プロローグ
〜「普通」〜
特に変わっていないありふれたことを指す言葉だ。
その言葉に、誰よりも憧れて、誰よりも普通でいたいと思った、凡人という言葉が好きで、浮きもなく沈みもないそんな人生を送りたいと心から願った、齢たったの9歳の出来事だった
母を交通事故で亡くした、それから8年が経ち、今年で17になる、心から全てを拒絶し、生きる希望を見出せなかったあの頃の自分を救ったのは、バレーボールだった
部屋から出ることをしなくなった自分を叔父さんが見兼ねて連れてった近所のバレーボールクラブ、行ったのはたったの一回、決して強いチームな訳でもなく、熱心なコーチがいたわけではなかったが、ここに連れてこられたことが自分の人生の分岐路だったことは確かだ、この空間で教えてもらったルール、受けた言葉、そしてボールの重み、魅力にひかれるのに時間はかからなく、なにより母が亡くなった傷を癒してくれる力がそこにあった
その日以降、なぜそのクラブに通わなかったのかはもう覚えていない、何があの場から自分を遠ざけたのかはわからないが、小学校卒業まで隣町のクラブに通うことになる、
丁度その頃、母が亡くなったことを思い出話にできる頃には自分が普通とかけ離れ始めたことにきづいた
周りより、頭一個ぶん出るほどの身長差が開いた、普通でいたいと思う気持ちと、誰よりも上手いプレイヤーになりたい気持ちの葛藤に気づかないままに「身長」それだけでバレー中堅校を選んだ
それからも身長は伸び続け、思春期を迎えた、身長は180センチに乗った頃に、ようやく気持ちの葛藤に気づいた、エースでありながらも自分はどうなりたいのか、どうしたかったのか、全てに気づき、全てを決断したのは自分たちの代を終えてからだった
幸い決めた後に苦労はそこまでしなかった
顧問の先生が厳しかったことと、学校方針が文武両道だったことが原因だろう、学業をこなしながらの学校生活、元々の素質か、勉強はできる方だった、
「これからは普通の道へ」
高校は私立高を選んだ、そうだ、これからは普通に大学へ行き、就職し、結婚し、退職して、孫や子に看取られながら、我が人生に後悔なく逝く、そこに「バレー」という文字はない、そのための一歩を踏み出し始める
気づいてはいなかった
気づかないのも無理はない
彼はすでにレールを外れていた
あの人生の分岐路で
進んでいく先、そこにあるのが希望か絶望かもわからない
しかし、その道が普通ではないことは誰の目にも明白であった、その道が加速する
今、大きく動き出す
高校2年生、初夏、四谷大牙、17歳
物語が幕を開ける