表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

2015年/短編まとめ

刃物に魅せられた子

作者: 文崎 美生

「おい、小梅」


声を掛ければ、ぼんやりと窓の外を見ていた小梅が俺を見上げた。

キョトンとして何?とでも言うように首を傾ける仕草自体は可愛らしいが、その手に持っているもののせいで可愛さがマイナスに振り切れている。


「何持ってるんだ」


「……え、分かる、よね?」


俺の問いかけに不安そうに眉を下げた小梅。

ふわふわの髪の毛が揺れて長いまつ毛に縁どられた目をパチパチと瞬いた。

本当に可愛いのだ、容姿は。


だが、その小さな白い手が持っているのは一本のカッターだ。

可愛くない。


「分かるけどな、分かるんだけどな」


額に手を当てて溜息と一緒にそう言えば、小梅は大きな目を細めて笑う。

にっこり、と効果音のつきそうな笑顔はとても可愛いし、天使か、と突っ込みたくもなる。


だが違う。

天使はカッターなんてものを持たない。

武器を持つのは死神くらいでいいだろ。

死神の持つ鎌で十分だろう?

天使が武器を持つなよ。


「これね、新しいのなの」


カチカチと音を立てて小梅がカッターの刃を出す。

新しいのと言うだけあって新品らしい刃は綺麗だ。

そして柄はピンク。


「可愛いでしょう?ピンク」


色はな。

色だけは可愛いよ。

それがカッターじゃなかったら可愛いよ。


そう心の中で突っ込むが、目の前の小梅の笑顔を見ては「あぁ、うん。そうだな……」としか答えられなくなる。

こんな笑顔を見せる奴に対して「どこかだ!」なんて強く言える奴がいるなら会ってみたい。

少なくとも俺には無理だ。


小梅は刃物が好きだ。

刃物というよりも鋭いものが好きらしい。

例えば、子供が泣いて嫌がる注射も恍惚とした笑みを浮かべて、自分の腕に突き刺さるのを見つめるレベル。

それ故なのか、一度入院した時に点滴を打っていた時なんて、病人だとは思えないほどに上機嫌だった。


そもそも刃物好きになったのは、中学からなのだが。

長袖ワイシャツの裾から覗く白い包帯を巻き付けた、白く細い手首を眺める。

理由が理由だけに止められなかったりも、する。


「今日はね、新しい子達が届くんだぁ」


ほのぼのと花を飛ばしながら語る小梅。

可愛い可愛い、だがおかしい。

それでも「良かったな……」と注意もせずに頭を撫でてしまう俺は重症だ。




***




放課後の部活終わりに携帯をチェックしたら、小梅から着信があった。

いつもはメールなんて打つの面倒だから、と電話してくるのに今回はメール。

珍しいこともあるもんだ、とメールを開いて固まった。

携帯じゃなくて俺が。


メールに添付されていた画像がおかしい。

タイトルは『可愛いでしょう?』で本文なし。

デカデカと開かれた画像には大量の刃物。

鉈や普通の包丁から肉切り包丁まで。

カッターナイフもあればサバイバルナイフもある。


いや、流石にこれは。

そう思って『大概にしておけよ』と返信しておく。

だがその日の返信はなかった。

翌日になっても返信は来ない。


疑問に思いながらも、学校に行けば会えると思って登校。

小梅はいなかった。

担任に聞いてみたが連絡もないそうだ。

高校に入ってから一人暮らしをしている小梅だが、どうにも朝が弱く一時間目を遅刻することは多かった。


だからこの日もそうなのだと勝手に考えたが、午前の授業が終わっても姿を見せない。

流石に、と思いメールを出した。

午後の授業が終わっても返信はない。


「変、だよな」


ガシガシと頭を掻いて今日の部活はミーティングだけだったことを思い出す。

ミーティングが終わり次第小梅の家に行ってみよう。

その方が早い。

そう決めてミーティングの用意をした。




***




「あれ?フジ、帰るの?」


ミーティングが終わり、慌ただしく荷物を持った俺を見てチームメイトが声をかけた。

不思議そうな顔をしているソイツらに「ちょっと用事あるんだよ」と言って部室を出る。

部室からは「女かー!」なんて無粋な声が聞こえたが無視をした。


早歩きで小梅の家に向かう途中、携帯を確認したが電話もメールも入っていない。

一体どうしたというのか。

体調でも崩して寝込んでいるのか。

そう考えると自然と走り出していた。


小梅の家に着く頃には汗が頬を伝っていた。

小梅の家は小さなアパートで可愛らしいその外装で選んだらしい。

その分部屋の壁は薄いと文句を言っていたが。


取り敢えず、とドアチャイムを鳴らす。

ピンポーンと軽快な音がしたが部屋から足音が聞こえることはなく、人の気配すら感じられなかった。


「おかしいな……」


もう一度ドアチャイムを鳴らす。

足音も人の気配もない。


「小梅?小梅?」


扉をノックするが応答なし。

仕方なく扉に手をかけてみるとカチャ、と音を立てて軽い手応え。

……鍵が開いていた。

流石に無防備過ぎるだろう、と頭を抱えたくなったが今は丁度いい。


扉を開けて玄関に足を踏み入れる。

小さな玄関には小梅のローファーが揃えて置いてあった。

学校用のためいるのかいないのか分からない。

だが、部屋は薄暗く夕日が差し込むぼんやりとした明かりしかない。


「小梅?いるのか?」


一人暮らしらしい入って直ぐに台所。

その奥に居間。

その横のに一部屋ある。

居間には誰もいない。

となると、隣か?


襖に手をかけて横に引けば部屋の中が見えた。

薄暗い部屋には小さなベッド。

その横には勉強机。

クローゼットなども置いてあるが、やはりおかしい。

壁一面に刃物が並んでいる。


部屋の中に小梅はいない。

小さく息を吐いて部屋に足を踏み入れる。

壁にはいくつもの刃物がしっかりと固定されるように、サイズなどを選んで並べられていた。

綺麗に並んでいる。


だがそのいくつかに空きがある。

固定する金具の位置から大振りのものから小振りのものまで、大体十数個は空きがあった。

いくら好きでもここまでするか。

そう思いながら壁一面の刃物を見上げた。


ざっと数えても数十。

一応、と確認がてら申し訳ないがクローゼットと中を見せてもらえば、これまたケースにしっかりと入れられた鉈。

新しく買ったと言っていたものだろうか。

他にも机の中には小振りの携帯できるサイズのナイフが並んでいた。


「流石に、止めた方が、いい……か?」


ふらり、と部屋から出て肺に溜まっていた息を吐き出した。

小梅は中学時代にいじめにあっていた。

俺はクラスが違ったから気が付けなかったけれど、だいぶひどかったらしい。

小梅は可愛いからそれなりにモテていた。


そしてそんな小梅をたまたま好きになったのが、一個上の先輩。

それがやたらとモテる。

小梅はその先輩を良く知らないから、と言う理由で断ったらしいがそれを良しとしなかったのが、その先輩のことが好きだった女の子達。


小梅はその女の子達に手酷いいじめを受けていた。

流石に相手が上級生だけあって、周りも見て見ぬ振りをしていたのだろう。

小梅が笑わなくなった。

家に閉じこもるようになった。

その頃だ、やっと俺が小梅のいじめに気が付いたのは。


部屋から一歩も出ない小梅を引きずり出し、その腕を見た時は開いた口が塞がらなかった。

白く細い華奢な手首に走ったいくつもの傷跡。

それを愛おしそうに撫でる小梅。

何でもっと早く気が付かなかったのかと後悔した。


高校に入ってこそいじめはないが、小梅のそれは治らなかった。

自分の体に傷をつけることを楽しんでいたのだ。

そして刃物を好きになり、集め出したのもその楽しみを見つけた頃から。

それがここまでエスカレートしてるなんて。


昔同様に気が付けなかった自分自身に苛立つ。

「クソッ……!」と吐き出した時、水音が聞こえた。

ぴちゃん、と響く水音。

俺は顔を上げて台所の隣の扉を見た。


台所の隣は脱衣所。

その奥は風呂場だ。

こんな時間に風呂?

眉を顰めて苛立ちを殺しながら、扉に手をかける。

風呂場の電気は点いていない。


ぴちょん、と水音。

暗くて良く見えない。


「小梅?電気ぐらい……」


点けろよ、そう続くはずの言葉は霧散して消える。

風呂場の扉に手をかけて少しだけ開ければ、ぶわりと鉄臭い匂いが俺を襲う。

何だこれ、何だこれ。


全身が拒否反応を示す。

開けるな、このまま帰れと言っている。

その通りにしたい。

だが、俺の手は扉から離れることなく大きく扉を開いてしまう。


「っ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


ドタタッ、と音を立てて尻餅。

目の前に広がるのは赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。

暗闇なのに分かる赤。

鮮やかなんてもんじゃない。

どす黒い赤。


鉄臭い匂いに噎せる。

それと一緒に視界いっぱいの肉塊と、ほんの少しの腐臭に当てられて胃がひっくり返った。

消化し切れていなかった昼飯と胃液と唾液が混ざって、その場で吐き散らしてしまう。


風呂場の中心に転がっている肉塊は何だ。

ここはどこだっけ。

あぁ、そうだ、小梅の家だ。

ならあれはなんだ。

何であんなものが小梅の家の風呂場にある。


小梅、そうだ、小梅はどこだ。

吐瀉物塗れのなか肉塊に目を止めたまま動けない。

探さなきゃ、小梅、小梅を。

何かあってからじゃ遅いんだ。

探して、自傷を止めさせて、部屋にあるコレクションを全て捨てさせよう。


目の前にある肉塊みたいになってからじゃ遅い。

全身に刃物を突き立てているあんな風に。

手足にいくつもの小振りの刃物を突き立てて、溢れ出る血も顧みずに腹部や胸部に包丁などを突き立てるより前に。

首に鉈を振りかざす前に。


バタバタと足音が聞こえる。

俺の悲鳴を聞き付けて他の住人がやって来たんだろう。

あぁ、こんなのどうでもいいから。

警察を呼んでくれ。

俺は小梅を探しに行かなきゃいけないんだ。


意識を失う寸前に肉塊の中の顔と目が合った。

首に鉈を突き刺して恍惚と笑う天使。

血塗れになって血を噴き出して血をこべりつかせて、微笑んでいた小梅。

何でだよ、俺の呟きは届くことなく視界が完全にブラックアウトした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ