由は3年前の同盟倒産時に……08の親族を殺めた事が露呈した為と思われる」
理由を語るサトーだったが、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
そして、サトーの口から飛び出た報告に、カツェーニャは押し黙った。
現状の鉄火場が如何でも良くなる位のショックを受け、視界がグラグラと揺れ動く様な眩暈を覚える。
「ボクとて何度となく閲覧可能資料は確認した。姉の殺害記録はなかったんだ」
「……先程取り戻した極秘資料がこの情報へのアクセスキーになておりました。荒事を生業にする協会において、ここまで秘匿する情報とは思えませんが」
姉の死はカツェーニャにとっては大きな出来事だが、会社にとっては微々たることだ。
だから、極秘情報だったと言うサトーの報告は間違いでは無いのかと、冷静を装い思案するも答えは出ない。
衝撃的な報告がカツェーニャを動揺させる最中、企業のトップ同士の会話も進んでいた。
「して、CEOコルヴァ。先程の提案は受け入れてくれたと解釈しても良いのかね?」
「交渉の方か? それとも、決闘的株式公開買い付けか?」
「後者の方さ。車椅子に乗る男の挑戦を、まさか竜滅執事は退けないだろう?」
「食わせ者だな、あんたは。サイバネ技術が発達した今の時代、何故車椅子等に乗り続ける? 本当に下半身不随ならば何が何でも動けるようになることを望む筈だ。だが、あんたは車椅子に乗り続けている」
今のご時世、心臓を摘出された者でも処置が早ければ生き残る。
現に、黒衣のメイドイルマータの手により、心臓を摘出されたカレッタだったが、狙撃手メイドルクレツィアが画面の外に連れ出して数分が経っている。
総帥レインの宣言通り緊急臓器補填器を用いて居れば、心臓代わりの機械が全身に血を送り、然程の障害も残らず生き残るだろう。
それほどまでに技術が発達しているのだ、下半身不随であっても絶望する者は稀だ。
ローンは嵩むだろうが、自由に動き働く事が出来るのだ。
ましてや、レイン・ベルグラーノは同盟の創業者の一族。
金銭的余裕はあった筈である。
「サイバネを用いては……私の異能が失われてしまうじゃないか」
「やはり、そんな所か。錯誤を生み出すために車椅子などに乗るとは姑息な手を使う」
「ふふ、姑息かね? 勝手に人を見た目で判断して、勝手に自滅する奴等に興味はない。それに、……エーテルの循環不全は事実でね、戦闘の様な過度な運動を短時間でも行えば、全身が暫く動かなくなる。……つまりは、私が放てるのは七撃のみ、それを凌げば其方の勝ちだ」
「ただの七回で、七度の攻撃のチャンスで俺を降せると?」
「有体に言えば」
協会の従者中、最強と名高いコルヴァに対しては、この挑発は効いた。
コルヴァの端正な眉は顰められ、黒い瞳に憤怒が宿る。
もし、彼がただのバトラーでしかなければ戦いを挑んだだろう。
だが、コルヴァは今、主であったローランドより彼が全身全霊をかけて育て守ってきた協会を預かった身だ。
「――事実がどうであれ、その様な提案は受け入れられない」
「そうか。大した自制心だ。だがな、はい、そうですかと引き下がるわけには私も行かないのだよ」
告げながら、総帥レインは背後に控える黒衣のメイド、イルマータに何やら手渡す。
僅かに頭を垂れてその何かを受け取ったイルマータは、これ見よがしにディスプレイを見る者達にそれを誇示して見せた。
それは、何の変哲もない記録媒体だ。
イルマータがぼさぼさの茶色い髪をかき上げて首筋を露にすると、ケーブルの差込口が見えた。
其処から記録媒体の内容を読み取るのだろう。
途端に、反応を示すものが現れた。
「コルヴァ! 受けろ! それを公表させるな!」
「ベネディクト様、如何なされた?」
「受けるのだ、コルヴァ! それは不味い!」
コルヴァは豹変したようなベネディクトの様子に眉根を寄せ、思案する。
如何やら、アレが同盟のメイド、ラトカが奪った資料とやらか。
セバスチャンが奪った資料も極秘資料と言われていた筈。
カツェーニャは混乱している頭で思う、あまりに警備がザルすぎはしないかと。
そんな思考を他所に事態は進み続ける。
「……」
「何故、ベネディクトではなく、君がCEOになった? ローランドは何を考えていた? 経営はベネディクトに任せ、お前は演者すら雇い何をしていた?」
あの強引な経営法は副CEOのやり方だったかと思えば、納得したような声が方々から漏れ聞こえる。
「同盟に鬼札を切らせる事、だ」
「……なに?」
「トーキョーシティの経済を……つまりは、トーキョーシティーを牛耳る複合企業群体である黙示録の四企業の抑圧に対するためには……鬼札が必要だ」
「何を口走っているのだ、コルヴァ! その名は出すな!」
ベネディクトの絶叫が響く。
黙示録の四企業。
四社の複合企業からなると言われる謎めいた企業だが、従者と言えども噂にしか聞かない企業達。
ベネディクトは何を恐れているのか、何を知っているのか。
そこまで考えが及んだ際に、カツェーニャに閃くものがあった。
(まさか、姉さんは黙示録の四企業絡みで……!)
カツェーニャの閃く様子を間近にいたカルラが不思議そうに見やる。
何でもないと告げる前に、網膜ディスプレイに映るコルヴァが口を開いた。
「――気が変わった。鬼札の強さを見せて貰おうか」
物言いとは裏腹にコルヴァの表情は何処か覚悟を決めた様な面持ちだった。
「……良かろう」
「本社ビルの屋上に来い、俺を倒せぬようではあんたに先はない」
「――面白い」
その言葉を最後に、双方はオープン通信を切った。
それから数分後には、同盟のスカイトレイラーは、協会の本社ビル屋上に着陸。
黒衣のメイドに車椅子を押されながら、総帥レインが屋上に降り立った。
迎え撃つのは、執事姿のCEOコルヴァ。
トーキョーシティの株式売買を一手に引き受けるトーキョー証券管理公社が決闘的株式公開買い付けに許可が降れば、二人のCEOは戦いを始めた。
社運を賭けた戦いを。