1.ピョン吉沢の秘密
ここは日本と書いて「ヒノモト」という国になってます。
王様もいますが,昔の英雄の子孫である将軍家が実質治めています。
将軍家の名字は「立花」。基本,もめたらぶッとばせで国内も外交もやってきました。
首都であるこの都市は「バンドウ」と呼ばれており,街の中心に突き刺さった巨大な隕石から,エネルギーやいろんな産業のもとになる物質「ソノニウム」を得ています。
月琴町はその都市の南側の一角にある古い住宅街です。
「----というわけで,このピョン吉沢には魚がいないんです。」
アオイちゃんはそう言って,青い水面を指差した。
わたしの横では,カナとヘイハチロウがうんうんと分かったようにうなづいている。
「ピョン吉沢」は街の東のほうにある小さな沼だ。
沼……ううん,池,なのかな?
神社公園の裏の森のなかにある,小さな小さな水たまり。
ずっとずっと昔,大星禍の前はここに川が流れていて。
その時の名前がそのまま残ってる。
「もうすぐ,はじまりますよ。」
アオイちゃんは池のほうに向きなおって,すこし背筋をのばした。
ほかにも何人か,近所の人が来ている。
小さな池をとりかこむように,お月さんが池の真上にかかるのを,じっと待っている。
まんまるくあいた森の空の窓に,まんまるの,きれいなお月さんがやってきた。
「!」
カナがわたしの手を握る。
お月さんの光が,白い滝みたいに池の上に注いだ瞬間。
まんまるくて,青い,ぽやッとした光の玉が,いくつもいくつも…数えきれないくらいたくさん,池の水面から噴水のように湧きあがってきた。
「わああああぁ……」
丸い光の玉はすぐには消えず,光のシャボン玉みたいに。点滅しながらふわふわと漂いまわったり,くるくると追いかけあったり。
「----ホタル?」
「いいえ,これは虫じゃありません。」
そう言ってアオイちゃんは,目の前に飛んできた光の玉を,両手でそっと捕まえた。
「ほらね?」
開いた手のなかには何もいない,何もなかった。
わたしもやってみた。
光の玉は捕まえられるけど,なんの手ごたえもない。
ただ,光の玉を捕まえた時,一瞬,なにか見えたような気がした。
なにか懐かしい…とても懐かしい景色が。
ほんの一瞬,一瞬だけ目の前に浮かんだような気がした。
「サナちゃんにも,見えた?」
アオイちゃんは笑って,ハンカチでわたしの頬ッぺたを拭いてくれた。
気がつくとわたしの頬に涙が一筋,流れてたんだ。
アオイちゃんの目も潤んでた。
「…ピョン吉沢のピョン吉の,思い出を見せられてるんだ,って言われています。」
ふわふわと浮かぶ光の玉を,カナは追いかけて回し走り回ってる。
ヘイハチロウは目の前に飛んできた光の玉をパクリと食べては,クンクングシグシと鼻を鳴らしていた。
ピョン吉沢にはピョン吉っていう主がいて。
川辺にあったピョン吉岩の上でいつも甲羅干しをしていた。
子どものころのカズサノスケはこのピョン吉と仲良しで,しょっちゅう相撲を取ったり,いっしょに魚を捕まえたりしていたそうだ。
星が降ってきた時,ピョン吉はカズサノスケのいるお城のほうを向いたまま,腕を組んで,ピョン吉岩の上に座ってたという。
星が降ってきて,受け止められなかった大きなかけらが一つ,ピョン吉沢の近くに落ちた。
カズサノスケがむかし住んでいた村は吹き飛び,川は一瞬で干上がって,ピョン吉岩もその上にいたピョン吉も----それからどこにも見えなくなった。
それから何年かあと,ピョン吉岩のあったあたりから,きれいな水が湧いてきた。
いくら汲んでも水は尽きることなく湧きつづけ,やがて小さな池になった。
400年もむかしのお話だ。
青い光の玉は1時間くらい飛んでた。
やがて,お月さんが池の上から見えなくなると。
光はいっせいに,ふうっ----と消えた。
池の周りにいた大人たちもだんだん帰ってゆく。
わたしはまだ,何か夢みたいなものを見たキモチで,池のほうを見つめてた。
「サナちゃん…どうだった?」
「すごく----すごくキレイだったよ!
ありがとう,アオイちゃん!
さそってくれて!」
「よかった…あ,そういえば妹さんは?」
----じゃぽん。
池のわたしたちのいるのと反対がわで,小さな影が水のなかに入った。
「えっ…カナちゃん?」
じゃぼじゃぼじゃぼ。
あ~ま~た~かあ~~~
わたしは顔に手を当てた。
「ちょっとサナちゃん----カナちゃんが!」
アオイちゃんがあわてて走っていったけど。
だいじょうぶ,ここの池は浅いからチビすけのカナでも溺れたりはしない。
足はいつものサンダルだから良いけど,服とパンツはびしょ濡れだな~。
梅ばぁに怒られるぞ~。
じゃぼじゃぼじゃぼじゃぼじゃぼじゃぼじゃぼじゃぼ。
池の真ん中あたりで,カナは止まった。
片方の手を水の中に入れて,何かを探している。
ぐるぐるっと二回ぐらい腕を回した時,探してたものに手が届いたみたいだ。
何かを手に握ったまま,アオイちゃんがアワアワしてる岸のほうに歩いて行った。
池からひっぱりあげようと手をのばしたアオイちゃんに向けて,カナは何かをさしだしている。
あげる,と言うことらしい。
「え…これ……」
なぜか少し,ぼおっとした感じで,アオイちゃんがつぶやいた。
「このあたりのオモイカネなんて…とおにぜんぶ回収されたはずなのに。」
カナは池から自分で這い上がり,もう一度,アオイちゃんに池で拾ったものを差し出した。
「……オモイカネ?」
オモイカネなら,わたしも知っている。
お父さんが……わたしたちの,本当のお父さんが研究していたものだ。
二人に追いついて,わたしも見た。
それは小さくて青いカタマリで。
石なのかな?
鉄なのかな?
ガラスなのかな?
石みたいに硬そうで,鉄みたいにキラキラしてて,ガラスみたいに少し透き通って見える。
カナの手を見つめていたアオイちゃんは,ふうっとひとつ息をついて,
カナの手をとって微笑むと,青いオモイカネをそのまま握らせた。
「これは,カナちゃんが持っていて。」
………………………
帰りは,電車通りでアオイちゃんとバイバイして。
ビチャビチャになったカナの服とパンツが少し乾くまで,中通り沿いに散歩した。
さすがのヘイハチロウも,ビチャビチャパンツだから乗せてくれないらしい。
三丁目でヘイハチロウとバイバイ。
うん,また明日。
カナのことよろしくね。
玄関前で石村のおじさん…ううん,今のお父さんに遭った。
ちょうど帰ってきたところだったみたい。
ビチャビチャのカナを見て,今のお母さんの住んでる,離れのほうから入れてくれた。
お母さんはビチャビチャのカナを見るなり,すっぽーんとカナの服を脱がせ,横に抱えてお風呂に連れて行った。
居間のほうからすごいゲームの音がしてる。
梅ばぁはゲームに夢中だった。
あれならたぶん,玄関から入ってもぜんぜん大丈夫だったかもしれない。
この三日ぐらい「鬼流鏑馬」という超難シューティング・ゲームにはまっているとか。
え,じゃあきょうのご飯どうなるのかな。
お父さんが作るの?----じゃあ,わたしも手伝う!
台所でお父さんと作ったおかずを持って離れにもどると。
カナとお母さんも,ちょうどお風呂からもどってきたとこ。
カナは裸んぼのまま,縁側に置いた月琴のうえで,池で拾ったオモイカネを転がして遊んでた。
オモイカネは板の上をコロコロと転がり,半月のなかにスポっと入って,見えなくなった。
傾けても,ひっくりかえしても出てこない。
半月のとこの小さな孔から,なかにすっぽり入ってしまったようだ。
楽器を振ったら,いつも聞こえる響き線の音のほかに,中で何か小さいものがコロコロと転がるみたいな音がした。
カナはしばらく変な顔をしていたが,そのうち----ま,いいか,っていうふうに月琴を抱えて弾き始めた。
この曲は「月花集」だ。
居間のほうから爆音が轟き,梅ばぁの断末魔のような叫びが聞こえた。
最期の壱機がやられた,らしい。
………………………
誰もいなくなったピョン吉沢で,水面が揺れた。
水の中から,何かが顔をのぞかせた。
闇の中で光る二つの黄色い目だけが,ぐるりとあたりを見回す。
「ひさしぶりだな…岩は……ああ,なくなったのか。」
池の端の芝生に腰をおろしてそれは,膝に頬杖をついて目をとじた。
「月琴,か。いい音だな。」
月の通り過ぎた夜空に,星が流れていった。
サナ 石田紗菜>石村紗菜 9才 ふつうの女の子。髪は学校では三つ編み,家ではポニテ。
カナ 石田佳菜>石村佳菜 4才? 無口,おかっぱ。行動の予測がつかない,ちょっと謎の存在。若干三白眼だが,黙っていればそれなりに可愛い。
ヘイハチロウ 斉藤さんとこの犬。大型の日本犬。コワモテだが「アマガミ犬」と綽名される。
アオイ 舘花葵 10才 紗菜のクラスメートで友達。色白でツヤツヤの長い髪。背は紗菜より少し大きいくらい。時々何日も学校を休む。
石田義雄 サナカナの本当のお父さん。
石村義治 サナカナの現お父さん。
アサギさん サナカナの現お母さん。
梅ばぁ 石田家の家政婦。お父さんに小さいころから仕えてるばぁや。若いころからゲーム狂。
月琴町 さあ,どんな町でしょう?
大星禍 さあ,何でしょう?
カズサノスケ むかしのエラい人。
ピョン吉沢のピョン吉 さて,何なのでしょう?
半月 月琴のテールピース。胴体についてる,糸の端を結びつけるところ。某青い猫ロボのポケットみたいなカタチになっていて,ポケットの内がわになる部分に小さな孔があいている。
響き線 月琴の内部構造,ハリガネが刺さっていてカランカラン鳴る。