笑顔
彼女に案内されたのは、家などとは名前ばかりでただの洞穴であった。
しかしそこを家と呼び、僕を案内してくれた。
「坊ちゃんの住んでる世界を、あたしゃ知らねぇ。けんど、あたしの住んでる世界だって、坊ちゃんは知んねぇ。そして、あたしたちゃあまりに極端だ」
「極端、そうですか。そういうものでしょうか? 僕には平均というものがわかりません」
「互いに金の一つも握っちゃいねぇ、それも両極端の理由でな。あたしゃ働いて食っていけねぇから、物を盗んで生きていくしかない、とんでもねぇ貧乏人だ。坊ちゃんは頼めばくれる人がいるんだろ?」
両極端というものは、やはり似通ったものになるというわけなのだろうか。
北極と南極、そのどちらもが寒いように。
そして僕が退屈な生活に疑問を覚える、そのきっかけとなった、永遠と刹那との差のように。
天才と馬鹿とが、紙一重と言われるように。
普通というものを知らないのだ。
僕も、この少女も、知らないのだ。
「そうです。えぇ、僕がくださいと頼んだならば、なんだって届けてくださいました。何せ、僕は大切な道具ですから」
微笑んでから、この暗闇では意味のないことに考えが至る。
何も思わぬうちに微笑みを作ってしまうほど、僕は人形に慣れてしまっていたのか。
……自分で感じたからこそ、悔しいね。
「道具か。ははっ、坊ちゃんも苦労してんだな。あたしにゃ想像もできねぇことだがさ」
「いえ、あなたの苦労に比べたら、僕など苦労しているとも言えません。贅沢ながらもより贅沢を望み、わがままを言って、自分を悲劇に例えて嘆くのです。真の苦労を知らないから」
手際よく何かを行っているようだが、僕には何をしているのかもわからない。
彼女がいると思われる方向の、単なる暗闇を見つめて、言葉を発すだけのことであった。
僕の言葉を彼女が理解しているとも思えないし、彼女の言葉を僕が理解できているとも思えなかった。
お互いに別世界に住んでいるというのは実にそのとおりのことである。
彼女にはこの暗闇の中でも見えているのだろうか。
迷うことなく動く彼女は、僕と同じく人間であるとは思えない。
どちらの方が、よりイレギュラーな存在であるのかは、わからないけれど。
人間であるとは思えないのは、彼女の方か僕の方か。
ずっと暗闇にいれば目が慣れるというのだが、いつになったら僕の目は慣れるのだろうと思いつつ、彼女の姿を見ている。
「それが、火、ですか?」
突如として明るくなったもので、僕は驚き思わず尋ねる。
昔の明かりが火であるということは知っていた。
僕が見ていた部屋は、どこも電気であったけれど、未だ火は明かりとして多く使われているということを僕は知っている。
どういう見た目をしているのかも知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
どれを取ってしても、初めてのことばかりなのである。
「お前ぇ、火も知らねぇで、今までどうやって生きてたんだ? あたしにゃ不思議でならねぇよ」
どうやって生きていたのか。その答えを僕は持たない。
与えられたもので生かされていたが、自力で何をできたこともないから。
「知りません。知らないのです。僕は何も知らないのです。言葉を知るも、知識を持つも、実用などしたことがないのです」
「変わった奴だな。いろいろ知ってそうな、勉強とかだってしてそうなくらいに見えるのに、知らないだなんてさ。本当に面白れぇ奴」
焚火とか言うのだったろうか。
慣れた手つきで火を灯した彼女は、僕に向けて満面の笑みを向けてきた。
その笑顔を、僕は知らない。