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第3話 強襲の同盟

 奇妙な違和感を感じながらCEOの部屋を出たカツェーニャは、すぐさま網膜ディスプレイを通じての体内通信回線を開き、サトーの回線へとアクセスする。


「生きてるかい?」


「無論でございますよ」


「バグった人形を相手に大乱闘だって?」


「……正確にはメイド・オブ・ラウンドが1人の次席番号10カルラ様が、ですが」


 盛大に溜息をついて、その報告を聞く。


 申し訳なさそうな物言いのサトーに文句を言う気も失せて、カツェーニャは医療室に向かう様に指示して回線を切ろうとした。


「――バグだったのでしょうか?」


 それを遮る様なサトーの言葉は、軽妙さも無く、重い。


「バグだ」


 報告に疑義を挟んだと思われかねない発言に眉根を寄せて、カツェーニャは言い切った。


 体内通信回線による通信は傍受されている。


 だから、会社に反抗的な物言いはするべきではないし、彼にはその必要性も無い筈だ。


 カツェーニャとて分っている、バグなどではない可能性も高い事は。


 だが、サトーがそれに触れる必要はない。


 そもそも――あらぬ疑いを掛けられて、それを容認する必要も無かったのだ。


「何故、そんな事を?」


「――年よりの妄言でございます。傷を負うと如何にも気が弱くなります」


 サトーは惚けたように告げて、医療室に向かうと通信を切った。


 まるで、上層部に目を付けてくれと言わんばかりの行いだ。


 サトーが何故そんな事をするのかまでは分からなかったが、カツェーニャは何処か先程討ち取った『斬鉄執事アイアンスラッシュ』の姿とダブって見えていた。



 黒く輝く雨が本社ビルの窓を強く叩く。


 ガラス越しに弾けて地上に散っていく雨を眺めながら、カツェーニャは専用の休憩室に一人籠っていた。


 テーブルにはティーカップが三つ。


 先程まで同僚のカルラとレイリアと共に紅茶を飲んでいた。


 無論、合成茶葉ではなく本物の紅茶を。


 メイド・オブ・ラウンドにおいて、この3名だけが言わば数少ない同士と言えた。


 残りの9名は必ずCEO派か副CEO派に属しているからだ。


 派閥に属していない事に引け目を感じるわけではないが、その事実もまた、カツェーニャの心に何とも言えない陰りを齎していた。


 メイド・オブ・ラウンドは協会ソサエティに所属するメイドの最高位。


 僅かに12名の超一流のメイドたちだが、派閥争いには巻き込まれざる得ない。


 その為、最低3名は派閥に属さぬ者を組み込む事が社是となっている。


(……だが、それも経営者が否と言えば変わる物。極秘資料とやらが何かは知らないが、ボクを処分する口実に使う気かも知れない)


 芽生えるのは、CEOへの不信感。


 1年前に代替わりした現CEOの強引な経営方針には、密かに危機感を覚えてもいた。


 だが、最高位にまで上り詰めた今、この様な形で会社を疑う事になろうとは……。


 疑いがCEOへと向かえば、周囲は全て敵のように思えてくる。


 CEO派の01アイリーンは勿論、本来は中立派の03レイリアや10カルラの……いや、腹心と言えるサトーの行動すら怪しく思えてしまう。


 仕事上、死んでしまう事は覚悟の上ではあったが、同じ企業の仲間に騙し討ちされるような死に方は御免だ。


 それに、まだ、自分にはやるべき事がある。


 カツェーニャはそう強く思いつつも、即座に行動に移せずに居た。


 疑いが、まだ疑いの域を出ないからだ。


 ガラスを隔てて外で吹き荒れる嵐と同じようなざわめきを胸中に感じながら、幾つかの計画を思い描いては、成功の目が無いと打ち消していた。


 そこに、突然の敵襲を知らせる警報が鳴り響く。



 慌てて休憩室から出ると、本社警備統括より通信が入る。


 全従者(サーヴァント)、全聖堂騎士(パラディン)に向けたオープン通信だ。


「敵は同盟アライアンス! 確認できたのは従者サーヴァントだ! 馬鹿な、この嵐の中でっ! 退避だ!!」


 絶叫の後の爆音。


 オープン回線で垂れ流された爆発音が示すのは、中央警備室が吹き飛んだ事実だ。


 本社ビルにはエーテルエネルギーを防ぐ対エーテル障壁が張られている。


 それを突破して警備室を吹き飛ばしたとなれば、それは旧世代兵器のミサイルか、或いは老舗メーカーが作り続けている火器か。


 ともあれ、嵐の中、如何なる狙撃手でも狙った場所に当てる事はほぼ不可能な代物の筈だ。


「ただ一人を除いて……」


 敵は同盟アライアンス


 ならば一人心当たりがカツェーニャにはあった。


 姉より以前聞いた名を思い出す。


 タワークライマーのルクレツィア。


 廃れた軌道エレベーターを昇り、ドラゴンを狩る事を仕事にしていたと言うメイド狙撃者。


 時折、空より襲来するドラゴンを狩るのも従者企業サーヴァントサービスの一環であれば、彼女の働きも立派なメイドとしての務めとなる。


 三年前の同盟アライアンス倒産時に姿をくらましたと聞いて居たが、やはり生きていたのか。


 この一件を報告するか否かを迷い、逡巡した後に、カツェーニャはオープン通信でルクレツィアの存在を伝える。


 ドラゴンを撃ち落す事が出来る程の狙撃手は協会ソサエティにはいない。


 白兵戦でならば仕留められる者は数多いが。


 この一事が示すのは、ルクレツィアの存在が非常に厄介だと言う事だ。


 

 狙撃による援護を受けつつ、複数の従者サーヴァントが発着場の一つに突入したと連絡が拡散される。


 管制により使えないと言われた880発着場だ。


「まさか、この為の工作が既に?」


 呻きながら非常螺旋階段を昇るカツェーニャ。


 途中で右目を眼帯で覆う大柄なメイドと合流する。


 彼女こそ、次席番号10のカルラ。


 大柄で筋肉質な体のカルラの耳は、人のそれとは違い長く尖っている。


 褐色の肌に青みがかった銀色の髪が示すのは闇妖精の血を引いている事実だ。


「まさか、同盟アライアンスとは驚きじゃな」


「全くだ……まずはあいつか」


 短く言葉を交わすカツェーニャとカルラ。


 地上から880M地点に設置されたスカイカー発着場に至る直前に現れた同盟のメイドを見つけて、視線を凝らす。


 同盟のメイドを示す黒いワンピースに純白のエプロンを組み合わせたメイド服を纏い、白く波打つ髪を両腕に纏わりつく黒く輝く炎が照らしている。


 その炎を見てカツェーニャは目を瞠った。


 能力自体はエーテルを現象として具現化させる能力であろう。


 エーテルを水や炎に変換する者はそれなりに多いが、あそこまで純度の高い黒く輝く炎を扱う者をカツェーニャは見た事がない。


「我らはメイド・オブ・ラウンド! 次席番号08カツェーニャと10カルラ! 同盟のメイドよ、名乗るが良い!」


「――無銘ネームレス


 誰何に対する答えは端的な一言。


「名前が無いと言う名前だと? 馬鹿にしおって!」


 カルラが速度を上げて一気に無銘ネームレスの所まで駆けあがり、空気切り裂き手刀を放った。


 カルラの手刀は大業物の如く空気を切り裂き無銘に迫る!


「っ!」


 だが、次の瞬間には手刀を振るった筈のカルラが宙に舞い驚愕に目を見開かせていた。


 カルラの一撃を見切った無銘ネームレスが素早くその手首を掴み、古き武術の要領で中空に放り投げたのだ。


 そして……無銘ネームレスの腕に纏わりつく燃え盛る黒く輝く炎が螺旋階段の中央を稲妻のように昇り、そしてカルラ目掛けて凄まじい速度で落ちてくる。


 カルラの落下速度をはるかに超えた超々スピードで、だ。


「ちぃ!」


 カツェーニャもまた螺旋階段の手すりを駆け昇り、カルラに迫る直前のその黒く輝く炎を紫色のオーラ立ち上る刀を振るい、切り裂く!


 力と力のぶつかり合いで生じる爆発的エネルギー。


 その衝撃波に身を裂かれながらも、落下していたカルラは螺旋階段の手すりに掴まり、階段へと転がり込む。


 すでにカツェーニャは無銘ネームレスへと迫り、スリットの入ったロングスカートの裾を靡かせ、右からの斬撃を繰り出していた。


 途端、鳩尾に衝撃を感じてカツェーニャは吹き飛んでいた。


「がっ!」


 吐き気すら覚えさせる程の一撃を放ったのは、無論、無銘ネームレス


 その体勢から、迫る刀を炎纏う右腕で払い除けるとほぼ同時に、左の掌打を叩き込んだのだとカツェーニャは分析する。


 落下する身体を、カルラが階段へと引き寄せる。


「退け、私は総帥ジェネラルの役に立たねばならない……」


「この力……噂に名高かった同盟アライアンスの十傑とやらか」


 睥睨する様な、鋭い視線で階下のカツェーニャとカルラを見据える無銘ネームレスの言葉に、カツェーニャは呻くように呟く。


 900M以上の階上からも争う物音が響いている。


 このまま手をこまねいている訳には行かない……。


「……そうだ、役に立たねば……あがなわねば」


 互いににらみ合う最中、不意に無銘ネームレスの様子が一変する。


 小刻みに体を震わせ、焦燥したように周囲を伺った。


「何じゃ?」


「分からない」


 カルラの小さな問いかけにカツェーニャも小さく首を横に振る。


 だが、これはもしや好機では無いか。


 そう希望を持ちかけた所で、無銘ネームレスの肩に手を置く何者かの姿が現れた。


 それは金色の髪の執事バトラーであった。


「落ち着け、ネームレス。お前は立派に贖っている」


「ああ、ああ……ショウ様」


「今の俺はただの管財人トラスティー同盟アライアンス管財人トラスティーだ」


 見る見る落ち着きを取り戻す無銘ネームレス


 管財人トラスティーを名乗る金髪の執事を見て、カツェーニャとカルラが呻いた。


同盟アライアンス総帥ジェネラル……っ!」


協会ソサエティのメイドよ、それは違う。今の総帥ジェネラルは俺のように甘くはない。三年前に裏切りに合い会社を倒産させたような俺の様にはな……」


 復活に当たり代替わりしたと言う訳か。


 だが、同盟の創業者一族、ベルグラーノには今目の前にいるショウ・ベルグラーノの他にCEOを張れるような存在は居ない筈……。


「――いや、聞いた事がある」


「何を知っている、カルラ?」


「ショウ・ベルグラーノには先天的エーテル不全の兄がいた筈だ。下半身が付随と聞いていたが……」


 明かされる敵の実情に眉根を寄せながらカツェーニャは階上の二人を睨み付けていた。


 そこにオープン通信が割り込んでくる。


「総員、帰還せよ。目的は達成した……」


 聞いた事も無い男の声だ。


 男は指示の後に、協会ソサエティの従業員にも語り掛けてきた。


「お初にお目にかかる協会ソサエティの諸君、私は同盟アライアンス総帥ジェネラル、レイン・ベルグラーノだ」


 各人の網膜ディスプレイに映し出されたのは、車椅子に乗り中折れ帽を被ったダークスーツの男であった。

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