土豪
評定で高遠城への出兵を決め、それぞれ準備を進めている。出兵は大阪の伏見攻めに合わせるために半月後である。才蔵には「ひと月後に」と言ってあるが、それは高遠城への移動時間を考慮してのことだ。
(さて、従軍する将、留守を任せる将も決めた。だが、藤右衛門が心配するのも分かるな。徳川方の大名は攻めてはこれぬ。問題は徳川にも与しておらぬ土豪じゃ。そやつらが留守を狙う可能性はある。功を手土産に徳川へ己の身を高く売るかもしれん)
信幸は周囲の状況を良く考えた。土豪達一つ一つであらば大した力ではないが、纏まればそれなりの兵数になると考えられた。
その土豪達の中でも取り込んでおきたい一族がいる。上田と小諸の間、矢立城を居館としている小田中一族だ。彼らは新張牧辺りを縄張りとしている。半農していて兵としては三百ほどだ。矢立城は堀切など細工を施した山城である。矢立城は地理的に見て小諸、上田両城の付け城として機能できると信幸は考えた。
小田中氏はかつては真田配下であったが、関ヶ原の戦以後は徳川に従臣した者と信濃に残り土豪となっている者とに分かれていた。
信幸は奥村弥五兵衛に命じ本領安堵を条件として小田中一族を配下に加えたのであった。
その他にも小田中一族ほど大きくはないが、幾つかの土豪を配下に組み入れる。その数は合わせて七百である。彼らは真田配下であるが信幸直臣となった訳ではない。土豪の治める郷ごと支配下に治めた形だ。真田家が大きくなり力を持てば、いずれ向こうから臣となる事を願い出るであろう。
(これで上田、小諸を守るのは二千と七百。多少は形がついたか)
上田城の付け城・戸石城を任せている弟・昌親が訪ねて来た。
「兄じゃ。戸石の者どもは事があればすぐに上田城へ向かえる準備は整いましたぞ」
「そうか。留守を頼むぞ」
「は。お任せあれ。……兄じゃに、ちょっと伺いたいのじゃが……」
「なんじゃ?」
「先日、兄じゃは小田中らを配下に治めましたな。だが臣下に取りあげた訳ではありませぬ。なぜで?」
「はははっ。昌親も色々と考える様になったか。
昌親は小田中らを臣に取り上げれば、もっと自由に差配できるのに、と思うてか?」
「はい。さようで。さすれば端から上田や小諸に詰めさせる事もできます。さらにこれから軍役を課すこともできましょう。ですが今のままであれば、配下とはいえ税を課すことも、徴兵する事もできません」
昌親は疑問をぶつける。
信幸は頷くと昌親に語る。
「昌親の言う通りじゃな。だが、良く考えて見よ。やつらは半農じゃ。いわゆる兵農分離ではないのじゃ。それゆえに自立しておる。無理やり徴兵しても素直には従わぬ」
「はぁ。力で持って従わせぬので?」
「それもできる。だが、郷の生産量は下がる。従うのを良しとせずに、他家へ向かう者も出てこよう。
郷ごと支配下に治めれば、真田家として禄を出す必要もないのだ。平時は徴兵はできずとも、事があれば兵を出してくれるわ。そのための本領安堵じゃからな。
昌親、当面は土豪どもを戦に連れて行く事はしない。彼らは守兵として使うのじゃ」
「なるほど。彼らは本領を守るために力を出す、ということですな。いわば守り専門の一隊とするということか」
信幸は笑って頷いた。
「こちらは税も課さぬ。その代わりに協力させるのだ。奴らの武具の手配などもしてやればよい」
昌親は納得して帰っていった。
この時から、信幸は土豪達との交渉役に昌親を任じた。昌親はまめに彼らと接触していき、彼らの信頼を得て行く事になる。
後々、土豪達の中で、信幸ではなく昌親の臣となる者が増えるのであった。
半月後、信幸軍は高遠城へ向けて、粛々と出立した。
◆信幸軍
先鋒…小川好安 鉄砲隊五百
前中備…仙石秀久 槍隊千
後中備…鈴木忠重の重臣 弓隊七百
後備…鈴木忠重 騎馬隊五百
本隊…大将・真田信幸 千三百(騎馬隊三百、槍隊七百、弓隊三百)
信幸護衛…宮ノ下藤右衛門、姉川甚八(甚八組)
留守居部隊
上田城……木村綱茂 千兵
小諸城……仙石秀範、国人衆(土豪) 千兵
戸石城……真田昌親 四百兵
矢立城……小田中源三郎(国人衆) 三百兵