一緒に堕ちはしませんが、
麗らかな休日。
ダチの部屋でごろごろしながらパソコンなんぞ借りて弄っていたりする。
パソコンデスクに座って近々公開される漫画の映画サイトを頬杖ついてクリックしていると、背後にあるベッドでごろ寝しながら漫画を読んでいたダチから声がかかった。
「なー。尚志ぃー」
「んー?」
「男同士って気持ちイイんかな」
「……………」
微妙な間を開けて、引き続き俺は頬杖を着きながらサイトをクリックしつつも両目を伏せた。
…いつかは言い出すんじゃあないかと覚悟はしていた。
俺には若干不釣り合いな親友がいる。
背丈は平均よりはあるものの、性格地味でこれといって趣味も特徴もなく誰かの印象に残りにくいという、ちょっと便利であるも虚しめな俺こと犬伏尚志。
本が割と好きで、休み時間も人知れずぼーっと教室の端の机で読んでいるようなこの月タイプとは対照的に、常に笑顔を振りまき教室やイベントの中央に位置し、教師どもからの信頼も厚いという太陽タイプの生徒が少なからず存在することは誰もが知るところだろう。
とは言っても、各クラスにそういった者がいる訳ではなく、希に存在するというだけだ。
実に場が華やぐしイベントは盛り上がるし、教師どももそいつをパイプ役にして生徒たちを操作しやすくなる。
所謂、人気者兼リーダー気質。
うちのクラス…どころか学年のそれが、俺の幼馴染みの守田日陽である。
身長は平均よりちょい下だが、ふざけた美顔と美脚をしている。
中性的ではないにしろ、実にパーツがいい。
室内競技部とは言え、日焼けとは全く無縁の白い肌。
細くてストレート過ぎて寝癖も付かない明るめの髪色に、愛嬌のある顔立ち。
渋谷とか新宿遊びに行くと、冗談抜きで声をかけられなかったことはない。
文化祭の女装ミスコンでは、遠目に見てしまえば身長は誤魔化されて女子にしか見えなくて素直に笑った。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、性格上々。
外面だけでも人の気を持っていくツラしてるが、如何せん性格がなかなか宜しい。
擦れてないんで、一緒にいると、こっちも無駄に外面しなくていいのか…と人に思わせる。
…まあ、一度会ってみれば分かるだろう。
とにかく、地味でぼんやりしてる俺と、明らかにキラッキラして青春謳歌してる日陽は、家が近いということと母親同士が仲がいいという設定の下、かれこれ出会って以降、友達をしている。
所謂幼馴染みという奴かもしれない。
単に仲がいいのか親友なのか、境界が難しいが、たぶん親友でいいと思う。
俺はそう思ってる。
何故か。
「…何読んでんだ日陽」
「あはは。新作~♪」
「…」
パソコンを見ながら呟く。
返事を浮けて、ローラーの付いたイスで回れ右。
寝っ転がったまま、いえーいと片手で軽く持ち上げるその表紙は、何をどうしたらそーなるのか、はだけたシャツの男と白衣の男が絡み合っているイラストだった。
軽い頭痛がするが、もう慣れてきた。
ジャンルとしての“BL”の存在は知っている。
本屋でも結構開けっぴろげに売られていたりするし、その前を通る時は「女って怖ろしいな…」と思いながら素通りする。
…そう、BLは知っていた。
そういうのが好きな女を“腐女子”というのも随分前にニュースの特集で見た。
ネーミングセンスはなかなかだと思った。
まあ勝手にしろよとも思った。
しかし、何だかんだで半年くらい前になるだろうか。
俺の辞書に未だ嘗て登録されていなかった“腐男子”という単語が載ったのは。
『ち、違う!!それは姉貴ので……!』
とか。
日陽のベッドの下から何気なく発掘してしまったいかがわしい表紙の漫画本を前に、赤い顔をして狼狽していた親友が今となってはちょっと懐かしい。
その時俺がある程度引いていれば良かったのかもしれないが、少し驚いたものの、思ったより衝撃でもなかった。
同性愛の芸能人だって普通にテレビ出てるし、ネタにしている奴もいる。
呆れはしたが引きはしなかった。
しかも、その時の日陽は本気で焦ったらしく、いつもあっけらかんとしている彼がおろおろしているのは見ていて少し可哀想であったというのもある。
この幼馴染みが腐男子でも衝撃を受けず、以降も一緒に連んでいるというあたりで、俺は当初自分で思っていた以上の愛着が目の前の普通のダチにあるのだということに気付いた。
だから心の中で親友に格上げをしておいたワケだが、元々日陽の中では俺は親友格であったらしい。
別にいいんじゃねえの? 好きなら好きでも。
…ただし、あんま人にバレんなよ。変態扱いだぞコレ。
べっしとそのいかがわしい表紙で頭を叩いてやってから、そのまま読み途中の漫画本(健全な少年漫画)を読み続けた。
その時の反応を見て、たぶん俺はその辺を気にしない奴だから遠慮はしないでいいだろうと思ったのだろう。
今ではすっかり普通に、目の前でそっち系統の本を広げて読んでいたりする。
日陽の場合、エロ本が本棚の隅に何食わぬ顔で並んでおり、ベッドの下やクローゼットの奥にあるのがそっち系の漫画だ。
なるほど。人間更に隠したいものがあるとその手前のレベルは軽んじることができるらしい。
以前、クラスメイトの小野寺ん家に遊びに行った時も、そう言えばエロ本が普通に本棚に置いてあって少し驚いた記憶がある。
たぶんあいつも何かしら更なる秘密があるのだろうと今は睨んでいる。
日陽の好きなそっち系統は読み切りが多いらしく、俺もちょっとだけ読ませてもらったが、胸ヤケがしてすぐに止めた。
医者と患者とか、リーマン同士とか、親友同士とか芸能人とマネージャーとか、ちょっと夢見がちな設定が流石女子向きとは思ったが、何にせよそーそー流されてンな関係になるかよと思う。
「なあ。気持ちイイと思わん?」
「思わんな。全く思わん」
「んー。やっぱそーかな~…」
読んでいた漫画を閉じて、朝日が仰向けに寝っ転がり身体を伸ばした。
ヘソが出てるぞ、ヘソが。
阿呆なこと言ってる親友にため息を吐いて、再びパソコンに向く。
「でもさ、前立腺とかって男の特権らしいぜ。めちゃくちゃ気持ちいいらしいし」
「前立腺って何だっけ」
「え? えーっと……内臓?」
「あー? ……いや違ぇよ馬鹿。膀胱の下にある腺だとよ。精子の働きを促すって」
会話しながらググっておくと、あっさり正解が導けた。
背後からブーイングが飛ぶ。
「内臓じゃん」
「いやまあ、内臓っちゃ内臓だけどな…」
「女にはないんだってよ」
そりゃそーだろーよ。
野郎性器の一部じゃねーか。
反撃が喧しいから心の中で突っ込んでおくと、仰向けだった朝日が再び俯せに身体を返した。
肘を皺寄ったシーツに着き、匍匐前進の要領でもそもそとベッドを俺の方へ移動してきて、両手をぶらりと床に垂らして、そこを小さく叩く。
「な な な。尚……」
「いや、やらんよ」
速効拒否っておく。
何を提案したいかが見え見えだ。
流石にそれは無い。
きっぱりと拒否った俺に、日陽が眉を寄せた。
「まだ何も言ってねーよ!」
「この流れで他に何を言うっていうんだ。バレバレだろうがよ」
「話も聞かねえのかお前は。最低だな!」
「おおそうか分かった。なら聞いてやる、言ってみろ」
「ちょーっとだけ俺とヤってみませんか」
「ヤってみません」
「違…いやヤるって言うか、どんだけ気持ちいいのかちょっとだけ突っついてみてほしいっつーか」
「ちょっとも何もお前それどう考えたってガッツリだろ!」
片腕伸ばされ、座っていたイスの足が一つ掴まる。
引っ張られてイスごと背後に滑った俺は回転に任せてゆるやかに反転すると、ずべしっと寝ている日陽の頭を叩いた。
「ってえ!」
「漫画に影響されすぎだろ。痛いに決まってんじゃんそんなの。ケツ使うんだろ?」
「…やっぱ痛いんかな」
俺に叩かれた場所を片手で撫でながら、空いた片手でジーパンの上から自分の尻のラインに中指を添えて撫でる。
両腕組んで、俺はため息を吐いた。
「つか、女だってケツに入れるわけじゃないんだ。そもそも役目が違うのに入るかよ」
「いや、いきなりは無理だと思うけどローションとか使ってさ。指とかで慣らしてからって漫画だとよく…」
「いや無理だろ。指はともかく」
女子と違って子供を作るための特別な器官があるわけじゃない。
漫画なんてものは美化されているからどうだか知らないが、現実は無理だと思う、俺は。
エロ本とかDVDは勿論見るが、残念ながら童貞なもんで、言わせてもらえば女の身体に自慰してる時の自分のそれが入るかどうかも甚だ疑問だ。
この目で見るまでは未だ半信半疑だ。
女は神秘でできてるし筋肉少なくてぶよぶよしてっし、柔らかいから可能かもしれないが、野郎にそれが務まるか。
「どーーーしてもやりたいんなら、定規とか使えば」
「うわ…っ。サイッテーお前。そーゆー趣味?」
言った瞬間、想像して痛そうだったのか、両目をぎゅっと閉じてびくりと日陽は肩を震わせた。
趣味で言うなら確実にお前の方が異常だ。
「ならバイブでも使えよ。買えるだろ、ネットとかで。できるんじゃないか?」
「はあ~? ヤだよ。欲求不満な女みてーじゃん。無いからそれ」
言ってること無茶苦茶だろ。
前立腺押されてみたいけど道具は嫌だって、じゃあお前やっぱりガチしかないじゃないか。
俺の半眼に気付いたのか、日陽が苦笑してから尻を押さえていた手を離した。
再び、ぶらんとベッドから両手を垂らし、シーツに顎を載せて悄気る。
「…一回やってみたいんだけどなあ」
「…」
「仕方ないか…。んじゃ他に誰か」
「いやいや、ちょおっと待っとこうかそこは」
とんでも発言に流石に焦って突っ込んだ俺に対し、日陽はけらけらと笑った。
「ばっか、ウソだよ。んなことやったら変態じゃん」
「そうかそうか。そりゃ良かった、その辺の自覚はあるんだな…」
「でも“若気の至り”で笑い飛ばせるのは今のうちなんだよなー」
ごろんと、再び日陽が仰向ける。
だから腹が見えてるって、風邪引くぞ。
ベッドの反対側にある壁に持ち上げた両足の裏を置いて、妙な体勢のまままた本を拾うと上に広げてぱらぱらと読み始める。
…どうも本気で興味があるらしい。
犯罪じゃないだろうから止める義理は無いのかもしれないが、しかしなあ…。
…。
「…なあ、日陽」
「んー?」
「普通どーゆー展開でそーゆー状況に転ぶものなんだ、漫画なんかでは」
ぼんやり聞いてる話だと、金持ちのぼんぼんに一目惚れされた美少年とか、元々顔見知りだったダチ同士とかの組み合わせが多いらしいが、仲が良くなって付き合う、キスする…まではいいが、その先に一歩踏み込むには相当な切っ掛けが必要だろう。
男女間だって結構勢いと度胸が必要だぞ。
「うーん。そーだな~…。親友とかだと、大体かたっぽが途中から友情じゃなくて恋愛目線で親友見てて、いい加減我慢できなくてある日突然告ってみたとか襲ってみたとか」
「理性足りてねぇんじゃねえか、そいつ」
「ほれっ」
本を片手に持ったまま、いきなり、ばっと日陽が自分のシャツをめくり上げた。
元々ヘソが見えてた白い肌の面積が、途端に胸下まで晒される。
バスケで鍛えた腹筋は俺みたいに割れてこそいないものの、そこそこの凹凸が付いていて且つ滑らかだ。
知ってる知ってる。
体育の授業の度に、着替える時ちらちら視界に入ってくるからな。
げんなりと目を伏せてため息吐いた。
「…しまえ、馬鹿」
「いやここはお前『日陽…』とか囁きながらキスするところだぜ。『止めろよ尚志!何だよ急に…!?』『俺前からお前のことが…。誘ったのはお前だぜげっへっへ!』『きゃー!』がばあっ!!」
「…理性足りてねえよ絶対」
一人でハイテンションな妄想を繰り広げ、自分で自分の身体を抱き締めてごろごろしてる日陽の台詞に、俺の方が少し赤くなる羽目になった。
馬鹿馬鹿しい。
つくづく怖いな、女って…。
女姉妹がいなくて良かった。
いたら俺もこんな感じで影響されるのだろうか、怖ろしい。
「もしお前が俺に惚れてたら、今日とかは絶好の強姦日だよな」
「あー。ないない。惚れるがまずない。強姦とかも人として有り得ない。大体、お前がヤってみたいっていうんなら完全に同意の上じゃねーか。強姦じゃねーしそれ」
「あはははっ。そりゃそーだ! ……」
「…?」
大きな声で笑い飛ばしたあと、不意に静かになった。
急なテンションの落下に違和感を持ち、爪先を床に着けて微妙に回転していたイスを改めてベッドへごろ寝している日陽に向ける。
仰向けのまま、逆さまの顔がこっちを見上げていた。
「どうした。疲れたか?」
「…あのさ。本当にちょーっとだけでもヤる気ない感じ?」
「あ…?」
再度投げかけられる質問には、何故か少し詰まった。
詰まったが、違和感ない程度にはじき返した。
「だから無理だって。入んねえって」
「お前童貞だから練習になんじゃね?」
「うるせえよ」
なんだ畜生。一回くらい経験あるからって。
その彼女とはすぐに別れたらしいじゃないか。
口に出すと馬鹿にされるから言わないが、可能なら俺は運命の相手に操は立てたい。
何なら、結婚するまで童貞でも構わんくらいだ(流石にそれは相手の女が可哀想なんでスキルは磨いておきたいが、本心はそんな感じで)。
そうガツガツしてはいないんでその辺攻められても小ダメージだ。
大学とか行ったら否が応でもそういう状況はあるんだろうし。
俺の二度目の拒否に、日陽は両手両足を投げ出す。
「ちぇー。つまーんねー!」
「読んで楽しむだけにしておけよ。あと他の奴に頼むとか止めろよな」
「いやそれはやんねーよ。俺が腐ってるの知ってるのって姉貴とお前くらいだもん。頼めるとしたらホント尚志くらいだし」
「すまんね、力になれずに」
「ねえ、んじゃあさ!」
突如、日陽がベッドの上で身を起こした。
あそこまでごろごろしておいて、やっぱり髪に変な癖はつくことなく形状記憶なみにさらりと落ちる。
ぺっと漫画を放り出して(大切なんじゃないのか新作)日陽はイスの肘掛けに置いていた俺の片腕を引っ張った。
「ちょーっとこっち来て、ちょっと」
「何だよ…」
「なんもしねーから雰囲気だけ」
「雰囲気だあ~?」
引っ張られるままイスから立ち上がってベッドサイドに立っていると、俺の片手を指先で握ったまま、尚もぐいぐいと引かれ、ベッドに上がるよう促される。
野郎二人がベッドに上がると軋んで壊れそうで、ちょっと怖々だった。
「ベッド壊れないか?」
「足こっちな。膝付いてさー。…よしよし」
何をやらされるのか、指示の通りに動いてみると、よく腹筋する時に足を押さえる方のポジションになった。
体育の前運動でよくやるよな、これ。
流れにのって足首押さえててやると、身を起こしていた日陽がごろーんと仰向けに寝っ転がる。
「よし!」
「腹筋やるのか?」
「やんねーよ。筋トレは風呂上がりにしてんもん。 ここ。俺のここに手ぇ着いて」
「あ?」
示された場所は日陽の右耳横あたりで、俺は無造作にそこに左手を着いた。
座ってちゃ届かないんで、腰を浮かせる。
「右手も反対側な」
「何なんだよ…」
「押し倒されごっこ」
「はあ?」
などと気付いた時には既に状況が出来上がっていた。
俺って結構迂闊なんだよな…。
確かに、言われて見れば押し倒している状況に見えなくもない。
何か愉しいのか、こんなことして。
照明はあるが、それよりも窓の配置と時間からから、差し込む日光を俺が遮るかたちになるんで下の日陽の上には影が落ちていた。
枕の上に流れてる髪の色が、いつもよりも暗めに見える。
「…おお~」
「満足か。どうだ。今おばさん来たら確実に勘違いされるぞ」
「ほほう。なるほどなるほど。ここから見ると確かにいつもより五割ばかし男前に見えるぞ、尚志」
「そーかいそーかい。五割もかい」
「まあ、五割増しでもお前基礎値が低いからあんま変わんねえな」
「殴るぞ」
「なあ。俺は俺は??」
影の中で自分を指差し、日陽が笑う。
「何が?」
「それっぽく見えてるもん?」
「いや、それっぽくがまずよく分かんねえけど…」
男前が上がって見えてるかということか?
そう問われれば、いまいちの気がする。
男前というより…うーん。
「それっぽいっつーより、軟弱に見えるな」
「軟弱…って何だよそれ」
「いつもより小さく見えるっつーか…。しおらしく見えるっつーか」
「しおらしいって具体的にどーゆー形容詞だっけ」
「…」
改まって聞かれるとよく説明できず、俺は端的に言い直した。
「まあ、それなりに可愛く見えてるよ。女っぽいとはまた違うけどな」
「あいてっ」
「もういいだろ」
ぺちっと右手で日陽の頬を叩いて、身を起こそうとすると。
「うお…!?」
不意ににゅっと下から両腕が伸びて、俺の首を捕らえた。
完全に悪意のない日陽の笑顔がアップで映る。
「んじゃあヤれそう?」
「ヤれるかああああ!! おま、ば……っちょっと落ち着け!」
力づくで身体を起こしてベッドに尻をついても尚、日陽は腕を放さなかった。
ぶらんと俺の首の後ろで組んだ手にぶら下がるようにして、日陽も中途半端に上半身を起こす。
…首が重い。
目を伏せて、ため息を吐いた。
「…いー加減にしろよ、日陽」
「えー? だって俺、ガチで考えてヤれるとしたらお前以外有り得ないしさ。キモいじゃん、野郎の入れるとか」
「俺だって野郎だっての」
「特例っすよ。お前なら冗談で済むし」
「…あのなあ」
首の後ろの手を解こうと両手を伸ばしながら、げんなりする。
「俺だって誰か野郎とヤんなきゃ死ぬとか言われればたぶんお前に頼むだろうけどな、そんなこともないんで今は無理だわ」
「そーなん?」
「だってお前普通に顔はいいし性格いいのも知ってるし、気心も承知してるし」
「ヤれんじゃんよ」
「それとこれとは完全に話が別だ。…ほら、離せよ。重いっつーの」
漸く、日陽の手を解くことが出来た。
ぱっと離すと、反動そのままに日陽の身体がベッドに落ち、音を立てて軋んだ。
諦めたのか、ふう…と息を吐く。
「やっぱ無理か…」
「そんなこと言ってるがな、じゃあお前逆に俺が試しにヤってとか言ってきたらできるのか? あれだぞ、お前。お前が全然BLとか読んでない普通の状況下で女子が大好きで、その中でだからな」
「そりゃキモいだろ」
「だろ?」
「だって尚志の場合身長でかいし、俺ほど顔良くねー…あいで!」
「死ね」
失礼な奴だな。
これでもそれなりに告られてんだぞ。
確かに世間一般でのお前的な美少年ではないかもしれんが、言う程じゃねえよ。
ベッドから両足下ろして立とうとしていると、シャツの背中を日陽がくいと掴んだ。
「んじゃーフェラとかどうよ。やってみねえ?」
「…前立腺どこいったよ」
当初の出発点から大幅にズレ始めたぞ。関係ねーだろ。
寧ろ、俺的にはフェラの方が有り得ない。
…と言うかここまで来るとさ。
「お前、単純に溜まってるだけなんじゃねえの?」
「あ~…。そーかもしんない」
「あれだけエロ本あんだから、今晩でもやっとけよ。よっぽど健全だろ」
「漫画とかだとお互い擦り合うってのも」
「止めれ」
想像するだけでおぞましい日陽の台詞に、俺は悪寒が走った。
どーゆー世界だ。
それを愉しげに揃えて読んでる親友が今更ながらに心配になってきたぞ。
ベッドに座った状態の俺のすぐ背中でまだちら見になっている日陽の腹が見えたんで、片手で何気なくシャツの裾を引っ張って隠してやった。
「相手が要るんだもんなー…。一人なら俺一人で試しできんのに、めんどくせ」
「…」
「誰かいねーかな~」
一度手に入れた興味はそう簡単に引かないらしい。
抑も好奇心は旺盛な方だしな。
勉強でも、暗記すりゃなんとかなるだろと取りかかっている俺と違って、日陽はガチで興味を持って理解してこなす。
その辺は見ていて実に格好良い。
疑問点があれば素直に聞きに行くし、時々それに答えられずに後々呼ばれて調べた内容を説明する教師もいる。
教師どもも、その辺を分かっているから生徒としてもかなり可愛いのだろう。
例えば新宿二丁目とかに遊びに行って立っていれば、こいつの外見からしてすぐに声がかかるのだろう。
興味が勝って手頃な相手探して、うっかりどっかの見知らぬおっさんとかに頼んだり…はしないよな、まさか。
自分で巡らせた予想に、軽く鬱った。
今まで通り、読み物として楽しむ分には一向に構わないが、そんなことをされたら流石に止める。
…。
「…おい。日陽」
「あん?」
身体を捻ってシーツに片手を着き、横たわっていた日陽に顔を近づけると、やけに早い反応で日陽が肘を着いて枕から顔を浮かせた。
「え、な……っ」
口キスは有り得ない。
有り得ないから、ちょっとした冗談で、日陽のシャツ襟を人差し指で引っ張ると右の首筋にちょんっとキスしてやった。
してやった瞬間、びくっと日陽の全身が震えたのが唇から解って、妙に、急激に、一瞬だけ何故か焦った。
少し慌てて顔を離す。
……あ、やべ。
マズったかもしれん。
完全に冗談として笑い飛ばすつもりが、ちょっと顔が熱くなった。
…つか顔が熱くとか、馬鹿か俺。
いやでも、人肌って直で触るとそれだけで照れるもんだしな。
予想外の反応がバレないようにさっさと顔を背ける。
「あのな…。馬鹿なこと言ってないで、この程度で我慢しとけ」
「……」
「…おい」
「あ? …お、おうっ」
二度目の呼びかけて振り返ってみたところで、ぱっと日陽が顔を上げた。
その顔と目が合ってぎくりとする。
ちょっとやそっとの緊張じゃ平常心乱されないこの馬鹿が、少し驚くくらいに赤く染まっていた。
湯気でも出そうだ。
俺と同じで、ぱっとすぐに目線を下げて軽く俯く。
いやいや、止めよう止めよう。そういう反応は。
こっちまで焦るから。
「何赤くなってんだよ。ヤれとか言ってた奴がキス程度で」
「おおお~っ。何か…今無駄にビビったあ」
「ビビるなよ…」
「そーだよ。何で俺だけビビらなきゃなんねーんだよ。お前もビビれ!」
「いやいやいや。俺はキスとかいらんから」
俺と同じ場所に口つけてこようとする日陽の顔面を情け容赦なく片手で押し退け、俺は立ち上がった。
ひらりと片手を振りながら、パソコンデスクの横に置いていた財布と携帯を取る。
「終わりだ終わり。くだらないことやってねーで、何処か行こうぜ」
「あー。そだなー」
間延びした声で、日陽もベッドから立ち上がる。
読んでいた宜しくない漫画を家庭用ゲーム機の空箱に押し込め、横にしてぐいぐいとベッドの下へ押し込んだ。
そこに仕舞い込まれている他の家具などの空き箱に並び、それは目立たなくひっそりと存在している。
…ああ。日本男児ってここまで来たか…。
フツーにいい男なのに勿体ねえなあ…。
まあ、彼女作らない訳じゃないから、そのうちまた恋人でも出来たらそっちに夢中になるんだろうが。
「何処行く?ゲーセン?」
「歩くのかったり~。母さん送っててくれねーかな。…かーさーん!!」
おばさんを呼びに日陽が先に下に降りていく。
悪いんじゃねーかなと思いながら俺も遅れて階段を降りると、おばさんは快く送ってくれるとのこと。
相変わらずいい女性だ。日陽の母親だけあって美人だし。
こんな人と結婚したいもんだ。
降ろしてもらった駅前でぶらぶら遊び、夕方…というかもう夜の類か。
ファーストフードで夕飯を食べてから、降ろしてもらった場所と同じ場所で、おばさんが迎えに来てくれるのを待っていた時だ。
「んなー。尚志ってさ、気持ち悪いとかあんま思わねーのな」
「…あ?」
定間隔で並べられている縁石に腰掛けて携帯弄っていた俺の横で、次の縁石に寄りかかって立ってた日陽がぼんやりとそんなことを言った。
アプリを続けながら答える。
「気持ち悪ぃとかはないかもな。何がいいのか分かんねーけど」
「だってさ、性別越えて愛し合えるってすごくね?よっぽどじゃん。世界中敵に回してるみてーなもんじゃん。そこがいいんだって!」
「そーかい」
「不倫みたいだよな。どこかの小説家が言ってたぜ。結婚は妥協だけど、不倫はそれらを全て切り捨てるから純愛なんだーとかって。なるほどなーと思ってさ俺」
「そーかい」
「あーあ。俺もーちょい美形に生まれたかったなー…」
嫌味か。
世の中の不細工が聞いたら憤慨するぞ。
勿論俺も憤慨するぞ。
「十分だろ。ヘアモデルとかスカウトされんだから。それ以上言ったら殴るぞ。ふざけんじゃねえ」
「でもさー、今日とか尚志が俺に抵抗ねえくらい美形だったらよかったじゃん。思わず勃つくらいの」
「だから、それ以前の問題だって。見た目がどうこうじゃない気がすんだが俺は」
「あ、でもさ。今日チューされた時は結構どきっとした!やばくね? 俺才能あるかも」
笑顔でのたまう。
何の才能だ何の。
それを言うなら俺だって焦ったわ。
普通誰だって焦るだろう、ああいう状況下は。
「前立腺は無理っぽいけど、そーゆー雰囲気は味わえたし。案外ときめくもんなんだな、野郎相手でも」
「ときめくとか…。焦っただけだろ」
「やっぱ面白いわ。また時々頼んでいいよな?」
「はあ?」
「何かすげー非日常で愉しくなかったか? 何なら参考書として何冊か」
「いらねーよ!」
「こっちの世界来いって尚志。めっちゃおもしれーぜ?」
お前は俺をどこに持っていく気だ。
俺が声を張った直後、おばさんの車が駅前のロータリーに入り込んできた。
参考書は拒否ったが、そのまま俺ん家まで送ってくれたんで、時々頼んでいい云々は拒否り損ねた。
その結果。
最悪にも、以降、日陽と遊ぶ日には、隔日でもって“ごっこ遊び”が入ることとなった。
「それ面白いん?」
俺が開いたパソコンのサイトを指差し、日陽が間延びした声で言う。
映画のサイトだ。
テレビドラマの方は見てたんで、続編っぽい映画はちょっと気になってはいる。
俺はイスに寄りかかったまま、むすっとしてクリックしながら返した。
「知らねーよ。まだ見てねえんだから」
「俺これドラマ見なかったんだよなー。刑事ドラマって疲れねえ?」
「……」
パソコンデスクに両手を添えていた日陽が寄りかかってきたんで、どすっと左胸あたりに体重がかかる。
髪の匂いが鼻に入ってきて、一瞬くしゃみが出そうになった。
…重いんだって。
「…日陽」
「あ?」
「降りろ。重い」
デスク前のイスに座る俺の片足を跨ぎ、さっきから邪魔くさい日陽が顎を上げて俺を見上げる。
「んだよ。情けねーな、これくらいで」
「邪魔なんだって。向こうでにゃん子とでも遊んでろよ」
ぐいと頭を押し、左手で日陽のほっぺたをむぎゅりと取って、俺の部屋の片隅で丸まっている飼い猫の方を向かせた。
何故か遠い目で日陽が呟く。
「いつ聞いても哀れな名前だな…美猫なのに。お前ネーミングセンスなさ過ぎだろ。子供とか生まれても絶対ぇ名前つけんなよ」
「ほっとけ」
「にゃん子とは後で遊んでやるよ。今はお前と遊んでるからその後な」
「止めろ止めろ擦り着くな」
俺に寄りかかったまま妙に背中を擦りつけてくる日陽が笑う。
「あっははは。やばい?ちょっとそれっぽい??」
「だからそれっぽいってなんなんだよ。邪魔くせえな。ソファの方行…うおーい」
不意打ちで鎖骨に口を付けられ、マウスから片手を離して目元を覆うと脱力した。
…止めろっつーの。
いい加減慣れてきたぞ、キスとか。
駄目だろ。
だから俺の家で遊ぶのは嫌なんだ。
日陽ん所と違って鍵がついてるから、いつもより多少エスカレートする。
そもそも、部活の違う俺らの休みが一緒になる時なんて滅多にない。
滅多にないが、今までと変わらず空いてる日は日陽から律儀に「××日休みなんだけどー」というメールが俺宛に届く。
遊ぶとなるとこーなることは分かっていて、拒否ればいいという話なんだが、その拒否り方が非常に難しい。
今まで、基本的に重なった休日はまめに遊んできた。
そこを突然、予定も入ってないのに断るとか、何意識してんだって話になってくる。
そんなことは有り得ない。
“ごっこ”があろうと、冗談なんだからさらりと流せばいいだけだ。
日陽と遊ぶのは面倒臭くはなったが、変わらずに嫌って訳ではない。
どうすりゃいいんだか、自分でもよく分からない。
鬱陶しさや面倒臭さと一緒に遊ぶ時間を天秤にかけて後者の方がまだ重いんだから仕方ない。
「…つーか、何か飽きたな。そろそろどっか遊び行くか?」
不意に日陽がそんな提案をする。
たぶん俺が黙り込んだんで、多少焦ったのだろう。
長い付き合いなんで、空気で一発で分かる。
そう、外出すればいい。
部屋にいるから悪いのだ。
そうすれば“ごっこ”はそこで終了なのもいつものことだ。
ところがどっこい、最近の俺は不思議と外出する気がそうそう起きない。
「やだよ…。面倒くさい」
「おお? めっずらしーな、尚志。どした。熱あるか?」
俺と同じ方を向いたまま、右手を上げてぴたりと背後の俺の額に添える。
うざったくて、その手首を取って払い落とした。
「別にねーけど、面倒だろ。駅前まで行くの。足ねーし」
「チャリでいいじゃん。お前こげよな。この辺住宅地であの辺行かねーと何もねーし」
「だからいいだろ別に、このままだらだらしてれば」
「うおっとお。そんじゃあお前パソコンばっかしてるし、俺はもーちょいお前で遊んじゃうぞ~!」
身体を捻り、冗談全開で日陽が俺の首に両腕回して抱きつく。
俺は再び右手をマウスに戻しながら気怠く息を吐いた。
「…まあ、別にいいけどな」
「あっはっは、マジでえ~? お前いつの間にそんなにノリ良くなったんだ。ハマった?」
「ハマるか。 でもまあ、何となく分かってはきた。こーゆー時はこーゆー感じだろ」
「ぉわ…っ」
顎を引いて目を伏せ、すぐ近くにある日陽の左耳の穴狙って口付けてやると、両肩を上げてびくっと顔を顰めて縮こまた。
そろそろと反射的に閉じた目を開け、耳を押さえてはははと微妙に力なく笑う。
やっぱり見てる方がぎくりとするほど顔が赤い。
反撃にてんで弱いらしい。
そんじゃ絡んで来るなよっつー話だ。
「いいねえ。正解正解。そんな感じそんな感じ」
「そーかい、そりゃ良かった。案外簡易な流れでいいんだな」
「まあ色々あるけどな。…あー。やれやれ。そろそろ猫と遊んでやるかな~」
膝から跳び降り、そそくさとにゃん子の方へ逃げていく。
何がしたいのか本当によく分からん。
漸く軽くなった左腿を軽く払ってからイスを引き、俺は改めてパソコンを見ることにした。
微妙な空気になるのが嫌で普通にしているが、馬鹿にされちゃ困る。動揺はしている。
そして動揺している自分にかなり呆れている。
…阿呆か俺は。
“ごっこ”を繰り返しているうちにじわじわと、日陽の方で何かの期待が本格的になっている気はしなくもない。
だからこそ俺がしっかりストップかけてやらんとならんわけで、ブレてる暇はない。
程よく受け流してやっとかないと。
…ただ、そういう意味で対峙すると、守田日陽という奴は相当手強い相手だった。
いつも満面の笑顔で並びの良い歯を見せて笑うような奴だから、時々する照れ笑いというか照れ苦笑というか…は、実にレアであり人間的に惹かれる笑い方で、最近ちょくちょく見るようになったそれ系の笑顔などは今まで見た中のどれよりもずば抜けて威力が強い。
例えば俺が女だったら一発で落ちるだろうと降参するくらいには。
よく女が男相手に“かわいー”などのたまい、何が可愛いだ見下してんじゃねえと胸中舌打ちしていたが、なるほど、確かに野郎でも可愛いものは可愛いらしい。
面と向かって言っちゃおそらくそれなりにショックだろうから言わないが、決して日陽の笑顔は“格好いい”ではない。
口キスは未だにないし冗談が前提だ。
その他諸々とかは、やはり有り得たくない。
俺は今後もそのスタンスを変える気はない。
だから余計に“ヤってみたい”とか言い出さなくなった日陽が本気で心配になっている。
……ああ。
やっぱり最初にあの有り得ん漫画本の類を捨てるよう進めるべきだったのかもしれない。
「……あー」
イスに寄りかかり、天井を見上げた。
なるほどな。
漫画の中とはいえ、人はこーやって流されるのか……と、妙に納得して目を伏せた。
END
こんにちは。著者の葉未です。
お読みくださりありがとうございました。
「小説部」から引っ越してまいりました。
BL風味のショートショート、少しずつあげたいと思います。
どうぞ宜しく。