恋心
とても踊りなどとは言えない、二人の動きはさぞ奇妙なものであったことだろう。
こんな夜に、だれもいないこんな場所で、何をしているのかと思われることだろう。
けれど僕たちの世界に人はいない。
僕はこの舞踏会が楽しくて、夢が叶ったような気がした。
彼女もまたそう思ってくれているのかはわからなかったし、僕の正体を知って、慌ててご機嫌取りをしてくれているだけなのかもしれない。
それでも楽しかった。
実に勝手なことだろう。
僕さえ楽しければ、それでいいなんて……。
「あなたも楽しめていますか?」
これで楽しくないなどと、否定的な言葉を返せるはずがない。
「知らなかった。踊りってこんなに楽しいんだな」
こうまで笑ってくれなければ、信じられはしなかっただろう。
好きになってしまいそうだった。
好きなんてわからないのに、知らない感情なのに、頭の中を勝手に埋め尽くして、嫌でも僕に思い知らせてくるようだった。
”好き”とは、こういうことなのか。
月明りと言うのは、気分をおかしくさせるのかもしれない。
「不思議な幸せを感じます。体が熱くなって、もっと触れていたい、そう思うのです。この気持ちの答えを、ただの好意と呼べるのか、僕にはわかりません」
告げた僕に彼女は笑う。
「恋だな。あたしゃお前ぇに惚れたぜ。一目惚れってわけじゃねぇけど、話をしてたら、なんか……なんつーか…………綺麗な人だなって思ってさ」
綺麗という表現が、何であるのか僕にはわからない。
何を、何を表しているのだろう?
「初めて知る欲望ですから、欲望のままに動くことを、許してはいただけませんか?」
「あたしもお前ぇを求めていいんなら、構わないぜ。人と話すことだって、たしかに多かなかったが、こうやって触れたいって思うのは初めてだぜ」
本で見る恋は、切なく苦しいものもあったが、そんなことはなかった。
これが恋だというのなら、なんと素敵な感覚なのだろう。
まだ永遠に一緒にいたいとまでは行かないが、彼女と時間を過ごしていれば、その感覚を知ることもできるかもしれないと思った。
遂に僕の近くへも、永遠が見えるのではないだろうかと。
そのために、彼女への想いを利用しているとは思いたくないけれど、そういう気持ちもあるのだろうかと思わずにはいられなかった。
そういう気持ちは消せるほど、深く恋に落としてほしい。同時に思った。
やっぱり、自分勝手なのかな、僕。
「この気持ちが勘違いじゃなかったらいいのですが……」
「そう、だな。本物だったら、いいな」
月だけが見守る中、二人きりの月夜の舞踏会に明け暮れた僕たち。
これほど今宵の月は綺麗だったのだ。
逃げ出したときにはなかった月が、今になって現れていることが、僕の未来をどのように指示しているのかはわからない。
明るくなる、そういう意味なのか。
それともこれが幻想に過ぎないことなのか。
「僕には、わからないのです。何が正しいのかなんて、何もわかりやしないのです」
声は口から零れてしまっていた。