002 呪われし魔女編 Ⅱ
「その呪いは、ヒュベリア王家の血筋の中で常に最も魔力が高い者に受け継がれるもので、現在は私が呪いを背負っているけど、おそらく次の対象者はあなたに・・・セレーネになると思うわ」
そう母であるテイアーに告げられたのは、セレーネが7歳の誕生日を迎えた夜だった。
ヒュベリア王家の宿命とでも言えばいいんだろうか、何千年前から続く呪いに未だに翻弄され続けるヒュベリア王家は短命の一族としても有名である。
数千年前、西の地方にて女神セファネベルは慈愛の女神とも呼ばれ人間を導いていた時代、あるときセファネベルは一人の人間の男に寵愛を注ぐことになり、遂には子供を授かるまでにいたったとされる。
そして、この男を中心に西の地方にヒュベリア王国を建設。これが現在、西の地方最大の王国でもあり世界の中でも一際長い歴史を持つ、ヒュベリア王家の始まりと言われている。
そんな慈愛の女神とも言われたセファネベルが邪神へと変わり、何故寵愛していた一族を呪うようになったのかはヒュベリア王家の歴史書にもそう詳しくは記されておらず、未だに呪解の方法も分からぬまま今日まで受け継がれてきた。
その呪いは感情に大きく左右されるもので特に負の感情に大きな反応を示す。
恨み、嫉み、怨嗟、憎悪など感情の高ぶりとともに本人の意識を支配し、強烈な破壊衝動を起こさせる。
そして最後にはその邪神の膨大な魔力に体が耐え切れず自壊し、死にいたる。
これが原因となり呪いを受け継いだ歴代のヒュベリア王家の人物は例外なく30歳になる前に亡くなっているのである。
そんな歴代の一族の中でも特に神の血が濃いとされ、天賦の才を持って生まれたセレーネは10歳にもなる前にヒュベリア王家の誰よりも膨大な力を保持することになり、結果的にその後、呪いの暴走にて亡くなった母の後のセファネベルの呪いを継ぐことになるのは、もはや言うまでもない。
母亡き後、わずか11歳にして呪いを背負ったセレーネを辛うじて人間として留まらせるにいたったのは、母より託されし、一族が長い時間を掛けて作り出した由一、呪いを抑えるのことの出来るアイテム『感情殺しの仮面』の存在だろう。
その仮面は名のとおり付けた者の感情を殺し無感情にする。起伏する感情がなければ暴走する心配もないのだ。
ただ、これも絶対ではない。呪いが強くればなるほど負の感情の高まりも比例して大きくなり、現にセファネベルの呪いを背負っていた母、テイアーもこの仮面を常につけていたにも関わらず、最後には負の感情を抑えられず暴走したのだ。
近くにいた娘達を巻き込まないため自決した最後になったが、この感情殺しの仮面が絶対ではないことを意味している。
また、セレーネには自分を敬愛し懐いている妹が一人いる。
西地方の出身であるセレーネが世界の中心都市「クロノス」に構えるログニクル魔法学校に在籍しているのは、世界中の魔法学が集まる中で呪解方法を探すためでもあり、生徒だけではなく教師も含め優秀な魔法使いが集まるここログニクル魔法学校ならば暴走したとき、直ぐに自分を「処理」してくれるだろうと思ってのことだ。そして偏に妹を巻き込まないためでもある。
セレーネは自らの存在、人生に意味を見出せずにいたのも無理はない。
こんな呪いを背負っている限り、周りを不幸にするだけの存在だ。
ましてや自分を愛してくれる人など現れるわけもない。
過去に一人そんなセレーネを救おうとした男がいた。
彼の優しさに一度はその胸に飛び込んでしまおうかと迷った時も合ったが、結局のところ呪いの暴走が原因で男は死にかけるほどの怪我を負い、自ら辛うじて暴走を止めることに成功はするものの、この一件で彼女が自分には希望がないと、幸せになる権利などないと結論付けるには十分だった。
第一王女または王位継承権第一位という立場にあったセレーネだが悩んだ末に16歳のときに王位継承権を返上する。
父とは呪いの件もあって不仲であったせいだろうか、案外あっさりと認められたが、一人感情の限りを持って反対したのは4つ年下となる妹のソールだった。
「お姉さま!何故王位継承権の返上などを!お考え直しください!」
「この国はあなたが継ぎなさい」
「待ってください!この国にお姉さま以上に相応しい後継者などいないのですよ」
「あなたは私を買いかぶりよ。国を治めるのに相応しいのは私のような冷徹で無感情な人間ではなく、太陽のように周りに勇気や希望を与えるあなたが相応しいと思うわ」
お世辞ではなかった。
妹のソールはセレーネのような力はなかったが、人を引き付け幸せを与える不思議な力を持っている。国民からは太陽の女神などと言われていることをセレーネは知っている。
「冷血だなんて、そんな悲しいこと言わないでください!それも全部その仮面をしているせいであって、お姉さま自身はとてもやさしい人です!私は知っています!」
まったくこの妹は、とセレーネは思う。他人のために本気で悩み泣ける子だ。私が守ってあげなくてはと、ある種の使命感を抱いていた。
自分が死ねば次の呪いの対象者ソールになるだろう。そんことは絶対にさせはしない。強い決意とともにまるで自分に言い聞かせるように彼女は答える。
「安心なさい、この呪いは私で終わりよ。どんな手段をもってしても必ず私が墓まで持っていくわ」
王位継承権を返上した日、セレーネはヒュベリアの姓を捨てた。
以後彼女は自らに枷をかけるようにセファネベルを姓として名乗り、ログニクル魔法学校へと転属してくる。そして其の力は瞬く間に知れ渡ることになり、3大戦姫の一人「無情の冷酷姫」とよばれることになる。
またログニクル魔法学校に来て良いこともあったのも事実である。
自分を律し、できるだけ周りに迷惑がかからぬ様、孤独に生きていくはずだったセレーネだったがログニクル魔法学校に来たことで心許せる友ができたのである。
「3大戦姫」それはこの世界の生んだ奇跡といわれ、女神のような美貌と強大な力を持った3人の女性の通名である。セレーネのほかに、「聖女」と「殲滅姫」が在籍しているのだが、この二人がセレーネの唯一無二の親友になりえたのは、彼女たちがセレーネの呪いを恐れない心とそれに抗うだけの同等の力を所持していたためであろう。
ログニクル魔法学校に来てからすでに4年の月日が流れている。
数々の魔法学を学び、古代遺跡など神々の呪いに少しでも関連がある場所を率先して調査し、この呪いの呪解方法に関することすこしでも集めようと、様々な場所を探し回ったが、結局のところ何の進展もなかった。
探せば探すほどそんなものは何処にもないのではないかと思ってしまう。
呪いも日に日に大きくなり、最近では仮面をしているときでさえ、感情の起伏を認識してまうほどにだ。急がなくてはと心だけがせく中、ついにその力は暴走してしまう。
『誰か助けて・・・どうして私だけがこのような目にあわなければならないの?』
ダメだ!考えるな!
完全な行き止まりを痛感し、出てくるのは叶うはずもない少女が夢見た願望と暴走を危惧して冷静になれと語りかける、もう一人の自分。
しかし、どうしてもこみ上げてくるその思いを押さえ込むことができない。
『私だって・・・恋をしてみたり・・・幸せになりたかった!!』
まずい!抑えられない・・・力が暴走する・・・!?
『憎い・・・・世界が・・・全てが憎い・・・・』
まるで自分が二人いる感覚に陥る。もうだめだと冷静な自分があきらめかけた時、後方から間抜けな声が聞こえてきた。
(ここ大浴場じゃねーか!!・・・っつ!?)
※
昼食の時間も終わり午後の授業が始まったころ、Sランクのみ使用を許せれた学校の敷地をすべて見渡せる位置に構える豪華な部屋で、セレーネの前に丸いテーブルを挟んで座っているアカツキは俯き、そのさまはまさに蛇に睨まれた蛙状態であった。
「おれ・・じゃなくて。私に・・・なにか御用で?」
恐る恐る口を開くアカツキを無言の圧力が襲う。仮面の隙間から見えるその眼光が鋭くなったのはきっと気のせいではないだろう。
「単刀直入に聞くわ、あなた何者なの?」
「転入生でーす♪(てへぺろ)」
冷たい空気に耐え切れず、場を和まそうと少しおちゃらけて答えて見たが、逆効果だったようでその眼光は鋭さを増すばかりだ。
「いや、その・・・すいません・・・」
うな垂れるアカツキに容赦なくセレーネが返事を催促してくるように口を開く
「で?」
「えっと、別に何者とか言われるほどの者ではないんだけど・・・]
「・・・・」
「転入生、Eランクのアカツキです・・・としか答えようがないのですが」
どうやら言葉だけでなく思いや感情などもダイレクトにお互い伝わるようで、仮面で見えないはずのセレーネが今どんな表情をしているのか、面白いくらいに手に取るように分かる。
さっきまでは怒っていたのは間違いない。今はあきれている様である。
「私を見くびるな。あの呪いを押さえ込める程の人間が、Eランクであるはずがないわ」
「そういわれても・・・」
転入試験については不正も手抜きもない、あれが今のアカツキの全力である。
成績の低さを証明する証拠がないのも確かであるが、成績の低さの証明など一体どんな罰ゲームなのだろうか。まったく情けないような微妙な気分である。
(嬢ちゃんは一体何が知りたいんじゃ?)
この部屋に移動してきてから、まったく口を開くそぶりすら見せなかったハイネンリが今になってようやくしゃべりだした。
「今はあなた達の正体」
(そんなことを知りたいわけではあるまい?アカツキと違って学のある嬢ちゃんには我らが何者なのか、もうある程度察しは付いているのであろう?」
「神格者」
セレーネがつぶやくように答えたその名にアカツキは心当たりがなく、つい聞き返してしまった。
「しんかくしゃ?何それ」
「え、何って・・・あなた神格者でしょ?」
(悪いの嬢ちゃん、こやつは自分以外の神格者にあったこともなくての、我もそこまで細かく教えておらんでの、そこらへんの知識は一般人以下じゃぞ)
まるで馬鹿にされているようというか完全に馬鹿にされていると悟ったアカツキは自分にもちゃんと教えるようにと駄々をこね始めた。
-神格者-
それは神に認められ、神核を使うことを許された者に呼ばれる通名である。
神核とは、神の魂であり、神の命であり、神が神として知らしめたる膨大な力の塊である。
もし、何らかの形でその力を手に入れたとしても、神に認められない限りはその膨大な力をコントロールすること叶わずに体が耐え切れず塵あくたになるのが関の山だろう。
神核を太陽にたとえる者もいるがあながち間違いではない。それは誰もがあこがれてやまない無限に近い有限の力なのである。
また神格者には大きく分けて二通り存在する。
体に神核を所持している『神核寄生タイプ』と神核が封じされている神器という武器を使用する『武器タイプ』である。神に認められるまでの課程はどちらも同じであるが、力の発現方法が異なる。
前者は体内にある神核を直接発動するため、神核の力を100%以上引き出せる。しかし体にかかる負担は計り知れない。
後者は神器がフィルターの役目を果たしてくれているおかげで体にかかる負担は神核寄生タイプに比べれば遥かに小さいがその分神核の力を完全に再現できないのである。
ちなみにアカツキは前者の神核寄生タイプであるが、歴史上寄生タイプの人生は最悪である。なぜなら記録されている寄生タイプのその殆んどの神が、邪神だったからだ。
どういう経緯かは不明であるがかつて神々は自らの力を人間を含むほかの生物たちに何らかの形で残す方針をとったようであり、その形の一つとして神器が存在すると言われている。
神核とは前述にもあるようにまさに、太陽そのものである。それだけのエネルギーを何のフィルターもなしに体に入れれば器が耐え切れず吹き飛ぶのは当然である。
つまり武器型に封じられている神と違って寄生型の邪神はもともと器を殺すつもりで器となる者の意思を無視して憑依してくるのだ。
まさに今のセレーネがそうであるように・・・。
故に昨晩セレーネがアカツキとハイネンリを見て驚いたのも無理はないだろう。神核寄生タイプの神格者が神と仲良く『共存』しているのだから。
「えっ!ハイネンリお前、邪神だったのか!?」
(そんなわけあるか!お主何を聞いておるのじゃ!失礼じゃぞ!寄生タイプの神格者に邪神が多いというだけであって我を邪神扱いするでない!!)
一通りの説明を終えたハイネンリとそれに対するアカツキのやり取りはやはり何度見ても姉弟のような関係に見える。ああでもないこうでもないと二人が騒いでいる中セレーネは羨ましそうに二人を黙って眺めていた。
(まぁ、アカツキが珍しいタイプなのも確かじゃが、嬢ちゃんも相当じゃの)
「どういう意味かしら?」
(お主、邪神の神格者でもあるが、神格位でもあるじゃろ?)
「むむ、また知らない単語が出てきたぞ。神格位と神格者って何が違うんだ?」
-神格位-
人間の限界を何らかの形で越え、神の領域に至った人間をさして使われる言葉である。
簡単に言えば神格者のように神核を神から借りて使うのではなく、自らの魂が神核に至った者、つまり人の領域を越え神と同質になったもののことである。
「神様だったのか!!」
(お主は本当に人の話を聞かんな・・・。まぁ、間違ってわいないが)
「そんな大層な者ではないわ。情けないことに昨晩のとおり邪神に翻弄されているのだから」
(謙遜するでない。神格位にまで至れる人間など数千年に一人現れるかどうかというレベルじゃ。もっと胸を張って良い)
それにしてもまったく話が進まないと話の腰を折ったアカツキにハイネンリがやれやれと言いながら話を戻すため口火を切った。
(で、我らをここに呼んだ、本当の目的、本題はその呪いの件でいいのかの?)
「・・・・・」
ハイネンリの問いにセレーネは答えない。
正確には何といっていいのか分からないというのが正解だろう。
ある程度の感情を言葉にせずとも共有できる奇跡のような二人だったからであろうか、アカツキがセレーネの思いをある程度理解はしていた。何よりセレーネを見れば見るほど、言葉を交わせば交わすほど、アカツキは彼女に対して特別な感情を抱いていくのを感じていた。
ただ、それが同情や恋愛感情からくるものなか、一体何からくる感情なのかはアカツキ自身にも分からないが、どうやら放って置くことなどできそうにないことだけは誰よりも理解していた。
「呪いか、よし!俺が何とかしてやる!」
(こら!安請け合いするでない!!)
「何とかするさ」
(馬鹿者かお主は、我らには黒異点を破壊するという大事な役目があるのだぞ!)
「だからこそだ。これくらい解決できないで黒異点をどうこうなんてできるわけないだろ?」
(・・・お主まさかとは思うが、この嬢ちゃんに自分を重ねたか?)
アカツキもある意味では呪われていると言えなくもないだろう。宿命という呪いに翻弄されているという点では似たようなものであるとハイネンリは思う。彼女の話を聞いて、何よりそれに対してあきらめず足掻いている姿などはアカツキと重なる部分を彼女に感じたのもハイネンリの正直な感想である。
「まぁ、それに、もう一回昨日の綺麗な姿を見たいしな」
「なっ!!」
絶句したのはセレーネだ。
昨晩の大浴場でのやり取りを思い出したのだろう。少し俯き気味になりながら体をプルプル震わせ仮面で見えないはずのその表情が見る見る赤くなっていくのを感じながらアカツキは思う。
(やっぱり、すごいかわいいよなセレーネって、昨日の素顔もすごい美人だったし、くそう、無性に抱きしめたくなるな・・)
「可愛いですって!?私をからかっているのですか!っていうか昨日のことは全部忘れなさい!変態!」
考えていることがばれて少しあわてるアカツキだったが直ぐに思い出す。
アカツキがセレーネの思いを理解できるように、セレーネにもアカツキの思いが常にダイレクトに伝わっているのだ。
一時は、魔力も魔具も必要とせず念話ができるのは便利なものであると簡単に思っていたが、お互い思考回路が常に筒抜けというのも考え物である。
(しかし、呪いを何とかするなら早いに越したことはないの、嬢ちゃん、気づいておるか?お主その仮面付けておるのに感情が乱れておるぞ)
「ええ、そうね。もう私には時間がない・・・せめてこの呪いごと死ねれば良いんだけど・・・」
セレーネの言葉に過剰に反応したのはアカツキだ。
「ふざけるな、簡単に死ぬとか言うんじゃない」
「あなたにただ存在するだけで他人を不幸にする私の何が分かるの?」
「全てを理解してやることは確かにできないかも知れないが、もう良いんだよ。これからは俺が守ってやる。だからもう死ぬとかいうな」
アカツキはその一言に数多の気持ちをこめてセレーネにぶつけた。
その気持ちは確かにセレーネに届いたのだろう。
涙腺が緩むのを感じる。馬鹿げているとセレーネは思う。昨日あったばかりでまだ2時間も一緒にいない年下の男が何を言うのかと。
きっとこれが違う人間だったならきっとセレーネは表情を変えることなく一掃しただろう。ただ例の相性のせいで、それが全て本心だと理解できるセレーネにとって、その一言は何よりも嬉しいものだった。
「うん・・・」
涙をこらえながら、発した言葉を聞きながら、セレーネを力いっぱい抱きしめる。
セレーネとの出会いに不思議な運命を感じていたアカツキだったが、きっとこの出会いは必然だったのだとそこに妙な確信を抱いていた。
「よし、じゃあ、早速やってみるか」
気を取りなおしたセレーネを確認してアカツキが呪いをどうにかするために力を発現させようとしたときだった。
突然”バリーンっ”というガラスの割れる大きな音と共に硝煙が部屋全体を包みこむ。
「なんだ!」
振り返ったその先には4匹のワイバーンとそれに乗る、フードを深く被った4人組みの姿があった。
「なんだ貴様たちは?」
セレーネが先ほどまでとは違うドスがきいた声で彼らを威嚇する。
「一様お尋ねしますが、あなたが、セレーネ・ヒュベリア様で相違ないでしょうか?」
「私に何の用だ?」
「あなたが生きていると困る方がいらっしゃるということだけ言っておきましょうか」
言い終えるやいなや、フード被った一人が右手から炎の塊をだし、それをセレーネに向かって撃ちだした。しかし、それはセレーネを守るように間に入ってきたアカツキによって簡単にはらわれる。
アカツキもすでに臨戦態勢に入っていた。体に大きな変化はないがその瞳は先ほどまでとは違う全てを魅了してしまいそうな虹色の美しい瞳に変化していた。
「む、魔眼ですか・・・?」
「そんな貧相なものと一緒にするな」
「まぁ、いいでしょう、彼女と関係がないなら去りなさい。さもなくば痛い目を見ますよ?」
「断る。今しがた、守ると約束したばかりでね、今は俺がセレーネの保護者だ」
知ったことかといわんばかりにアカツキは彼らの言葉を一掃すると今度はフードを被ったそれぞれ4人から大きな魔力の奔流を感じる。どうやら今度は4人がかりで来るようだ。
敵の動きに備えてアカツキが構えるなか、セレーネは自らの命を狙っているものの影について考えていた。
(私が生きていて困る奴ですって?一体誰のこと?)
ただそんな考えてる時間を与えてくれる相手ではない。
敵の一人がフードコートに隠れていた腰から剣を抜き、ゆらりと動く。
同じようにもう一人が銃を抜きワイバーンから飛び降りると共にその標準をセレーネに合わせる。
「させると思うか!」
アカツキが地面を蹴った。予想以上の速さ、突進力だったのだろう、一瞬怯んだ剣士の隙を見逃さず、アカツキの掌底が剣士の腹部へと入る。
”ぐっほっ”と剣士が吐血し、苦しむ暇も与えず透かさず上段の回し蹴りが剣士の頭部を直撃する。
その衝撃を利用して剣士が銃使いのほうへと吹っ飛んでいく。
驚いた銃使いが飛んできた剣士を避けた瞬間、目の前はにすでにアカツキの姿があった。
「なんだこいつ!早っ―――」
ドンっ!という衝撃音が部屋の中を響き渡らせた。剣士に叩き込んだ掌底より強い一撃が銃使いを襲ったのだ。
アカツキの一撃を受けた銃使いはすでに悶えるどころか白目を拭き、すでに意識はなく横たわっている。
セレーネだけでなく、敵も含めアカツキの戦闘能力に驚愕していた。
(Eランクの戦闘能力じゃない。序列で言ったら100位以内に入っててもおかしくないわ。それにあの動き、まるで敵が次にどう動くのか分かっているみたい)
残っている敵の一人が舌打ちをしながらムチを取り出し同じく後方で最初に炎を出した敵が先ほどとは比べ物にならない大きな炎を出し、部屋を破壊するのが目的であるように部屋の地面へとたたきつけた。
ドカンっと大きな衝撃音が学校を包み込んだ。授業を受けていた生徒たちがざわざわと騒ぎ出す。一人の生徒がSランク区域のほうから煙が上がっているのを確認すると騒ぎは徐々に大きなものへとなっていた。
硝煙に包まれている倒壊したビルの瓦礫の中からアカツキが這い出てくる。当たりを見渡して必死にセレーネを探していた。
「くっそ!なんでもありかよあいつら!セレーネは無事か!?」
(少し落ち着けアカツキ。お主と嬢ちゃんは深く繋がっておる。意識を集中すれば何処にいるか直ぐにわかるはずじゃ)
言われて冷静になり、目を閉じセレーネに意識を集中される。
確かにセレーネを感じる、今セレーネは---
「上!?」
意識を集中した先に先ほどのワイバーン4匹を視界に捕らえた。そこにはアカツキが倒した2人と気絶しているのか、長いムチに網のように捕らわれ、うな垂れて反応のないセレーネの姿があった。
「何!しまった!」
ワイバーンは翼をばたつかせてここから離れようとしているようである。
「糞!油断した!Sランクのセレーネを捕まえるほどの実力者ってことか!?」
セレーネはこのログニクル魔法学校に4人しかいないSランクの一人であり序例順位は2位である。そもそもセレーネは神格位になるほどの数千年に一人の天賦の才の持ち主である。
アカツキが守ると豪語したものの、実際それは呪いからであって、こういった戦闘に関してはさほど心配していなかったのある。
今朝セレーネについてまるで自分の話しをしているように自慢げに話していたユウヤを思い出す。その実力は折り紙つきであるはずだった。
だが、アカツキは重大な勘違いをしていることに気づいておらず、ハイネンリの叱咤が飛ぶ。
(馬鹿者!そんなわけあるか!おぬしは一体何を見ておるのじゃ!)
「どういう意味だよ!?」
(お主はそんなんだから女子にモテぬのじゃ!)
「モテないとか今は関係ないだろ!」
まったく関係ないと思われることを挙げられてムキになって言い返すアカツキに、あきれたようにハイネンリが続ける。
(よいかアカツキ!もはや仮面をつけているのにも関わらず嬢ちゃんには感情の起伏があったのじゃ。ならばそれはイコール、すでにあの呪いは仮面が抑えれるキャパシティをとっくに越えていることを意味しておる)
「勿体つけるな!答えだけ言え!」
(ならば、越えて溢れ出した呪いをどうやって抑えていたと思う?)
答えに導くようにハイネンリが訴えかけるなか、アカツキも答えに辿り着いたようで自分の失態にこのとき初めて気が付く。
「どうって・・・まさか!?」
(そうじゃこの馬鹿者!神格位といわれる膨大な力のその殆んどを使って邪神を押さえ込んでいたのじゃ!つまり、今の嬢ちゃんに戦闘に割いて使う力など残っておろうはずがないじゃろうが!)
アカツキが己の失態に気が付いたころ、すでにワイバーンははるか上空へと上っていた。
敵もここまで来れば安心と思ったのであろう。気を緩めた瞬間だった。
生まれてこの方感じたことのない膨大な魔力と、強力な殺気を感じ取り、身を竦めた。
その出所は、直ぐ近くに、隣から感じる。
そうセレーネの呪いが発動したのだ。
その魔力と殺気は未だ地上にいたアカツキ達にもはっきりと感じることができた。
事態を重く見たアカツキは意を決して叫ぶ。
「神格顕現!!」
※
辛うじて暴走は留められていた。直ぐそこに自らの破滅が歩み寄ってきてるのにも関わらずセレーネは不思議と落ち着いている自分がいるのを感じていた。
信頼だろうか。何故と問われれば困ってしまう。なぜならそれを言葉にすることができないからだ。
理由などない。唯唯、他の誰よりも信用できるとしか言いようがない。
昨晩であったばかりの年下の男の子が自分を絶対に助けてくれるという理由のない確信と安心感が、奇跡的に未だ呪いを抑えることに繋がっていた。
そして、その信頼にこたえる様に彼は再び彼女の前に現れる。
「セレーネは返してもらうぞ!」
一体どうやってここまで上ってきたのだろうか?信じられないといった様子でフードを被った敵は口を開いて驚いていた。
そこには先ほどまでとは比べ物にならない覇気を纏ったアカツキが空に立っていたのだ。
「魔眼といい貴様一体何者だ!?」
「ん、俺か?俺は神格者様だよ!そして、今はそこの保護者だって言っただろ!」
敵の問いに誇らしげについ先ほど覚えたばかりの言葉を使うアカツキの姿は纏う覇気の変化もあって一瞬別人ではないかと疑うほど変貌していた。
覇気以外に特に大きく変わったのは髪の色だろう、東洋人を代表するような真っ黒な髪はもはや何処にもなく、そこにあるのは昨夜、意識を失う前にセレーネの見た生命色を表すようなエジプシャンブルーの美しい髪だった。
ワイバーンに乗っている敵の炎術師がアカツキを追い返そうとありったけの魔力を使って炎を放つ。
だが、それはアカツキに届く前にまるで幻であったかのように消え去った。
「なんだ・・・今何をした!」
消え方が異常だったのだ。払いのけたり、同じエネルギーをぶつけて相殺したりしたようには見えなった。消えたのだ”スッ”と言葉にしにくい不思議な感覚に敵は恐怖を感じる。
「何をしたかって?想像したんだよ、炎が消えるさまをな」
「想像だと・・炎が消えるよう考えただけで消せるというのか・・・そんな馬鹿なことがあるはずが」
「俺は輪廻の狭間に漂う、数多の記憶や思いを力とし、その無限の力を引き出す永久機関ハイネンリの心臓と呼ばれる、神核”神の眼”を所持する者だ。そしてその無限力を使い想像を創造するのが俺に与えられた力だ。悪いが時間もないので、これで終わりだ」
「無限力だと!あれは---」
驚いた敵が最後まで言葉を放つことはなかった。アカツキが敵の消滅を想像したのだ。まるで最初からいなかったようにフードを被っていた暗殺者たちは忽然とその場から姿を消した。
ワイバーンの背中で気を失っているセレーネを確認するとアカツキはセレーネの額に手を添える。自体は深刻だ。もういつ呪いが暴走してもおかしくはない。
「昨日は少し失敗したが、今度はもっとうまく押さえてみせる」
深呼吸をしてアカツキが暴走寸前の呪いを抑える作業に取り掛かる。
想像を創造する力。それがアカツキに与えられた無敵の力なのだが、この世界の理論から外れたものであればあるほど創造するのに膨大な魔力を消費しそれに比例して体にかかる負担は計り知れないものとなる。
今のアカツキのように空の飛ぶことも想像の一つである
またそれ以外にも大きな弱点が一つある。アカツキの想像の外にあるものは創造できないのだ。
だから昨夜、アカツキは突如暴走したセレーネの力を押さえ込むための想像に半ば失敗し大浴場を無駄に壊すという暴挙に至ってしまったのだ。
だが、昨夜と違って今度はうまくやる自信がアカツキにあった。なぜなら今はセレーネのことも呪いのこともいろいろ聞いて詳しく知っている。だから想像しやすい。
想像による顕現化にともないアカツキの瞳の輝きが増す。それにしたがってセレーネを包んでいた負の魔力が落ち着きを取り戻していく。
それを確認するとふぅとため息をつき、安堵する。
「なんとか間に合ったか」
アカツキの胸の中でんっ、という軽い呻き声と共に静かにセレーネの瞼が開いた。
アカツキはセレーネの顔を覆っている仮面を外してあげると満面の笑みをセレーネに向けて放った。
「とりあえず俺がいる間はこうして何度でも呪いを抑えてやる。仮面を付けても付けなくても同じなら外して生活するといい。やっぱり美人だよセレーネは女神みたいだ。仮面つけて顔を隠しているなんて勿体無いさ」
セレーネの頬を撫でながら答えるそんなアカツキの台詞に気恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めて力のない講義の声をセレーネは出した。
「ばかっ・・・」
この彼女の可愛らしい表情を見れば「無情の冷酷姫」など呼ばれているのが嘘であるように思える。
暗殺者との一件に決着が付いたころすでに時刻は夕暮れにさしかかっており、それでも二人は時間を忘れたようにただ、見詰め合っていた。
※
ログニクル魔法学校よりはるか西に構えるヒュベリア王国。
その最も上位に君臨するものが座る王座にその国の王としてまるで相応しくない何かに怯えた、情けない王の姿があった。
その前には臣下の一人が跪き一つの報告を行っていた。
「申し訳ありません王よ。セレーネ王女の暗殺に失敗いたしました」
「何をやっているのだ!あれが事の真相を知れば、必ず私を殺しにくる!どんな手段を使ってもかまわん!必ずセレーネを亡き者にするのだ!!」
「はっ!必ずやセレーネ王女の首を陛下に持って帰ってまいります」
そんななか、王座がある部屋の一つの柱の影で一つの影が動いた。
あわてるように部屋を出ると急ぐように自分に与えれられている部屋へと戻る。
そこで2度、3度、深呼吸をしながら先ほどの王と臣下の会話が夢でないこと悟る。
「ありえない・・・そんな、お父様がお姉さまに暗殺者を差し向けるなんて!!」
美しい金髪に篝火を思わせれるオレンジ色の瞳、その部屋の主でありセレーネにそっくりな、正確にはセレーネをずっと柔らなくした感じといえばいいだろう。
その美しい少女の名はヒュベリア王国、現王位継承権第1位『ソール』。セレーネの実妹である。
父親がが娘に暗殺者を向けるという悲しい現実に居た堪れなくなる。
何故、姉ばかりが、まるで不幸を押し付けられたようにこんな悲しい現実ばかりを背負わせようとするのだろう。
ソールは姉であるセレーネを誰よりも信頼し敬愛していた。
それゆえにそんな姉に何もできない情けない自分が許せなかった。
何かしなくてはと気持ちばかりがせく中、ある一人の人物が脳裏に浮かぶ。
「そうだ。あの方ならばお姉さまを助けてくれるかもしれない」
思い立ったら直ぐに動くのがこのソールの長所である。ソールは直ぐに家来を呼び寄せるとある人物に一つの手紙を送ったのだった。