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頼み


「僕を、舞踏会に出してはいただけませんか?」


 そこには楽園があるような気がして、己の主にそう頼み込んだ。

 好きに本を読ませてもらっているだけでも、十分にありがたいことなのだし、それ以上を望むべきではないことなどわかっている。

 もちろん、その上での頼みであった。


 承知の上で僕はそんな頼みごとをするのだから、甘えにもほどがあるというものだろう?

 僕は、彼が僕の頼みを断らないことを知っていた。


 断らないというか、断れないというか。

 何にしても、彼は僕の主であったが、僕の言葉に逆らうことは難しい立場であった。


 なぜなら僕は人質であったからだ。

 主よりもずっと立派な家の出身で、けれど名目がなんであったか、適当な言葉で僕は人質として取られてしまったのだ。

 とはいえ彼には僕を不快にすることができない。


 僕が帰りたいと願ったとき、それを返さないのは簡単なことだ。

 文とて隠してしまい、僕の望むものさえ、隠してしまえば簡単なことだ。

 僕を持っているのが彼である限り、この地においては彼の方が強い力を持っていることは、あくまでもこの地においてはであるが、明白であった。


 しかし、僕の意思を隠すことが容易であるのと同じくらい、僕の意思が露見することもまた容易であった。

 それが知られたとき、彼はすべてを失うことになる。

 僕という大切な人質を手にしておくことができなくなれば、彼の所持するものがすべて奪われるそのときまで、時間はそう長くないだろう。


 ほかにもいろいろと事情があるようで、できるだけ彼は僕のために尽くし、僕の望むことをするほかないのだ。

 それなのに、それなのに……。


「諦めてはくれないか?」


 驚くべきことに、断られてしまったのである。

 主は彼であるのだから、ここで僕が文句を言うことは許されない。僕は今、彼を責めるべきではないし、彼を責められる立場でもない。


 僕が願うものをいつでも捧げてくれたのに、なぜ、そのようにそう難しくない願いを断るのだろう。

 まさか、不可能というわけでもあるまい。


 理由がないはずはなかったが、理由など僕には見当がつかなかった。


 本でのみ学んで来た僕には、少々難しい問題だったのだろう。

 偏りなく知識を取り入れようとしたところで、それはどれも知識であるという面での偏りが現れ、僕に実績というもの、経験というものを教えてはくれない。

 こうして断られてしまうと、尚、興味が出てくるというものであった。


 それほどまでに、僕を閉じ込めておこうとする理由を知りたい。

 世間知らずのままでいてくれた方が、扱いやすくいつまでも僕を持っておけるのだと、それくらいの理由ならば僕でもわかる。

 好きなことを好きなだけさせておいて、満足した僕は人形となる。

 それを望んでいることくらいは僕でもわかる。


 けれどわからないことがあった。

 操り人形にしておいて、上手くいくとでも思っているのか。


「いえ、諦めたくないのです。本を読むことも僕は好きですけれど、今の僕は、それよりも人というものを知りたいのです」


 冷たい視線を向けられている。

 蔑まれている。

 愚かだと思われている。


 人の感情を理解する力に乏しい僕でさえ、言葉にせずともわかるほどの、ひどく厳しい目であった。


 僕のことを道具としか思っていない。

 僕は人形でしかないことを、腹立たしいほどに伝えてくれた。


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