答え
彼女が望んでくれるので、僕は彼女に寄り添った。
できるだけ彼女のために尽くした。
とても謙虚で遠慮深い彼女は、僕が与えようとしても、断ってしまうことが多かった。
それがまた魅力的で、僕は彼女に惹かれる想いを止められなくなっていた。
永遠に一緒にいたい。
ましてや、この愛は永遠だとか、思ってしまっていた。
永遠が刹那であることを、知って恐れて知りたくて、そして逃げ出した本の中。
外の世界で永遠を望む心を知って、今更あの日のあの言葉、あの考えが蘇って来ては嘲笑う。
望むことさえ無駄なもの、それが永遠というものと。
馬鹿らしかった。
幸せなだけに、馬鹿らしかった。
もっといろいろなことが知りたくて、もっと広い世界を見たくて、僕は外の世界に出るために脱出をしたはずだった。
それなのに、僕は何も知らない。
結局、あの後、両親が彼をどうしたのかも知らなかった。
昔の方が、下心に満ちた彼が隣にいたおかげか、思惑というものも読めていたような気がする。
今はただ、幸せだった。
幸せだけれど、その終焉をどこかで見てしまっている。
目の前の彼女も幸せそうにしてくれている。
彼女は書を読んでも、僕と同じように学びに没頭することがあっても、幸せの終焉を幸せの中で見ることなどないのだろう。
彼女は、今を楽しむ力を、素直さや無邪気さを持っているのだろう。
僕を覗き込む笑顔が、羨ましく思えた。
同時に僕の浮かべる笑顔はどれも偽物かのように思えた。
すぐに終わることを知っていて、僕はその中で幸せを選ぼうとしている。
これを本当に幸せと呼べるのだろうか。
無常。
悔しかった。
「どうして人には終わりが訪れるのでしょう。感情など交えず、昔はただ客観的にしかそれを見ていなかったのに、最近はあまりに幸せで、終わりが怖く思えるのです」
解決する術を持たなかった僕は、彼女に相談をしてみた。
「……そっか」
返って来たのは、短い言葉だった。
暫く深く考え込んだ。
「そんなこと、考えたこともなかったな。だって死ぬのなんて、人じゃなくたって、みんなそうだろ。当たり前のことだし、避けられることでもない。なら、今を楽しむだけでいいじゃん」
熟考の後に返ってきた答えは、どんな本よりも胸に刺さった。
笑えばいい。笑えばいいんだ。
楽しかったら笑えばいい。
どうして今までの僕には、そんなこともわからなかったのだろう。
今を楽しむだけでいい、そのとおりだ。
思い詰めて笑われるなら、笑い狂って笑った方がいい。
他人の掌の上で、望んで踊ってやろうじゃないか。
踊らされているんじゃない。自分の意思で踊っているんだ。
そこが掌の上とわかっていて、それでも僕は踊っているんだ。
理由は一つ、楽しいから。
それだけで、十分だったんだ。
「舞踏会を、開催しませんか? 僕とあなたと満月と、参加者はそれだけで」
「ははっ、踊りなんてできるかな。いろんな勉強はしたけど、踊りなんて習ってないし」
「好きに踊ればいいのですよ。楽しめばいいのです。ダンスの作法を知らないのは、僕だって同じことですから」
「それもそうだな」
毎月、月が満ちるその日には、秘密の舞踏会が開催されることとなった。
月は僕たちに仮面を被せ、素顔の僕たちのマスカレイド。
仮面のいらない仮面舞踏会。
それは唯一、僕が僕でなくなり、僕が僕になる夜だった。
笑え。狂うほど。
望め。狂おしいまま。




