コタツの中の戦争
とある田舎の山奥。とある集落に、一つのお家がありました。
赤い屋根の、二階建てのお家です。
雪はしんしんと降り積もっています。もうお外は真っ白。
綺麗ですが、どこかで犬の鳴き声が聞こえます。きっとお犬さんも寒いのでしょう。
明日の朝には、雪かきをしなければいけないかもしれませんね。
お外は暗くなってきましたが、赤い屋根のお家には明かりがついています。黄色のカーテンのスキマから見える光は、とても暖かそうです。
家の中を見てみると、居間から何人かのお話が聞こえてきました。
ひとつ。ふたつ。みっつ。
どうやら三人の人がお話しているようです。
いったいどんなお話をしているのでしょうか。
◆
とある家族の一軒家。その居間には、三人の人がいた。
キッチンに立って夕飯の料理をしているお母さん。テレビの前に座り、ドライヤーで髪を乾かしている風呂上がりのお父さん。そして、コタツに入って漫画を読んでいる息子。
台所から香ばしい、いい匂いが漂ってくる。
「お母さん、今日のご飯なにー?」
いい匂いに、思わず息子が母親にメニューを聞きだそうとする。
母親はニッコリと微笑み、それに答えた。
どうやら、今日の彼女は機嫌がいいようだ。
「肉野菜炒めよ。今日はみそ味ね」
母親がちょうど喋り終わったようなタイミングで、ドライヤーの音が消えた。
父親が髪を乾かし終わったらしい。テレビの音がよく聞こえる。
テレビにはバラエティ番組が放送されていて、よく見るような芸能人が何人も笑っている。
だけど、すぐにCMに変わった。タイミングが悪かったようだ。
とあるCMが入る。第二次世界大戦を振り返る趣旨のドキュメンタリー番組のCMであった。
『あの戦争から68年、私たちはどうするべきか』
髪の禿げた老人や、白髪のお婆さんなどのインタビューが映る。
少し気になった息子であったが、そこでCMは終わり元のバラエティー番組へと移ってしまった。
「ねえお父さん、第二次世界大戦ってなんなの?」
が、しかし。どうやらやっぱり気になったようで、父親に質問をする。
どのように説明したものか悩む父親。
数秒ほど悩んだ後に、このように語りだした。
「そうだな、まずは戦争について教えようか」
テレビの音量をほんの少し下げ、息子へと向き直る。
親として、きちんと説明してやりたいと思ったのだろう。
「戦争って言うのは、争いだよな。お前らの年頃でもある喧嘩と同じ」
そう説明するも、息子は不満顔である。
そういうことが聞きたいのではない、とでも言いたそうにしている。
「うん、でも喧嘩と戦争は違うよね?」
息子の答えを聞き、頷きながら話を進める。
「そうだな、じゃあ喧嘩と戦争はどこが違うのか」
持っていた漫画本を閉じ、床に置く息子。
真剣に話を聞き始めたようだ。
「うん」
「例えば、お前の読んでいるその漫画」
「それをお前は好きだ、けど他の誰かは大嫌いだと言う」
その言葉に、また急に息子が不満顔になる。
「えー面白いじゃん」
別に馬鹿にしてるわけじゃない、となだめながらも、続きを話す父。
ここで拗ねられてしまっては話が前に進まなくなる。
「そうやって、言い争いが始まるだろ。これが喧嘩、大人……例えば学校の先生たちでもこういうことはあるだろう」
まあ、これならあんまり問題はないんだが。
でも、と続け。
「それは一人ひとりの話だろう?」
手を叩き、指を一本。目の前に出す。
それを話に合わせ、だんだんと指の数を増やしていく。
二本、三本、四本、五本、六本。
「それが、クラス、学年、学校、市町村……ってだんだん大きくなっていって。国同士が喧嘩する、それが戦争だ。ようは、大きさが違うって事だな」
――十本。
「第二次世界大戦っていうのは、いろんな国が一緒に喧嘩していたっていうことなんだよ」
そこまで説明したところで、一息つく父親。
少し疲れたようだ。
「でもそれじゃ、大変じゃない?」
今の話を自分なりに考えた結果、その答えにたどり着いたらしい。
父は、近くに置いていたコップの水を飲み、それに答える。
コップを置き。
「そう、大変だな。例えば、喧嘩をしたら怪我をするかもしれないだろう?」
「子供の喧嘩なら、転んで怪我をしたとか、その程度で済むかもしれない。でも、戦争だとそれで収まらないんだ」
声を少し大きくし、脅かすかのように怖い顔を作る。
そうして深刻な声で。
「人が死んだり、建物がたくさん崩れたりする」
それを聞いて、怖くなったのだろう。
真剣そうな顔で呟く息子。
「こわいね」
しかし、あんまり怖がらせてしまってもよくないので、少しふざけるように。
だから笑って明るく話す。
「そうだな。それはもう怖くて大変だったから、皆が反省したんだ。だから、何十年もたってもさっきみたいなのが流れるのさ」
わざとして明るく喋った。
それに気づいたか気づいていないかはわからないけど、どうやら理解できたらしい。
「なるほどねー。わかったよ」
本当にわかっているんだろうか。まあ、いずれ自分で考えるときも来るだろう。
そう考えて、この会話を切り上げようとする父親。
「そうか、それはよかった」
しかし、息子にはなんだかまだ言いたいことがあるようで。
「ところでお父さん」
まだ何かあるのだろうか。
「ん? なんだ?」
「つまり、戦争も喧嘩と同じなんだよね」
「ん……まあそうだな」
「じゃあ、これも戦争?」
そういいながら、グイと体をコタツの中に滑り込ませようとする息子。
しかし、いつの間にかコタツの中に足を入れていた父親によって、コタツの中が狭くなってる。
足に力を込めて、少しでも父親より広くスペースを取ろうとしてくる。
「ああ、そうだな。コタツの中の戦争だな」
笑いながらも、息子と同じことをし始める父親。
それは小さな小さな戦争。
コタツの中の場所取り競争。
そうやって笑いながら楽しくさわいでいた二人であったが、そこに母親が近づいてくる。
どうやら料理が完成したらしい。
コタツの上にお皿を置きながら、微笑んで一言。
「二人とも。危ないからそこまでにしておきなさいね」
と言って。足元に転がっていた漫画を拾い上げて別の場所に置く。
静かになったところで父親が一言。
「気をつけろよー。おっきい喧嘩をしたら、今のママみたいなこわーい人がたくさんくるからな」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
すかさずそれを聞きつけ、怒りにくる母親。
それを見て、思わず笑う息子。してやったりといった顔の父親。
笑いにつつまれ、コタツの中の戦争は終わったのである。
◆
こうして、コタツの中の戦争は終わったのでした。
この戦争は、いかがでしたでしょうか。
死ぬ人も、壊れたものもありません。
ちょっとしたことで始まったけれど、なにごともなく終わった平和な戦争です。
さて、家の外はどうなっているんでしょうか。
まだまだ雪は降り続いています。
すぐには止みそうにありませんね。
家の中はとっても暖かいですが、外はまだまだ寒いままです。こごえちゃいそうなくらいです。
家の中の小さな出来事でしたから、外にはなんの関係もなかったみたい。
世界は、何事もなく明日も続くんです。
ですから。
世界に何も影響をあたえない。
こんな、あたたかくて小さな戦争なら。
たまにはあってもいいのかもしれませんね。
寒い世界の中で、暖かいのは大事ですから。
おやおや、雪が弱まってきましたね。
そろそろ終わりの時間が近づいてきたということでしょうか。
では、みなさんごきげんよう。
また、いつかの日にでもあいましょう。
それまではさようなら、ですね。