僕と君1
壱さんは仕事を辞めて、小説家と言う仕事についたらしい。それっきり優さんは来なくなり、三ヶ月が過ぎて、僕は今日小学校に通うことになった。ケンカでもしたんだろうか、壱さんの顔色は悪い。仕事のせいでもあるみたいだけど、きっと顔色が悪いのは優さんが来なくなったと言うのが一番の理由だと思う。
ーーいってらっしゃい。
笑顔でそう言ってくれるけど、本当は泣きたくて泣きたくて仕方がないのかもしれない。僕は大人の気持ちはわからないけど、僕に壱さんと言う存在が必要であるように、壱さんには優さんが必要なんだ。だから、優さんがいなくなった途端、壱さんの心のバランスが崩れたとか何とか、編集部に行っていて夕立書店に預けられた時、佐月さんはそう言っていたのが印象深くて、その言葉を忘れられなかった。
自己紹介を終わらせて、愛想笑いなんて浮かべることなく、自分の席だと言う席につく。壱さんは大切な誰かを作ってほしいと言っていたが、あんなにも傷つくなら僕は孤独がどんなに辛いことでも、一人であることを望むと思う。
自分が悪いんだと、壱さんは言っていた。その一言でわかること、それは守られる立場である僕ではダメなんだと言うこと。その責任感から、彼はきっと僕には姿で弱みを見せることは出来ても、本人自身の言葉では本心を聞けることはないのだ。
だから、壱さんには優さんが必要でいなくてはならない存在。僕は、壱さんが壱さんであるために、彼を説得しなくてはならない。今は友人を作っている時ではない、二人を何とか合わせて仲直りさせなくては。
壱さんはもう、優さんと会うことをあきらめている。そして、優さんは一方的にケンカをし、三ヶ月が経った今、それを後悔しているけど、多分怒鳴るように怒ってしまったせいで気まずく、この家に謝りに来たくても来れない状態にあると、佐月さんからそう聞いた。
優さんも気づいていないだろう、まさか佐月さんから通じて、ケンカ相手に一番身近な僕に今の心境が伝わっているなどと。何ごとにも抜かりがない彼でも、大切な友人となれば、その長所だってたまには見えなくなるものだと佐月さんはそう言っていた。
壱さんが元気ないのは悲しい。そして、優さんが姿を見せないのはとても寂しいのだ。これは、壱さん達のためでもあるし、僕のためでもあって気を遣っているわけではない。
ーーどうにかして、この状況を解決するしなくては。でも、どうしたらこの状況を解決出来る?
僕にはわからない。人間関係を築くのはとても苦手だ、壱さんが僕のために勉強を頑張っているんだよと聞いて、僕は負けじと同じく彼のために勉強を頑張りたかった。だから、今まで施設にいた時にも友人がいないし、今だって友人の作り方なんてわかりやしない。
勉強は教えてくれなかった。
誰かと友達になる方法を。
だから、僕には友人がいない。施設の先生は友人は屁理屈に考えても出来ないんだよと。なら、どうしたらいいの?と聞いたら、先生もわからないとそう答えたのだ。そして、
「その時になったらわかるよ」
それだけ言って、先生はにっこりと穏やかに微笑んで僕の目の前から去って行ってしまったのだ。
「なあ? 市架だよな」
言葉は時に人を傷つける、僕はその問いにこくりと頷いた。まるで知り合いで、数年ぶりに再会したのような聞き方だけど、話しかけてくれただけでも嬉しいからその指摘を言わないことにした。その間違えは教師が正してくれるだろうから。
「考えごとしていたみたいだけど? 悩みごとか、馴染めなさそうで心配とか? それなら言ってくれよ、俺はバカだからさ、大したことは言えないけど、力に少しでもなりたいからもし良かったら話を聞かせてな」
多分、国語が苦手なのかな?
ボーと考えていれば、キョトンとした表情を浮かべた後、ニカッと太陽のような明るい笑顔で笑った。
思わず、眩しくて僕は目を瞑っていないか心配になった。不思議と惹き込まれるような笑顔だったから。
口が滑って、
「親代わりが友人とケンカしたんだ。親代わりにとって、友人は大切な人で。ずっとその関係を大切にしていたいほど、大切なんだ。だから、どうにかして仲直りさせたいなと考えたんだけど、僕じゃいい方法がわからなかったから」
「もしかして優くんのことか? あの人から聞いた話しと良く似てる。あの人荒れてさ、じーちゃんが困ってんだわー。じーちゃんも俺も不器用だからさ、あんま良い言葉をかけてやれなくて困ってんだわー」
今回ばかりは口が滑って正解だったみたいだ。優さんが何処にいるのか聞き出せたし……。
「えっと、君! 協力して!」
「お、おう」
これで仲直り大作戦を実行出来る!
僕は、彼と彼のおじいさんを巻き込んだ仲直り大作戦を立て、ニヤリと悪巧みを思いついたかのような悪い笑顔を浮かべて、名前も知らない彼の腕を無理無理引っ張るように、教室から出たのだった。




