第4話 ソサエティのCEO
「少々騒がしい中での通話だが、気を悪くしないでほしい」
同盟の総帥だと言うレイン・ベルグラーノは、悠然と口元に笑みを浮かべている。
その背後は、漆黒のメイドが立っていた。
纏うブラウスは無論、エプロンもフリルも、頭部を装うフリル付きカチューシャも全て黒一色で統一した異様なメイド服を纏うメイドが。
ぼさぼさの茶色い髪は櫛入れをしているのか怪しいほどで、眼つきの悪さや目の下の隈は、肌の白さも手伝って不健康に極みに見える。
無銘やルクレツィアに比べ、メイドらしさを感じさせないが、その灰色の双眸には数多の地獄を見てきたような凄味が内包されていた。
少なくともカツェーニャにはそう見えた。
ご丁寧にも同盟の社紋が描かれているスカイトレイラ―に気付けば、武装階の砲撃手は皆それを狙った。
だが、トレイラ―を攻撃しても有効打を与えられない理由もまた、ディスプレイには映っていた。
レイン・ベルグラーノの斜め右後ろに、暗闇の中でも淡く紫色の輝きを放つ凧状の何かを周囲に巡回させるメイドが片膝を付き、ロングバレルライフルを構えている。
あれ程の大口径ライフルは、スリーブリッジ社のアンチエーテルフィールドライフルであろう。
エーテルを力場として生成し、エネルギー兵器を相殺するエーテルフィールドを突き破る銃弾を放つ恐るべき武器だ。
銃と言うより砲に近い、人が撃つには難儀な代物を操る射撃手メイドこそ、タワークライマーのルクレツィア。
凧状の何かが、トレイラー目掛けて放たれたエネルギー弾へと滑るように進み、光弾を弾くと、メイドは光弾を放った箇所に銃口を向けてトリガーを引いた。
凄まじい銃声が響き、反動でルクレツィアは吹き飛ぶように浮き上がったが、中空で一回転しロングスカートを靡かせてふわりと着地した。
「120階砲台、沈黙!」
割って入る報告から察するに、120階砲台はあのスカイトレイラーを狙い、カウンターを食らったのだろう。
「トレイラー事態を狙うのは止めた方が良い。見ての通りルクレツィアの守りは硬く、反撃は正確だ。攻撃しないのならば、此方も反撃は控えよう」
先に攻めてきたのは其方ではないかとオープン通信に罵声が飛び交うが、総帥レインは気にも留めずに静かにこちらに視線を向けている。
再び光弾が向かってくると盾にトレイラーを守らせ、狙撃手メイドは金色の髪を風に靡かせながら、鷹のように鋭く一点を見つめて再びトリガーを引いた。
「150階砲台、沈黙!」
切迫した様子で本社ビルの武装が排除されて行く様子がソサエティのオペレーターに語られるも、網膜ディスプレイに映るレインには、勝ち誇った様子など欠片も無かった。
その背後では再びルクレツィアが反動で宙を舞う様に一回転している。
あのルクレツィアであれば、光弾を弾く盾はダイアモンドよりも固いと言うダイヤモンド・ナノロッド凝集体で造られた物だと聞いている。
敵対者から見れば、エネルギー光弾どころかドラゴンのブレスを防ぎ、鋼鉄を容易く切り裂くドラゴンの爪すら遮る恐るべき盾と高々火力ライフルがルクレツィアの力だとまざまざと見せつけられている心地になる。
「まず、誤解無きように告げる。我らの今回の襲撃、これは正当な反撃である。3年前に我が同盟の総帥であった弟ショウを誘い出し、数多の従者を仕留めた同業他社3社に対する報復処置である」
1年ひと昔、そう言われる時代である。
3年前の同盟倒産時の出来事を知る者は少ない。
覚えている者はさらに少ない。
脱落した競争相手に視線を向ける者は稀だからだ。
だが、淡々と話を進めるレインの言葉に、同盟の倒産時の策略を思い出した者もいるだろうか。
彼の言葉には、激しさは無かったが静かな怒りは十分に伝わってくる。
その怒りに晒されれば思い出さざる得ないのだ。
首根っこを掴まれ熱された鉄柱に押し付けられそうになれば、誰もが自分の罪を思い出すのと同じように。
「加害者は忘れても、被害者は覚えているものじゃ。だが、最大の主犯は1年前に他界しておると言うのになぁ」
カルラの言葉は小さく、カツェーニャにしか届かない。
きっと、上階の無銘やその当時裏切られたと言うショウが聞けば怒りを向けたであろう一言だったが、カツェーニャは静かに頷くに留めた。
「とは言え、ただ報復するのでは意味がない。ビジネスに憎しみを残せば、後の禍根になる。その為、私は協会の従業員及び本社ビルに対する攻撃はこれ以降取りやめよう。代わりに……CEO同士による決闘的株式公開買い付けを受けて貰う。返答は如何に?」
決闘的株式公開買い付けはCEOの戦闘能力が物を言う株式買い付け法だ。
それを車椅子に乗った男が提案したのである、大抵のCEOならば侮辱と受け取り即座に受け入れるだろう。
だと言うのに、従業員の声はオープン通信に紛れるのに、経営陣の声は一切入って来なかった。
まさか、一足先に逃げているのではあるまいか?
そんな疑念が協会の従業員達に広まる。
「応じず、か。ならば、我が同盟のメイド、ラトカが貴社より奪った資料を公表しても良いのだな?」
「貴様、斬鉄執事を囮にしたな……」
突如割って入った通信に協会の従業員たちは安堵する。
それが経営陣の一人である副CEOの物であったからだ。
前CEOローランドの一人息子、ベネディクトの物だったからだ。
「副CEOのベネディクト・カーソンか。……そうだ。奴ほどの男でなければ義体を本物と誤認させる事は出来なかっただろうからな」
「なに? 義体……?」
ベネディクトの呆然とした言葉に重ねながら、馬鹿なとカツェーニャは呟く。
あれ程の動きを、遠隔操作の義体で行ったとでも言うのか?
ならば、あの最後の笑みと言葉の意味が予想と違ってくることにもなる……。
頭を振りながら状況を整理しようとするカツェーニャの耳に、総帥の言葉が響く。
「三年前のあの日、裏切りの報を聞きつけ、ショウを逃すべく殿となった者達の消息が途絶えた地点に向かった。……酷い有様だったよ。同盟の十傑の内、8名が死に、生き残っていたのはセバスチャン、彼のみであった。その彼の身体も心肺停止状態、急ぎ脳のみ回収したが……複数の義体を操り、あれ程の動きを行えるまでには2年半近くは掛かった」
レインはにこりともせずに、斬鉄執事が捨て駒めいた働きをしていた内幕を語りだす。
その言葉の中に、驚愕すべき内容が含まれており、カツェーニャは呻いた。
(今、複数の義体を操りと言ったか? あれがまだ数体は居ると言うのか?)
ぞっとしながら、網膜ディスプレイに映るレインを睨み付ける。
底が知れない車椅子の総帥は微かに小首を傾いで告げた。
「ベネディクト副CEOよ。協会は何故裏切った? ショウ・ベルグラーノは確かに甘い経営者ではあったが、あの提案であれば、そちらが裏切る必要はなかった筈だ。どのシミュレーションでもあの当時の情勢では4社の成長率は堅調であった」
「堅調とは笑わせる。企業がシェアの一層の拡大を目指すのは当然の事だ」
「それはそうだが、やはり解せない。幾らでも利を得てから動けば良い機会は予想できたはずだ。それに、あの動乱でそちらの腕利きも20名近く死んでいる。そうだと言うのに事を急ぎ、手痛い被害を出してまで強引なシェア拡大かね」
「……」
ベネディクトの沈黙が示すものは何か。
3年前、一体何が行われたのかに興味があるのか、協会の従業員たちは攻撃を休止し、黙してトップの会話を聞いていた。
「っ!」
突如響くは声にならない悲鳴。
ディスプレイに映る車椅子の男に迫るナイフが映り込んだためだ。
だが、車椅子の手押しレバーを握っていた黒衣のメイドの手により投擲者に即座に返された。
黒い異様なメイドは凄まじい腕前を誇っていた。
「副CEOのベネディクトが会話をして時間を稼ぐ中、ステルス能力を持つ暗殺者を送り込む……。総帥に対して無礼では?」
黒衣のメイドの灰色の双眸が燃えあがる。
対するのはステルスメイド服を纏った協会が誇るメイド・オブ・ラウンドの04カレッタだ。
メイド・オブ・ラウンドの序列は単純な強さと愛社精神で決まる。
カレッタはカツェーニャよりも強いのは事実。
そのカレッタが肩に突き刺さったナイフを捨てると、流れ出る血がメイド服を汚す。
「暗殺は無礼ではないでしょう、危険因子を早めに潰す有意義な作法です」
そう笑ったカレッタは、優雅な仕草でスカートの裾を広げて一礼し……。
「死ぬならば、お一人で」
体内に仕込んだ小型爆弾を爆発させようとした矢先、黒衣のメイドの腕が、黒いレースの手袋に覆われた腕がカレッタの胸板を破り、背中へと貫通させていた。
華奢な指先が鷲掴みにした心臓は、機械的な信号を放つ様に仄かに明滅を繰り返している。
良く見れば、血管のみならず幾つかの配線が繋げられている。
「がはっ……何故、爆弾の場所を……」
「勘ですよ。命がけのお仕事ご苦労様」
心臓を抜き取れば、無造作とも言える動作でトレイラーの外へと放ると、中空でカレッタの心臓は爆発した。
胸板に穴をあけたカレッタの身体が崩れ落ちると、肘掛けに肘を置いて握った拳に頭を預けながら総帥レインは告げた。
「見事な忠節。蘇生させてやれ。……それで良いかね、ベネディクト?」
今のご時世、心臓を潰されても処置が早ければ助けられる。
命を狙った刺客を蘇生させろと言うのは芝居がかっているが、インパクトは絶大だ。
何を答えて良いのか分からなくなった様子のベネディクトに変わり、新たにオープン通話に参加する者が現れた。
「そうして頂けるとありがたい」
聞き知った声。
普段はあまりしゃべらないが、だからと言って聞き間違えるはずのない声が響く。
竜滅執事のコルヴァだ。
「腹を括ったか、現CEO」
そう告げた同盟の総帥の言葉の意味をカツェーニャは一瞬理解できなかった。