2:踊らされて
「考え過ぎちゃダメ。死ぬわよ」
長いブラウンの髪をなびかせて、ツァリが兎倭理の前に現れた。作戦会議前に悠長に話していた女性だ。
俺はその言葉に驚かなかった。彼女は、そうゆうことをよく言うのだ。とにかくツァリが言わんとしていることを吟味して、率直に答えた。
「…わかってる…」
答えた直後、その重苦しい雰囲気を完全に無視して、軽男、サーフがその女性に反応した。
「うわっ!ダレだよこのべっぴんさん!!」
サーフと言うアホな存在にツァリは今頃気付いたようで、
「あら。ダレ?このマヌケ面」
と眼を真ん丸くして俺に聞いてきた。友達だと言うと何かイメージ悪くなりそうだな…。
…ということでイロイロな概念を無視して面倒くさいことになった。
「えーと」
俺はとりあえずサーフを見据え、ツァリに手のひらを向けた。
「この人はツァリさんだ」
ツァリは丁寧にもサーフに軽くお辞儀をした。
「どうも。ツァリ=ビルィンです」
「で、こっちはサーフ」
紹介されたサーフは、調子良くペコペコして、頭をかいて、空いている手を差し出した。
「サーフ=ゼロウォールです!!ヨロシク!」
そんなサーフに、ツァリは迷惑そうな、とても不愉快な顔をした。
「…私あなたと付き合う気ないわ」
言われた途端サーフがガックリ肩を落とした。
「フツーに振られた…」
「……」
アイタタ。頭が…。
泥臭い漫才を見ているようで頭が痛くなってきた。大体何、俺には理解できないけど会話成立してるし。意味わかんないよ。
「そんなことはどうでもいいわ。とりあえず兎倭理くん」
そんなことって…と隣で苦笑いするサーフはこの際放置しておく。
「敵の攻撃は今夜、2300時からよ。それまでに機体の整備をしておきなさい。それだけ。じゃあね」
ふわっと髪をなびかせて去ろうとする背中に俺は待ったをかけた。ツァリが少し驚いた様子で振り返った。
「 ? なに?」
DR3−4『カヴィ』の中で、俺は最終点検を行っていた。
ここは格納庫である。と言うことは当然他にも何百体と言うカヴィがガレージに配備されている。ちなみに“ガヴィ”とは、カブの主力人型兵器で、戦車に足をくっつけたような機体である。防御力を重点的に固めるも、250mm滑空砲の攻撃力もさながらに高い。砲が大きい為、命中精度は落ちているが、まあまあな機体と言っていい。移動速度が非常に遅いのが玉に瑕で、最大時速50キロしか出ないのだが、それでも防衛だけなら十分であろう。
「どーお?」
隣の機体のコックピットから、ツァリがひょこり顔を出した。そう、俺はツァリと一緒に機体の調子を見に来ていたのだった。特に理由はないが。
「問題ないみたいだー」
そう返すと、彼女はにこっと笑って、
「そーお」
再びコックピットに潜っていった。
にしても、実戦で活躍出来るのだろうか?ずっと、この疑念だけが不安で仕方なかった。
どんなに機体性能が良かろうが、実戦で活躍しなければ意味がない。
そうなのだ、実は殆んどの兵士が実戦を体験、経験したことがない。俺もツァリも含めて。演習なら嫌と言う程繰り返したが、果たして・・・。
「おーい」
「わぁ!!?」
突然声がコックピット内からした。狭いコックピットは、見渡すほどもなく、当然誰もいなかった。
…そういえばさっきの、ツァリの声?
「ははは。バーカ」
「……無線か…」
声から察したのか、彼女は俺を馬鹿にしたように笑った。入れっぱなしにした無線が鳴っただけだったようである。ツァリが俺にイタズラしたのだ。
それだけでこんなにも驚いてしまうとは。さらに実戦への不安が募る。
そう、これでは実戦どころではない。戦闘はもっと突然で、恐ろしいことが起こるハズだから。
自然と体に、力が入ってしまう。と、無線からまたツァリの声が入った。というか何故かため息している。
「…力まないで。大丈夫よ、兎倭理くん」
…こいつは俺の心でも読む能力があるのだろうか。図星と言える言葉に、俺は返答出来ない。
「大丈夫、大丈夫だから。・・・ね。そうやって冷静を保てなくなるときが、なにより一番危ないんだから。しゃんとしよ」
そうだ。冷静でいられなくなるときが一番危ない。…分かってる。分かってるけど・・・やはり不安は拭い切れなかった。