vsアールグレーン兄弟2
「さてさて、これからどうしましょうかね。有名人だから誰かに聞いてみて……も教えてくれないでしょうか?」
周りをきょろきょろ見回しながら歩くダリオに、若者が声をかけてきた。まるで十年会ってなかった旧友にばったり出くわしたとでも言うような親しげな態度だった。
「よお、どうした、お兄ちゃん? 何かお探しかい? 美味いモン食わせる店も、派手に酔える店もあるぜ」
若者はダリオの耳に顔を寄せると、
「良かったら女も紹介するぜ。そんな小娘じゃ味わえない快楽を教えてくれるぞ」
ダリオはその言葉を聞いてない風で、
「ああ、ちょうどよかった。人を探しているのですよ。アールグレー……」
「へぇ、人探しかい。ああそうかい、頑張ってな」
若者は途端に興味を無くしたようにそっぽを向くと、ペッと唾を吐き捨てて立ち去っていった。
「応援はしても、助けてはくれないみたいですね」
ダリオは肩をすくめた。
しばらく歩くと、メノワ地区に来てから一番大きな建物が二人の目に入った。
貧相な建物が多いこの地区には珍しくこぎれいな外観で、壁には凝った装飾品がかざられている。
入口には胸が大きくて派手な顔のつくりの女が立ち、そのそばにはしわくちゃの老婆が壊れかけの椅子にちょこんと座っていた。道行く男にその老婆が誘いをかけている。老婆の言によると、「出るべきところが出て、ひっこむべきところがひっこんでいる」女たちがよりどりみどりで、死にかけた老人すら「おっ勃ち」、「本当の天国に行く前に、ここで予行練習が出来る」のだという。
通行人は慣れたもので、にやにやしながら冷やかしたり、あるいは顔をしかめて文句を言ったりしている。さすがに時間が早いのか、中に入るものはほとんどいない。
老婆がダリオに視線を向けて何かを言いかけたが、すぐにエリーに気がつくと、皺に埋もれた目の輝きが増した。
「ちょっと、そこのお兄さん! そのお嬢さん、とんでもない美形じゃないか。娘なのかい?」
「いえ、違いますよ。ああ、実は私たちは人を……」
ダリオの言葉を遮ると、老婆は嬉々として驚くべき言葉を口にした。
「違うのかい? そりゃちょうどいい。その娘、売らないか? 十万でどうだい、小娘一人にしちゃ破格の値段だよ」
「ええと……」
「分かった分かった、今のは冗談だよ。本当は十五万出すつもりだったんだ」
「すいません、売りものじゃないので」
「商売上手だねぇ、お兄さん。二十……いや三十出すよ。これ以上出すとこはないよ!」
ダリオとエリーは足早にその場を後にした。
「いやはやどうして、活気があるところですねぇ」
それからしきりに声をかけられた。そのどれもが親切で、ダリオかエリー、あるいは二人両方にとても得があるとか、得難い体験ができるとか、誘いに乗らないと一生後悔するような殺し文句を伴っていた。うちの店の火竜酒はどうだ、文字通り口から火を吹くほど辛いが極上の酔い加減を味わえるぞ、土産品を買わないか、この指輪はスフィールの聖遺跡で採掘された逸品だぞ、この地母神の木彫り人形に願えば何でも叶えてくれるぞ、サリア名物のハチミツを塗った焼き林檎は涎が湖を作るほど美味いぞ(これにはエリーが激しく反応した)、女はどうだ、上は七十の婆さんから下は子供までいるぞ、遠慮する? じゃあ男はどうだ、ちょっと高いが男と女の両方を兼ね揃えたのもいるぞ……。
しかし、声をかけてきた誰もがアールグレーン兄弟の名前を聞くと露骨に嫌な顔をするか、あるいは何も聞かなかったフリをした。謝礼を仄めかしても全くの無駄だった。
「本当は大して有名じゃないんじゃないですか?」
ダリオはぶつぶつと文句を言う。
ようやく情報を得たのは、声をかけてちょうど二十人目、黒いフードをかぶった、辻占いの男だった。商売道具のはずの水晶玉はひび割れていた。
「アールグレーン兄弟? それなら<髑髏と鸚鵡亭>って酒場に行ってみな。ここを道なりに行って、突き当りを右に曲がったらすぐそこだよ。店はまだやってないが、連中のたまり場になってるぜ」
「いやー、ありがとうございます。誰に聞いてもまともに答えてくれないんですよねぇ。助かりましたよ」
ダリオはにこやかな笑みを浮かべて銅貨を一枚差し出した。
「きっと親切にしてくれるぜ。水晶にもおたくらの運命は明るいって出てるからな。おっと、この占いはタダだよ。ひひひ」
男はにやにや笑いながら銅貨を受け取った。
「おや、どうしました、エリーさん?」
エリーが指し示す先には、<髑髏と鸚鵡亭>と書かれた看板を掲げた店があった。文字通り、入口に作りものの鸚鵡の木彫り人形が吊るしてある。髑髏もあるが、こちらは作りものか判然としないほど本物そっくりだった。
<四つ辻亭>には及ばないものの、外から見る限りそれなりに大きい店らしいが、外壁はぼろぼろで、上等な店とはとても言い難い。辻占いの言う通り、まだ営業時間外らしく、人の出入りしてる気配はなかった。
「ああ、やっと着いたようですね。ここにたむろしてるという話でした」
「ここで待ってて」
「え、ええ? ちょっと、私にも考えがあるんですよ」
「面倒」
言い捨てると、一人で店に向かうエリー。
「面倒って……ああ、行っちゃった。しょうがないなぁ。ああなると言うこと聞かないから。きっとお腹が空いてるんでしょうね」
ダリオはため息をつくと、回れ右をした。
「私は私で、準備しておきますか」