夕立書店2
開発課の人々は、簡単に言えば社長と愉快な仲間たちの「愉快な仲間たち」に表現されてもいいくらいの変人な人ばかりだ。どれくらい、変人かと言うとそう言われても爆笑して、確かに! と実際に納得するような変わり者ばかり。優ちゃんもそう言われたら納得するし、僕は笑ってしまうタイプだと思う。
実際会議はカオスな状態だ。
会議らしくない、でも会議的な。そんか感じである。優ちゃんが言うには、社長は頭を抱えているらしいが、実績はあるため、見て見ぬ振りをしているらしいが、多分それを注意したら開発部の愉快な仲間たちが自分自身に絡んでくるとわかっているから、それを言ってこないんじゃないかと思う。
絶対そうだ、僕だって会議に参加する時、優ちゃんに意見を言ってもらうもん。自分自身で意見を言う努力をしようとはしてるけど、発言した時に自分にたくさんの視線が集まるのが耐えられない。社長は面談した以降から会ったことはないが、とても優しい人なんだろう。人間不信を雇ってくれたくらいだ、寛大な人なことは良くわかる。
だけど、会って話せるかどうかはまた別の話だけど、少しだけ怖くないと感じる存在が社長だ。
さて、そんな僕達は今次の商品について考えている訳だが、市架のことが心配で会議に集中出来ない。まあきっと、しっかり者な市架のことだから佐月さんから古本屋の仕事について教えてもらいながら、過ごしているのではないかと思うのだが、市
架は姉に似ている部分があるから急に感情的にならないか心配だ。
幼い頃、姉は親がいない僕の前では良く、声を上げて泣いていたことがある。市架がもし、姉のその部分が似ていたとしたら、自分を追いつめて急に感情的になるかもしれないと思っていたはいた。
あの子は姉において行かれたと思っているはずだ。事実、周りから見ればそんな風に見えるんだろうし、実際姉はあの子をおいて行ってしまった。真面目な姉のことだから、死んだ後、もし別の世界があったとしたらそうしてしまった自分を悔やんでいるんだろうと思う。本来なら、それを冷静に考えれば思いつくようなことなんだろうが、旦那さんに依存していた姉にとっては自分の生きがいを奪われたことにより、目先のことしか考えられなくなってしまったのかもしれない。
少し、ほんの少しだけ、深く物事を考えることが出来たなら、大事な夫が残した証である市架を一人にはしなかっただろうことは、長年助けられてきた弟の立場である僕には、姉が市架を一人おいて逝くなどしなかった確信がある。
それを理解できるのは、長年姉の弟として生きてきたからであり、年月が生むものである。だから幼い頃でもあり、数年と言うあまりにも短い間しか過ごせなかった市架は、いつしか必ず、姉に関して悩むことがあるだろう。たった一日だが、過ごしてみてそのことを心の何処かでは違和感に感じているようにも見える。それを拭えたらとは思うが、その違和感と言うしこりを感じ取ることは出来ても、不器用で何を声を掛けたら良いかなんてわからない。
心配ごとばかりで会議内容が頭に入って来ず、はあと思わずため息をついてしまった。そんな僕の姿を見てか、おじさんだと言うのに何処か可愛らしい印象を持つ白藤雪緒さんが心配そうに僕のことを見てきている。何故かはわからないが、謎の可愛らしさを醸し出す雪緒さんでさえも僕は、人間関係を構築することを避けてしまう。それでも雪緒さんは優しいから、僕を恐がらせない程度に接してくれるし、無反応でも怒らないでにこにこと笑って接してくれる。むしろ、開発部の女性社員が僕にしつこく接してきたら、怒ってくれたりと色々親切にしてくれるのだ。
まだ、雪緒さんに恐怖を抱かないと言えば嘘になるが、次に僕が信頼するとすれば彼かもしれない。だが、これ以上心を開く相手をあまり増やしたくないため、その思いが僕の変化を邪魔するのだ。……それと、朝優ちゃんと出勤する理由となったあの人もその理由の一つだ。
優しくしてくれるのは有難いのだが、どうしても疑ってしまうのだ。『あの人』のせいで、徐々に良くなった人間不振が酷くなった。その時から、特に異性に不信感を抱くようになったんだ。
あの人の視線の全てが、怖い。
「壱……? 大丈夫か?」
いつの間にか、冷や汗を掻いていた額に張り付いた前髪を、優ちゃんが整えてくれた。その優しさに、僕は思わず優ちゃんのスーツの裾を握れば、
「壱、情緒不安定になったか」
その言葉に安堵するが、それと同時に嫌な予感がした。
「会議、終わったから戻るぞ」
そう言われて、ハッと我に返り、時計を見れば会議が終わってから三十分くらい経っていた。
会議が終盤だと油断して考えごとをし過ぎてしまった。優ちゃんのメモ帳を奪い、自分のメモ帳と見比べれば重要な部分は全て書かれていたので安堵した後、一度は離した優ちゃんのスーツの裾を、もう一度握る。
「……どうしたよ?」
「優ちゃん、いなくならないで」
そんな僕を見て、優ちゃんはため息をついた。その後、優ちゃんは僕の頬に手を添えて今日何度目かの愛想笑いではない微笑みを見せた後、
「なめんなよ、俺を」
そう言った後、穏やかな微笑みから一変し、不敵に笑う。そんな優ちゃんを僕は初めて見た。
その後、何故か情緒不安定は治ってしまった。……優ちゃんは凄いなあと考えながら仕事を終わらせれば、真顔で携帯をいじるその当本人を眺めてみれば、すぐに僕の視線に気づいたのか、目を細めた。
時刻は午後五時。バックを手にして、優ちゃんの側に行けば、帰ろうかと穏やかな声でそう言う。そんな優ちゃんの隣はとても安心する。
「市架を迎えに行かないとな」
「だね〜、市架が待ってる〜」
そんな日常的な会話を交わし、僕達はいつも通り優ちゃんの車で帰ろうと駐車場に行けば、いつもはいない人物がいた。
「壱くん……?」
その人物のその声に、僕は動けなくなってしまう。
その隙に急に顔色が変わり、血相を変えて優ちゃんを睨みつけ、あの人はナイフを取り出して、優ちゃんに向かってくる。
その顔に僕は冷や汗が止まらない。
が、優ちゃんは違った。
「壱が好きなら、壱を困らせるな」
優しい優しい優ちゃん。そんな優ちゃんが怒っていた。




