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夕立書店4

優ちゃんが触れられるのが嫌いなこと、初めて知った。普段から不安定になるたびに、優ちゃんの服の袖を握ったりと触れることで安心を得る僕にとっては衝撃的な事実であり、僕は触れても平気とわかっていても戸惑いは拭えなかった。

優ちゃんが信頼を寄せる彼、何故僕の知らない優ちゃんの一面を知っていたんだろうか? あの男性ひとは一体誰なんだろう? そんな疑問が次々と僕の思考回路をまた支配していくのだ。

別に、優ちゃんが僕以外と仲良くしてもやきもちなんて妬かないが、むしろ僕以外の人とも仲良くしてほしいと思っているよ? だけど、優ちゃんは大体、僕以外の人との会話の時は愛想笑いばかりをして、相槌を打つばかりなのである。

だから、心からの笑顔を浮かべて、自分自身の気持ちを明確にして話す優ちゃんを見るのは、この人以外にはいなかったの。

ところで、何故に僕は野良猫と呼ばれなくてはならないのか、理解が出来ないのだけど! 確かに人よりも随分と警戒心は高いが、僕は猫じゃないし、気まぐれでもないはず?

むぅ……と思わず言い、拗ねて見れば、壊れ物を扱うかのように丁寧で、優しい手つきで、優ちゃんは僕の頭を撫でてきた。まるで許せと乞うかのように穏やかで、困ったような表情を彼は浮かべていた。

これだから優ちゃんの側から、僕は離れることが出来ないのだ。母親や父親から、才能があるか否かしか見られていなかった僕は、甘えることや甘やかされることを知らなかった。そんな僕に優ちゃんは、誰かに甘えて良いんだと言うことを教えてくれたし、本当は彼女だって欲しいんだろうけど僕を甘やかし、甘えさせてくれる。そんな優ちゃんは包容力もあるし、寛大で穏やかなのに彼女が出来ないのは、腐女子やら腐男子やらが想像力豊か過ぎて噂が先走り、広まってしまったからだろうとそう思う。

申し訳ないなあ……と思いながらも、優ちゃんに依存することをやめられない僕。市架のことだって、優ちゃんに迷惑掛けられないから黙っていたのに、些細なきっかけで甥を引き取るために働いていると、気付かれてしまった。その時、正直に言えば、面倒くさいと言われて、呆れられると思っていたが、僕が考えていた反応とは違い、そのことを黙っていたことに対して怒られたことに衝撃を受けたのを今でも鮮明にその気持ちを思い出すことが出来る。

たくさんの欲しかった言葉をもらって、友人としてたくさん甘えさせてくれて、甘やかしてくれた優ちゃんに依存するなとなれば、どれだけ残酷なことだろうか。ここまで良くしてくれて、依存しない訳がないだろう。僕にとってそれだけ大切な存在である優ちゃんが、こんなにも心を許しているのだからこの男性ひとは良い人だと言うことはわかってはいるのだけど、やはり人間不信な部分が邪魔してなかなか警戒を解くことが出来なかった。

そんな僕の内心を見抜いたかのように、優ちゃんは何かに気がついた素振りを見せた後、大丈夫だよと僕を落ち着かせるためか、いつも以上に優しく、穏やかな落ち着くその声で僕に声を掛けた後、警戒を和らげさせるためかこう教えてくれた。

「壱、ごめんな。しばらく会ってなくて油断してたわ。この男性ひとが誰なのか、教えなくて不安に感じさせただろう? ごめんな。壱、この人は俺が不良だった頃にお世話になった警察官だ。信頼出来る人だから、人間不信が治ってないお前が少しでも抱く恐怖心を少なくするために、110番じゃなくてこの人に連絡をしたんだ。この人の名前は、一条将紀いちじょうしょうきさんって言って、元々は刑事やってたみたいだけど町交番に望んで配属された変わり者なんだ。この人なら、俺が万が一何か遭った時、壱や市架を任せられると思ってたからいつかは紹介しようと思っていたんだ。まあ、大体のことで社長が対応しきれないことはないかもしれないが、もしもの時は将さんを頼ってくれ」

優ちゃんが何か遭ったなんて……、そんな不吉なことを言わないでとそう言おうとしたが、僕には言えなかった。あまりに優ちゃんの表情が真剣そのもので、どれだけ僕を心配して言っている言葉と言うことがはっきりと伝わってきたからだ。こうやって不安にさせる言葉を優ちゃんが言う時、それは本当に万が一のためで未来が見えるとかそんな特別な力はこの世界にはないから、心配してくれたからこその配慮だと言うことに僕は気づいている。

そんな優しい優しい優ちゃんだからこそ、心を許せるのだ。まあ、たまに不安にさせるような言葉を言うが、それはいつも僕のことを考えてあえて言っている言葉だと気づいているからこそ、そこまでの不安にかられなくて済んでいる。

「うん、優ちゃんに何か遭って、社長でも対応しきれない事態になったら将紀さんにちゃんと頼る。まあ、優ちゃんは大体は僕と行動しているからそんな事態に遭ったら僕も被害に遭うし、そんなことがないように気をつけてな。そしたら、市架は本当に一人になってしまうし、あいつらのところに行かせる事態にさせてしまった自分が許せなくなる。だから、いつも僕を気にかけてくれる優ちゃんはそんな僕を見たくないでしょ、そんな事態にならないように気をつけてね。それに、優ちゃんがいなくなったら僕狂っちゃうから絶対にそんな目に遭わないで」

自己中心的な言葉かもしれない。だけど、あまり自分の気持ちを誰かに伝えたことがないから、相手にどう自分自身の言葉を伝えたら良いのかわからないんだ。だから、多少の自己中心的な言葉だったのは許して欲しい。せめて、一番伝えたかった言葉である優ちゃんにいなくならないでとそう思っていることを伝わればそれで良かったのだ。

僕は不器用だから、内心思っている通りに自分自身の気持ちを誰かに伝えることは難しいことで、こう言うことが僕自身の精一杯の気持ちを表した言葉である。

流石は優ちゃん、その気持ちが伝わったのか穏やかに微笑んで、わかってるとそう答えてくれた。


僕が夕立書店の店の前に立てたのは、将紀さんと出会ってから約二時間が過ぎた頃のことだ。家に帰ってら八時になるだろうかとそう考えながら、朝には佐月さんしかいないのはわかっていたため、一人で夕立書店に入れたが、未だに娘さん二人と奥さんに対してどう接して良いのかわからない僕は、優ちゃんに付き添ってもらいながら夕立書店の中へと入って行けば泣いている市架の姿が一番先に見えた。

どうしたんだろう? 泣く市架に僕は心配になっていれば、呆然と立つ僕の姿を見つけた彼はこちらに駆け寄ってきて、勢い良く抱きついてきた。引きこもりをやめて、しばらくの時が経ったとは言え、僕は平均された男性の筋肉量より少ないため、抱きつかれた衝撃に耐えられず、二三歩後ろに下がった後、優ちゃんに支えれて尻餅をつくことはなかった。が、きっと優ちゃんがいなかったら尻餅をついていただろうかと簡単に想像をすることが出来た。

この姿を見て、苦笑いをしながら佐月さんは近づいて来て、やっと来たかと呆れたような印象を持つ言葉を言いながらもそう言った佐月さんの声はとても優しいものだった。

「市架は途中までは落ち着いていて、良い子にしていたんだが、時折鳴る家電の音に怖がるような素振りを、家電が掛かってくるたびに肩を揺らすくらいの仕草をしていたんだが、それくらいなら問題はなかったようなんだが、壱や優が警察に寄ってからここに来ると聞いた時から情緒不安定でなあ、大泣きしてみたり、泣き止んで無表情になってたりしたんだよ。その連絡が入るまでは店を手伝ってくれるくらい良い子にしていたんだがな……」

佐月さんのその言葉を聞いて、やはりなと思った。市架を引き取るまでの数年間、僕は絶えることなく彼と手紙のやり取りをしていたから、幼いながら僕といつか暮らすことになると理解していたはずで。市架はいつか、僕も自分を置いていくのかもしれないと警察に寄ってから来ると聞いた時、今までの溜め込んでいた感情が爆発してしまったのかもしれない。やはり、僕が会議終盤で考えていたことは的を射えていたようで、市架が不安定になりやすい性格だと気づいていたおかげで、下手に戸惑うことなく、穏やかな気持ちで自分を必要としてくれている市架の髪を、高ぶりつつある精神状態を落ち着かせるために、大丈夫だよ心配ないよと言い聞かせるような手つきで、丁寧に梳かすように撫でる。

「大丈夫、大丈夫だよ市架。僕は君を置いていかない。僕は君より年上だから君よりも先に逝くけれど、僕はまだ若い分類に入るからしばらく君の側にいることが出来ると思う。それに手紙でも言ったはずだよ、僕は君を見捨てたりはしないと。それにね、ここにいる人達は市架の味方だ。優ちゃんも、佐月さんも市架を見捨てないし、むしろ君を助けてくれる存在なのだからもっと頼って良いんだよ。

でもね、幼い君には難しい話かもしれないけれども、人には全うしなければならない寿命がある。つまり、定められた寿命がある訳でそれ以上は生きることが出来ないんだ。そんな期限があるからこそ、人は人らしく生きられるんだ。だから必ずとは言えないが、僕達は君を置いて行ってしまう。だからね、市架。僕にとって信頼がおけて、大切な親友である優ちゃんや佐月さんのような存在をたくさんじゃなくて良い、人数なんて関係ないから見つけて欲しいんだ。いつか、置いていかれるかもしれないからと言って僕達以外と関わらずに生きるだなんてことは出来ないよ。

悲しみをわかってくれて、市架を支えてくれる誰かを時間が掛かっても良い、そんな優しいくて心を許せる相手を見つけて。人生は上手くいかないから時には人を信頼出来なくさせる出来事にあうかもしれない、だけど君にはきっと、支えてくれる友人が、親友が出来ると思う。それまでは僕らが君の不安を受け止めるから、一人で悩みを溜め込んで自分を追い詰めないで市架。僕は君に幸せになって欲しいんだ」

僕の想い、市架に伝われば良いなとそう思った。





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