君は本当の姉が残した生きていた証2
形がある愛は、数少ないのかもしれない。だから、人は恋に悩み、その恋に両想いだったというのに別れるのかも。まあ、恋をしたことがない僕の推測でしかないが。
都会は落ち着かない。僕の母や父は都会を好むが、流れの速い都会は今まで長年引きこもりをしていた僕の体には負担すぎるのだ。人がたくさんいて、流行が早く、ついていけない僕にはあまりに都会は合わなすぎる。だから、住んでいるところは千葉県の都会とも言えず、田舎とも言えない穏やかな場所に住んでいる。
申し訳ないことに、市架には転校してもらうことになってしまうが、彼はそれを了承してくれた。
今日のために貯めたお金で買った、平屋の一軒家。広くはないが、のんびり過ごせる程度の広さがある庭付きだ。購入したのは一年半前、それから住んでいたのだが、野良猫の多いここら辺だから餌付けをしたら居着いてしまった猫三匹の絶好の日向ぼっこ場所になるくらい、この家は日当たりも良いんだ。
「猫は嫌いかい?」
そんな僕の質問に、市架はふるふると首を振って否定した。どうやら市架は猫が好きらしい。
さっきから気になってはいたが、市架と会ってから、一度も彼は僕に声を聞かせてはくれないのは、僕自身が嫌われているからだろうか? と心配になってくる。
ため息を思わずつきたくなるが、ぐっと堪える。人見知りをされているだけなのかもしれない、わざわざネガティブな方向に考えるのは昔からの悪い癖、そもそも嫌われていたら僕の元へと着いてきてくれないじゃないか! と無理矢理自分のことを勇気付け、中に入ってと市架に声を掛けたのだった。
すぅ……と息を吸う音がした。その音が聞こえたのは、市架の方で僕は何か言うのではないか? と期待してドアの前でジッと待つ。
「壱さん、僕を無理に引き取らなくていいんですよ。僕は、お母さんに置いてかれたんですよね……。僕は、壱さんしかいないけど、壱さんには本当にいて欲しいって思っていてくれる人がいるんじゃないかと思うと……、僕は結局お母さんも壱さんも縛ることになります……」
……それは嫌なんです……。
物凄く、小さな小さな声でそう呟いた市架の反応を見て、僕は自分自身が彼に嫌われていないことを確信したのだった。そんな市架を見て、まるで鏡に映った自分を見ているかのようで、放っておけなかった。
僕はすかさず、市架の頬を撫で、思わず微笑みながら、なるべく優しい声で語りかけるように、歳以上しっかりしている幼い彼に諭すような口調でこう言葉にした。
「姉は強いが、弱い。身内には強き姿だけを見せていなくなってしまった。だから、弱い姿ばかり見せていた君のお父さんだけには甘えることができていたんだろうな、そんな相手が一人だったらその相手に依存するだろう? 愛は時に麻薬で、時に身を削ってしまう毒のような存在になるんだ、姉はそんな状態になった一人で君のお父さんなしでは精神状態が不安定なままになっていたんだろうと思う。
不甲斐ない僕の姉を許せとは言わない、恨んだって良い。そもそも君は勘違いをしている、僕は君に縛られているとは思っていないし、むしろ僕がこうなることを望んでいたんだ、市架が気にすることはないよ。君はまだ子供だ、僕のことは気にせず甘えると良い。僕はけして君を無理に引き取った訳ではないからね。それに僕は人間不信だ、ある人達を除いて人と関わったことがないからね、君と心を許した友人以外には必要とされても丁重にお断りしたいと心からそう思っているよ」
そんな僕の言葉に、意外だと感じているのか、まん丸にさせた眼を何度か瞬きさせた後、それからぽかーんと呆然とした顔をしてから、市架の表情が変わらなくなってしまった。
……どうしたんだろうか? 今まで、決まった人以外とは話してこなかった僕だから、慣れなさすぎる会話をいきなり今日たくさんしたから何かおかしなことを言ってしまったんだろうか……?
不安な気持ちになり、市架に嫌いになられてしまったんだろうか? と考え始めた時、
「……そうですか……、僕壱さんの側にいていいんですね?」
さっきまでの表情が嘘のように、まるで花が咲いたかのような可憐な笑顔を浮かべる市架。
そんな市架に対して僕は、
「もちろん」
そう即答したのだった。