001 呪われし魔女編 序章
-アタラクシア-
それはこれから語られる物語の世界の名前である。
アタラクシアは過去に二つの世界が融合して誕生した三つ目の新世界であり、それが真実であることをを知るものは少なく現在を生きる人にとって何万年前の話などもはや神話レベルの御伽噺である。
しかし、現実にこの世界は融合して誕生した新世界であり、その名残が世界のあちこちに爪痕としてまだ残っている。
一つ目の世界は神が支配していた黄金の時代から始まり、銀の時代、青銅の時代、そして人が支配する鉄の時代へと続いた。時代が進むごとに地上にはあらゆる悪行が蔓延いついには神々は人間族を捨て新しい世界へと旅立ってしまう。
神々がいなくなった世界で、人間の暴挙は止まることを知らず、人間の手によって生み出された「科学文明」の発達に伴い世界は確実に疲弊し、ついには一つ目の世界、最後の時代となる暗黒時代を迎えることとなる。
異変が起きたのは人間族を捨て二つ目の世界へと移り住んだ神々たちが精霊族やエルフ族など様々な種族による楽園を築きかけていたときに起きた。
空間を押しつぶすようなプレッシャーとともに突如として空が割れ、そのドス黒い空間から見たことも無い鉄を纏っている人型の生物が這い出てきたのだ。それを見上げながら妖精族の誰かが言った。
-あれは人間族なのか・・・!?どうしてこの世界に!?-
度重なる人間族同士の争いの果て、科学兵器によって汚染された一つ目の世界は緑豊かな青い星を再生することはもはや叶わず、新しい新天地を求めた人間族による侵略が始まったのである。後にこの2つ目の世界の覇権を賭けて起きたこの戦を古代神戦争と呼ばれる。
当初、神々の力の前に、人間族ごときが敵うはずもないと神々の優勢を誰も信じて疑わなかったが、気が付けば劣勢を強いられていたのは神々の方だった。人間族が放ったとある人形が偉大なる神々たちを次々と塵あくたにしていたからだ。人間族はその人形を「機械仕掛けの神」と呼んでいた。神すら上回る力を有したその人形達は戦場で無敵だったのだ。
しかし、神々の意地もあり古代神戦争は数百年という長期にわたる戦争となるのだが、始まりと同じく終わりもまた突如としてやってきた。
どこからとも無く現れた起源もまったく不明なその黒い人の形をしたそれは一つ目の世界はおろか、二つ目の世界まで一瞬で闇に染め上げた。
-黒異点-
もはや戦争どころではなくなった。このままでは全てが無に帰してしまう。もともと他世界の侵略に反対していた人間族の一人が声を上げた。神々と手を取り合おうと。
数百年という戦争の裏で、他世界の侵略を良しとしない穏健派たちにより秘密裏に神々達との交渉が進められていたのだ。そして互いの種族の穏健派同士にて、ある組織が設立される。
-組織名「暁」-
夜明けを意味するその名は彼らの願いを託したものであり、この数年後彼ら人間族と神族は双方の全てを注ぎ込み最強の「機械仕掛けの神」を作り上げ悲願を達成することとなる。いくつもの物語を越え、たどり着いたその場所は多くが廃墟へと姿を変えていた。
かつての美しさを、平和を取り戻すため彼らは最後の大魔法を唱える。
そして、その新世界に心の平穏を求め。一つ目の世界と二つ目の世界を大融合させた。
※
季節は初夏の終わり、本格的に太陽の日差しが強くなり温かくなってきたころ。その日、魔法の素質のある選ばれし優等生のみが通うことを許されるる魔法学校は朝からある話題で持ちきりとなっていた。
-ねぇ、聞いた今日転入生が来るんだって?-
-この時期に転入生がくるなんて、初めてじゃない?-
元来、魔法の素質とは血統や環境など、様々な要因から発祥するものであるが、その殆んどは生まれながらにして持っているもの『才能』に起因する。
故に物心付く年の頃には魔法の素質があるのか無いのかは確定してしまうものであり、何十年も生きて突然魔法の素質が生まれました、など殆んど例を見ない話なのである。
魔法を使えるだけで天賦の才があり、将来が約束された人種である。この魔法学校に通ってる今現在すべての生徒は幼少期より才能を見出され、魔法学校に通うこと約束された生徒たちである。
だからこそ、季節はずれの『転入生』は格好の話題の餌となりえ、この時期に一般学校から転入するということは「例」から外れた存在であることの証明である。
そして現在魔法学校にて話題の転入生は待合室にいた。
とても気だるそうに机にひじを突いてあくびまでし、学校指定の生徒であることを証明する魔法のシンボルとも言えるペンタグラムの腕章はすでにしわになっている。まだ大人になりきれていない、あどけなさがまだ表情から見て取れることから年齢は16から17歳くらいだろう。東洋人にとってはさほど珍しくも無い黒髪。容姿に至ってもこれといって悪いわけでもなく、評価をするのに一番困るタイプである。
そんな、めんどくさいという態度を全身を使って表している男にどこからとも無く注意の声が入った。
(これアカツキ!もっとシャキッとせんか!第一印象は大事じゃぞ!)
少し古めの言葉を使う女性と思われる声がアカツキの頭に響きわたった。部屋にはアカツキしかいなにもかかわらずにもだ。しかしアカツキには確かにその声が聞こえている。
「なぁ、ハイネンリ。俺はすごいめんどくさいんだけど」
(この戯けが!我らの使命を忘れたわけでわあるまいな!)
「いやいや、使命は忘れてないよ。ただ、いちいち魔法学校に入る意味あったのかなぁ?、と」
(黒異点がこの魔法学校に在籍する者である可能性が高いのと、それに近づいて色々調べるには学校関係者になるほうが、手っ取り早いと結論付けたであろう。今更じゃな。それにあやつのコネまで使ったのじゃぞ。ここまでやって今更違う方法など探してみるがよい。小言ではすまんぞ)
「うっう・・・確かに・・・」
アカツキが嫌なものを思い出し頭を抱えるなか、決して彼女の声はほかの誰かに聞こえるはずもなく、誰が見てもアカツキの独り言にしか聞こえないその奇妙な光景は、タイミングよく入ってきた、女性教師を氷付かせるには十分な威力を持っていた。
「あのー、アカツキくーん?大丈夫ですかー?」
声をかけられると同時に驚いたのかビクッとアカツキの体が揺れ、ゆっくりと女性教師のほうへと振り返えった。その表情は思春期の男子が母親に見られたくないものを見られてしまった、なんともいえない複雑な表情をしていて「ハハハ」というアカツキの空笑いを聞きながら、”やれやれ”と言わんばかりのハイネンリのため息が彼の頭の中をこだましていた。
※
理事長室―――
魔法学校の一室であるこの理事長室がほかの部屋と違い、冷たく重い空気を漂わせているのには、いくつか理由が存在するがあえて一つに絞るとすればここが、この学校で最も偉い人間が使用する部屋であるからというのが一番分かり易く、しっくり来ると思われる。
今理事長の前に立ち、ダラダラと流れる汗をハンカチで何度も拭っている一人の教師は先日行われた、アカツキの入試テストの結果を理事長へと提出していたところだった。
彼転入生の結果は驚くべきもので、誰もが予想もしえなかったその結果こそが今まさに教師がおびえている理由であり原因である。
そんな教師の心情を知ってか知らずか、理事長は高らかと笑って見せた。
「ガハハハ!しかし、驚きましたな。まさかあの方から推薦をされる程の子の魔法入試の結果がこれほどとは!」
「ええ、私も驚いていまして・・・」
教師は理事長の機嫌を損ねまいと怯えるその身で言葉を選びなら丁寧に返していく。
「それで、アカツキ君のランクなのですが・・・」
「うむ、問題ないでしょう。この成績ならば彼のランクは―――――――――」
怯える教師をよそに理事長はこれといって不機嫌になるわけでも無く。むしろ子供が新しいおもちゃを見つけたときのような陽気すらみせながら、あるランクを指名した。
※
まず初めに、この魔法学校について少し説明しておこう。
現在魔法学校は世界で5校しか存在していない。世界の東西南北に一つづつとその中心に1校である。これからアカツキが通うことになる魔法学校はその最たる中心に位置する場所であり魔法学校の本部がある、ログニクル魔法学校である。
まず寄宿舎はある程度、年齢の近い人間で固められており、小等部、中等部・高等部、大等部と4つに分かれており、さらに生徒の優劣を測り競わせるため成績の良い順にSランク、Aランク、Bランク、Cランク、Dランク、Eランクと全部で6ランクに分けられていて、それがそのまま生活環境に反映される。簡単に言えばクラスが高いほど寄宿舎だけでなく食事など様々なサービスが豪華になるということだ。
ただSクラスだけは別格であり、成績のほかに、ある一定以上の力を見せなければSランクになることが叶わず、その戦闘能力は国一つを落せるレベルだとも言われていて国の存続、今後に影響しうる大魔法が使えるレベルの魔法使いである必要がある。つまりそれが出来ない者は一生Sクラスにはなれないということである。
また、訓練生でもあるこの魔法学校の生徒達は卒業するまでの間に様々な依頼を請け、仕事をすることになるだろう。そのときランクは大きな意味を持つことになる。ランクの高さがそのまま信用度に繋がるからだ。高ランクには高ランク向けの仕事が、まさに国家プロジェクトからより取り見取りであろう。逆に低ランクは雑用など低ランクに相応しいそれ相応の依頼しか来ないだろう。自分より歳の小さな子が自分より大きな仕事をしているなどざらであり、絶対的な実力世界である。そしてここである程度の卒業後の進路なども決まってくるものである。
授業は自由参加であり単位制となっている。要は授業を自分で選択するスタイルであり、ある一定年数の間に必要な授業(単位)を習得することで卒業となるシステムとなっていて、現代における大学などと同じと思っていただいて問題ない。
そんな学校にもう一つ独自の面白い仕組みがある。生徒一人一人に序列が存在するのである。
もちろんこれも生徒同士を競わせ高みを目指せさせるための措置であるが、勘違いをされると困るのでここで一つ補足をしておくこととする。
この序列は戦闘能力だけを競った順位となっているため、必ずしも低い序列の者が高い序列の者に劣っているというわけではない。故に高序列者=高ランクではないと言っておこう。ランクとはあくまで学問から戦闘など全ての総合成績で決まるものである、
ちなみに例外はなんにでもある物であり、Sクラスは現在本部の全校生徒約4000人強いる中で大等部に3人と高等部に1人とたったの4人であり、この4人が序列上位の4名である。
また魔法学校ではなく魔法協会管理による序列も存在し、そちらは魔法教会に登録されている世界全ての魔法使いを対象とした世界公式の序列である。
※
「---そして、そんなあなたはEランク!魔法学校序列は3502位よ!おめでとう!」
待合室にて一通り学校の説明を終えた、女性教師がどこから取り出したかも分からないクラッカーをバンッと爆発させながら満面の笑顔でそう言った。
飛散したクラッカーのカスを頭にかぶりながら、手渡された入試テストの成績、つまりはランクと現在の序列順位の通知書を見ながらワナワナと震えるアカツキがそこにいた。
「大体予想はしてたけど、実際こうして面と向かって言われるとショックだな・・・って、俺まだ誰とも戦ってないんですけど、この序列順位はいったいなんですか?」
「もちろん先日のあなたの入試テストの結果を踏まえた上でのあなたの予想順位よ。むしろこれだけ成績悪いのに初期順位が4000位以内に収まってるのが奇跡だと思うわ。あなた体術がすごい評価されていたわよ。なんたってマスタークラス判定よ。魔法使い目指すより、どっかの道場で師範代でもしていた方がいいんじゃないって思っちゃったくらいよ。まぁ、あくまでここは魔法学校だからね。肉体を強化するとかならまだしもただの体術じゃ1点ももらえないわよ」
女性教師の言っていることは至極全うな意見であり、理数の点数が高いから文系の点数上げてくれと言ってる様なものである。そもそも分野が違うので仕方ない。
(手抜きなしの本気で受けてこれじゃからな)
嫌味とも取れかねないハイネンリの言葉がチクチクとアカツキにつきささる。
「ぐっ・・・。分かりました。とありえず今日は帰ります。明日からよろしくお願いします」
※
今現在のランクに渋々納得しつつ、配属先の寄宿舎へ向かうことにしたアカツキ。そんな彼をを待っていたのは予想と相まって寝泊りするには十分すぎるほどの広さ30畳ほどあろうかという立派な部屋であった。
「あれ、Eランクの寄宿舎だよな、ここ?」
アカツキが驚くのも無理は無い。先ほどあれだけ女性教師に魔法学校は実力主義でありランクが低ければ待遇が悪いと散々説明を受けたばかりなのである。
しかし、いざ指定された部屋に来て見れば、トイレ、風呂どころかソファーから生活出需品にいたるまで全て完備されているでわないか。
そもそもアカツキは前提を間違ってるのである。
魔法を使える素質があるというだけで、すでに社会から見たら『エリート』なのだ。つまり、これが素質を持ってるものの最低限約束された生活である。
これを見れば分かるとおり、魔法の素質の無いものが見たら色々な意味で夢のような世界であることは間違いないだろう。
彼はとりあえず多くは無いが、抱えていた荷を降ろすとソファーに座ることにした。
「さて、これからどうしようかな」
(はじめにすべきことなど決まっておろう)
「だな」
早速、魔法学校の説明を受けたときに一緒にもらった、学校の敷地の見取り図をテーブルの上に広げる。
「どこから探すかな。一様全部頭に叩き込んでおくか」
(覚えたら起こすが良い。我は少し寝るぞ)
「ちょっと、まて!俺がこれからがんばろうという時に寝るなよ!」
薄情な相棒に空かさず突っ込みを入れてみるが返事は一向に返ってくる様子は無く、アカツキは大きなため息をついた。
「しょうがないなー、まったく・・・・くそー、俺も眠くなってきたぞ。・・・・少し眠ろうかな」
これから起こるであろう、それに万全な状態で対応することが出来るように重くなった瞼に逆らうことをせず、ゆっくりと眠りに落ちる。
彼は、アカツキはここに学びにきた訳ではない。
全ては『黒異点』を破壊するために---―