潜在能力
「ここは天国なのか? あたしゃ、こんな美味いもんは食ったことがねぇ。それにな、あたしゃさ、こんな立派な建物に入ること、生きているうちにあるとは思わなかった」
まずは服を用意して、次に料理を用意して、失礼のないようにもてなしてもらった。
けれど彼女は嬉しそうにしてくれない。
僕は彼女に喜んでもらいたくて、彼女の笑顔が見たくて、これが僕の精一杯なのだけれど、彼女は困惑の表情ばかりを浮かべていた。
何かが気に入らないのかと悩んだが、やっと言葉に真相が知れる。
拒否をしているわけでは、嫌というわけではないのだ。一先ず安心できる。
彼女は驚いている。
これまでにも感じられたように、僕と彼女とでは世界が違う。
僕では彼女の当たり前を、当たり前として捉えることなどできず、それを魅力と感じることだろう。
それは逆も然り。彼女は僕の当たり前を、当たり前などと捉えず、それを魅力だと思ってくれているのだろう。
嬉しいことだと、僕は思う。
「あなたのような方に出会えるのならば、もっと早くに、逃げ出していればよかったですよ。それとも、あのタイミングでしか、あなたとは出会えないから、運命がそのときを僕に教えてくれたのでしょうか」
気障で、気取ったような言葉でも、彼女に届けと僕は言葉にした。
「運命か。あたしにゃそう難しいことはわかんねぇし、物事を考えるだとか、あたしゃ苦手なこった。これまで何も考えずに生きてきたんだからな。けど、あたしゃお前ぇは正しいと思うぜ」
この返答の意味が僕にはわからなかった。
どう解釈したらいいのか、わからなかった。
僕が正しいとは、どういう意味の言葉なのだろうか。
言葉から意思を伝えるには、僕と彼女との共通認識が、存在しないと言っていいほどに少ないことは大きな問題点であった。
加えて、今の僕は自分自身の心情が上手く理解できなかった。
それは自分のことでありながら、自分のことではないようで、僕にはあまりに難しいことだったのである。
考えることが苦手なのは、きっとあなたではなくて僕の方です。
初めて自分で行動した。
今回のことで、僕はやっと人形ではなくて、人間になれたかのような気がした。
逆に言ったなら、これまでの僕は……。
考えても意味のないことを考えてしまった。
逃げも絡めて、僕は溜め息を吐いた。
「自分で考え、自分で判断をし、自分で動く。無意識なのかもしれませんが、ずっとそのようにして、あなたは生きてきたのではありませんか。ですから何を仰います」
「だれも何も教えてやくれないし、だれもあたしにゃ考えるってことさえ、教えてやくれなかったんだ。んだから、考えも判断も、そう難しいことなんかしてなくって、ただの本能さ」
「僕にはそれがなかったのです。自分がやりたいことをやっているようなふりして、結局は、利用されていただけなのです。本能さえ、機能はしていませんでした」
「そうかよ。どっちの方が、頭を使ってるんだろうなって、そういうことはあたしに考えてわかることじゃねぇ。幸せとかもわからねぇ。でも、きっと、二人ともやっぱ一緒なのかもな」
僕の言葉と彼女の言葉、向かっている先の場所が、全く違うもののように思えた。
それは、正反対なほどにである。
「やっぱ中心からの距離は一緒なんだと思う。それで、どっちも普通みたいな感じにしないで、ヤバさぴったりでフィットするんじゃねぇかな」
なるほど、ね。
あぁ、なるほど、僕にはわかった。
そして僕じゃなくても、多くの人がわかることだろうと思う。
彼女は知識を詰めれば輝く。
彼女は、極めて優秀な脳をしているのだろうと思った。